14 聖女、求婚される
レオナに案内され、広大な城の石畳の廊下を歩く。
私はジェレミーさんの怪我の経緯を診察しようと、病室へと向かっていた。
目的の部屋の前に着くと、レオナが扉をノックする。
「入室の許可願いたいのですが、よろしいですか?」
中から男の低い声が返ってきた。
「ああ、入ってくれ」
そうして入室すると、ジェレミーさんがベッドに腰掛け碧眼で私を見つめてきた。
「失礼します。初めまして、私はポーラと申します。この子は助手のレオナ。先日、私とこの子が貴方の胸の傷の手術を行わせて頂きました。僭越ながら、術後の経過を診察に来ました」
「……そうか 君が」
兄王によく似た整った輪郭のその人は、ますます私を興味深げに見つめると、ベッドから立ち上がった。
「あ、動かなくても、大丈夫ですよ。痛むでしょう」
しかし、ジェレミーさんは頭を軽く振り、そして深く腰を折り礼を述べてくる。
「いや、姿勢を正させてくれ。礼が言いたかったのだ。私は死んでいてもおかしくはなかった…… 聖女どの、助けてくれてありがとう。君のお陰で、また、故郷に帰ることができ、兄にも会うことが出来た。感謝してもしきれない……!」
「大げさですよ、殿下。私はするべき事をしただけです」
一通りの挨拶を済ませると、ジェレミーさんにはベッドに寝てもらい、傷口を診察する。
(……傷の治癒が速い ポーションがうまく作用している…… 経過観察は必要ね)
傷口はまだ痛々しいが、化膿もなく、通常より回復が早かった。
問診してみたが、心配していた副作用は今のところ出ていない。
驚くほどに経過は順調で、このままならポーションを実用化出来そうだ。
包帯を換え直していると、ジェレミーさんはどこか苦しそうに尋ねてくる。
「ポーラ殿。私はいつ頃完治しますか? 出来るだけ早く復帰したい。今も戦場では、私の部下や仲間たちが戦っているのだ…… この身を不甲斐なく思う」
こんな重傷をおいながら、遠い目でそんな事をいうジェレミーさんはまだ心を戦場に残してきているようだった。
「今は戦場のことを考えないで下さい。お気持ちは分かりますが、お気を患っていては、治るものも直らなくなりますよ」
胸の傷に触れながらジェレミーさんは苦しそうに、悔しそうに言う。
「……この傷をつけた男の顔を思い出した 強い兵士だった…… 奴は何人も私の仲間を殺した…… 私は復讐しなくてはならない」
「ジェレミーさま」
戦場から帰ってきた兵士にありがちな心の症状で、こういう人は家族と話していても頻繁に上の空になってしまう。
そうなっては何も本人に良い事など何もない。
私は言葉を選びながら、ジェレミーさんに話しかける。
「戦場に囚われないで下さい。今、こうしている時だけは、恐ろしいことは考えないで、あなたの大切な家族の事を考えて下さい。日常を送っている時にも、心が戦に囚われていては心を病んでしまいます。私はそんな人を何人も見てきました」
ジェレミーさんは顎に手をやり、しばらく考えていると私に向き合い頷いた。
「……ああ そうだな 切り替えられればいいのだが」
落ち着いたようなので、そろそろ切り上げようと思い、腰を上げる。
「それではそろそろ失礼します。何かありましたら、私をいつでもお呼び出し下さい」
「少し待って下さい、聖女さま。いや、ポーラさま」
そう言って呼び止めてくるジェレミーさんを振り返ると、俯いたまま何か考えているようだった。
「どうされましたか? ジェレミーさま」
「……唐突に感じられるかもしれないが、その」
言いにくそうに口籠もっていたジェレミーさんは、意を決したように顔を上げると、私の目をじっと見つめてきた。
「ポーラ様、私と婚約していただけないか?」
「……え、あの 申し訳ありません。お断りします」




