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12 第七騎士団、戦場離脱する

 ユーグラン平原には、黒煙と血肉の焼ける匂いが立ち込め、怒号が響き渡る。

 ただ広い草原には空を覆うような矢が飛び交い、無数の兵士たちが、槍や剣で殺し合い、血の嵐が吹き荒れていた。


 ここはセルデュク帝国とサクラモン連邦の戦闘の最前線である。


 セルデュク軍の中でも一際勇猛な働きを示す者たちがいた。

 それが第七騎士団と呼ばれる、下級貴族の子弟や平民ばかりを集めた軍団であった。

 勇猛ではあるが、セルデュク国としては、然程重用されてはいない部隊とも言える。

 そして先日、敵国の王弟であるジェレミー将軍に深傷を負わせたのも、第七騎士団であった。


 夕闇の帷が降りる頃、戦闘の小休止の合間、第七騎士団は洞の中に隠れ、粗末な糧食にありついていた。

 今日の戦闘はとりわけ激しかった。


 夕陽に染まる草原を見つめながら、兵士たちは糧食を齧る。

 そんな時、何処かから戻ってきたらしい髭面の男が全員を見回し、全員集合の号令を掛けた。

 集った一同を見回し、第七騎士団のリーダーは大きな声で話し始める。


「おい、皆集まってるな? よし、では聞いてくれ」


 そして、一息吐くと、憤りと沈痛の混じった表情で続けた。


「先日、聖女様がその役を解任されて、行方不明になられたそうだ。王太子コモドス殿下の裁定によれば、聖女の任務を果たしていない事がその理由だそうな。済まないが、詳しいことはこれ以上わからん」


 その情報に兵士たちに動揺と、それから怒りが奔った。

 ポーラは戦争の序盤などでは前線に赴き、兵士の怪我の治療や、戦闘の様子などを窺うこともあった。

 今後の医療研究の役に立てる為だそうだが、その真摯な姿勢は特に下級の兵士たちから人気を博し、信奉している者すらいた。

 何より、ポーラの医療技術により、本来なら死んでいた大怪我でも治癒回復した例は枚挙にいとまがない。

 そんなポーラが聖女を解任され、行方不明だという。

 セルデュクの馬鹿げた裁定に、もはや、怒りを通り越して、ただ唖然とするしかなかった。


「……ふざっけんな!!!」


 怒りの声を上げ、1人の青年が立ち上がった。

 ポーラの同郷の幼馴染であり、この軍で1番強い兵士であるリックだった。


 拳を握り締めながら、憤怒をたぎらせ、リックは怒号をあげる。


「ポーラが!!! 何をしたってんだ!? 俺たちの怪我や病気を無償で治してくれたじゃねえか!!!」


 リーダーである騎士団長ロバートは、頭を振りながら、リックを宥めるように肩を叩いた。


「落ち着け、リック。私もおかしいと思う。聖女さまは我々の元へわざわざやってこられ、直接治療してくださったこともあった。ここにいる誰もが聖女さまのお人柄をよく知っている」


 しかし、リックの怒りは収まる事なく地面を蹴り上げ続ける。


「……だったら、なんでポーラがあのバカ王子なんかに悪く言われて、解任されなきゃなんねえんだ! しかもどこへ行ったってんだ?! くそっ!」


「落ち着けって。お前は聖女さまの幼馴染だったな。気持ちはわかるが、みんなも同じように戸惑い、憤ってる。少し落ち着け」


 リックは同輩たちを振り返る。

 全員が戸惑い、怒りに頬を紅潮させている者もいれば、顔を青白くさせ絶望している者までいる。

 聖女ポーラが治癒してくれるからこそ、思い切って戦えるという者も、軍には少なからずいた。


 同輩の顔を見回して、一息つき、リックは矛を収める。


「……ああ、悪かったよ。それにしても、コモドスのバカのせいか?」


「そうだな。より正確に言うと、コモドスの恋人ザラが聖女さまの技術や才能を妬んだ末の顛末らしい」


「ますます胸糞悪いな!」


 他の騎士たちも、ロバートに次々と尋ねてくる。


「どうしますか? 隊長。聖女さまが居なければ、ますます我が国の戦況は悪化します!」


「コモドスは狂ってます! このままでは前線の我々はすり潰されるだけだ!」


 兵士たちの不安や憤りは最もだ。

 コモドスは暗愚で有名であり、そんな王太子が引き起こした戦争を続けることに皆、もう倦んでいた。

 聖女の優秀さを理解できないコモドスの頭の悪さが、ここへきて浮き彫りになり、もはや第七騎士団の厭戦感は臨界に達した。


 ロバートは部下たちを見回し、しばらく考え込む。

 そして、意を決したように大きな声で彼らを見回すように口上を再び始めた。


「もともと何の非もないサクラモンを侵略するこの戦争に、正義はない。どうだろうか? 私はもう、あのコモドスに仕えるのは嫌だ。軍を抜け、遠い田舎で家族と暮らそうと思うのだが、どうだ? 人数が多ければ、生活を助け合える。来たい者は一緒に来ないか? もちろん強制ではない。よく考えて決めてくれ」


 前から考えていた事なのだろう。

 ロバートの表情に戸惑いも迷いもなかった。

 それほど、これ以上最前線にいても第七騎士団に未来はないと判断していた。

 あのコモドスが末端である自分たちに報いることはあり得ないからだ。


 リックはフンと鼻を鳴らすと手早く荷物をまとめる。


「……俺はアンタについて行きたいが、まずはポーラを探しにいくぜ。じゃあな、団長、みんな、世話になったな」


 ロバートは旅立とうとするリックの肩を掴み、説得する。


「だから、落ち着けって! 闇雲に1人で探しても見つからないだろう。俺たちも聖女さまの無事を確認したい。全員が聖女さまを探したい気持ちは同じだ」


 リックはロバートの頬傷と、真っ直ぐな瞳を見つめ返す。

 そして、周りに来ている兵士たちがリックの肩を軽く叩いた。


「お前が聖女さま大好きだってことは、よくわかったから落ち着け」


「まったく、聖女さまのこととなるとお前は冷静さを失う」


 ニヤニヤと笑いながら茶化してくる同輩たちに、リックは真っ赤になって反論する。


「なっ⁉︎ 別に好きじゃねーし! このままほっとくのも気分悪いから!」


 ロバートはリックを宥めながら、伸ばした顎髭を撫でて言う。


「わかった、わかった。聖女さまを探すのも人数が多い方が効率いいだろ? って話だ。1人で飛び出すのはやめとけ」


「……ふん!」



 そして、ロバートは決して処罰しないことを念押し、自分の方針についていけない者の除隊を勧めるが、誰一人としてそうする者はいなかった。

 改めてロバートは確認する。


「おいおい、誰も除隊する者はいないのか? いいんだぜ? 決して咎めないことを約束する。コモドスは凶悪だ。バレたらこれからどんな追っ手が来るかわからん。それにトンボ帰りで、故郷の都や街に置いてきた家族も同行させねばならん。お偉いさんにバレずにな。難しい作戦になるぞ?」


 第七騎士団の兵士たちは、晴々とした笑顔でロバートに応える。


「隊長ならうまくやれるんでしょ?」


「俺たちもコモドスの顔を見るのはもう飽き飽きなんでさぁ」


「どこか平和に暮らせる街を探しましょうよ。アンタならやってくれるだろ」


 ロバートは頷き、第七騎士団186名の顔を見つめ、微笑む。


「……そうか 私についてくるなら、出来る限り誰も死なせん! まずは我々の家族を迎えにいこう!」

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