10 コモドス、理不尽に怒る
地べたに座らされ、鎖に手足を繋がれた3名の衛兵たちを、コモドスは椅子に腰掛けたまま足を組み、傲然と睨みつける。
「おい、貴様ら、ポーラを逃したらしいな?」
レオナに打ちのめされ、ポーラを逃してしまった衛兵たちは糾弾を受けていた。
コモドスならば、僅かな罪でさえ、処刑しかねない。
衛兵たちは震えながら、哀れな声で許しを乞うた。
「ど、どうかお許しを! コモドス様!」
「ポーラは必ず我らが見つけ出します! 機会をください!」
「お願いします! コモドス殿下!」
だが、ますます機嫌を損ねたのか、コモドスは青筋を立てて、椅子から立ち上がった。
「黙れ! この無能な痴れ者が! 女1人捕らえておくことも出来ないのか!」
衛兵たちは震えながら、言い訳を重ねる。
「で、ですが、ポーラを痛めつけようとしたところ、邪魔が入り……」
しかし、コモドスに聞く耳などあるはずがなかった。
椅子にもたれかかるようにして立つと、横にいたザラを指差し、怒りに満ちた声を上げる。
「もういい! 言い訳など聞きたくない! みろ! あのザラの哀しげな瞳を! ザラはポーラに怯えていた! それをお前らは……!」
拳を震わせながら、コモドスはゴミを見る目で衛兵たちを睨みつけた。
衛兵たちは、もう今にも処刑命令が降りそうな、不穏さを感じ、必死で懇願を続ける。
「ど、どうかお許しを! 必ず偽聖女ポーラを見つけます!」
「そして、我々の手でポーラを捕らえてみせます! ですから、なにとぞ……!」
地面を蹴り上げ、遂にコモドスは血走った目で後ろに控えていた騎士たちに命令を下した。
「黙れ! 黙れ! 見苦しいわ! おい! そいつらを処刑場に連れて行け!」
遂に降った処刑命令に、衛兵たちは泣き叫ぶ。
「ヒィィィィィィ⁉︎ いやだァァァァ!!!」
「あ、あんまりだァァァァ!!!」
「アアアァァァァァァァァ!!!」
泣き叫ぶ哀れな衛兵たちは、処刑役の騎士たちに引き摺られるようにして、連れて行かれようとしていた。
その時、女性の声が室内に響く。
「コモドスさま、お待ちくださいませ」
ザラ・ステインが処置に待ったをかけたのだった。
コモドスが手を上げ、騎士たちの動きが止まる。
ザラの目を見つめ、コモドスは不思議そうに尋ねた。
「どうした? ザラ。こいつらの処刑に何か要望でもあるのか? お前の要望ならなんでも聞こう」
ザラは微笑みながら答える。
「いえ、そうではなく。ポーラを取り逃した事は確かに私も呆れ、彼女の行方や動向も気になっております。ですが、いくら無能な彼らといえ、いきなり処するのはあまりに可哀想ですわ」
コモドスは頬を赤らめ、嬉しそうに笑みを浮かべ、ザラの手を取った。
「……おお 私のザラ! こんなクズどもを庇うのか?! お前は美しいだけでなく、なんと優しい心を持っているのだ! 感服したぞ!」
ザラも笑いながら、王太子の手を握り返す。
「ええ、処刑は取りやめて頂けると助かります。その代わり……」
「うむ、何だ?」
処刑されかけていた衛兵たちを指差し、何気ない様子で言った。
衛兵たちは泣きながら、恐怖と歓喜の狭間で震えている。
「この者たちを私に預けていただけますか? 直接の配下としたいと思います。何でもいう事をきく屈強な使用人が欲しかったところなのです」
コモドスは手を叩き、二つ返事で了承する。
「わかった! いいぞ! お前は素晴らしいな! ザラよ! 不届き者を庇い、許すばかりか、配下として召し抱えるとは! おい! お前ら! ザラの言うことはなんでもきけ! コモドスの命令だ! 今度何か粗相があれば、容赦せんぞ!」
衛兵たちはこぞって、必死に首を振りながら声を振り絞る。
彼らにとって、今が生と死の境目だった。
「か、かしこまりました! コモドスさま! ザラさま!」
「お許しいただき光栄です! 懸命に働きます!」
「必ずザラさまの役に立ってみせます!」
コモドスは満足そうに唇を歪め、頷く。
「よし、よい心がけだ。忘れるなよ!」
続けて、コモドスは椅子に腰を下ろすと、苦々しげな表情で騎士たちに命令した。
「さて、逃亡した偽聖女の件だが…… 放っておくわけにもいかぬ。ヤツめ! 我が国で研究をしておきながら、その成果を持ち逃げしよった! 捜索部隊を設置せよ。必ずヤツを捕らえるのだ! 今度は地面に頭をつけてザラに謝罪させるのだ!」
ポーラの研究室から、いくつかの器具や薬品、そして重要な論文が消えていた。
もちろん、レオナの仕業である。
そして、コモドスたちはポーラの行方など知る由もない。
騎士たちは、コモドスの指令に一斉に跪き、大きな声で返答した。
「かしこまりました。殿下」
2人きりになると、ザラはコモドスの腕に手を回し、上目遣いに彼を見つめる。
「殿下、さすがのご差配ですわ。必ず、ポーラは近日中に見つかるでしょう」
コモドスは満足そうに頷く。
「うむ、当然だ。偽聖女は捕らえ、我が国の研究成果を吐かせた後、ザラの奴隷として飼ってやろう! それで良いな?」
ザラは三日月のように、口の端を歪め、微笑んだ。
「もちろんですわ! ポーラは私が飼い慣らしてみせますわ!」




