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1 聖女クビになる

 私はほとんど上の空で、王太子の戯言、もとい長口上を聞いていた。

 今日も忙しいというのに、突然訪れた兵士たちに研究室から連れ出され、私はずっと議場の1番高い壇上に立たされている。


 王太子が何か私のことについて、演説を続けてるのは聞こえてるが、二徹目であるので、内容は入ってこない。


 うとうと、としかけた私に、不意に多くの視線が注がれ、やがて王太子が私を指さすのが見える。


「聖女ポーラ! 今この時をもって、貴様の聖女資格を剥奪するっ!!!」


「……はあ」


 最後の言葉だけは辛うじて認識出来たが、寝不足のため、間抜けな声しか出ない。


(ふーん…… そっか、そうなんだ)


 やっぱりこの人は馬鹿じゃないだろうか?

 この世紀のバカ王子たるコモドスが隣国へと仕掛けた戦争で、連日のように負傷した兵士たちが病院に運び込まれてくる。

 戦況は良くない。

 今こうしてる間にも、最前線では激しい戦闘が行われ、人が死んでいってるはずだ。

 数時間前に行った際の手足が千切れ、意識が朦朧となった兵士のうめき声や、外科手術の消毒や血の匂いを不意に思い出す。

 これからどんどん増えていく。

 医療者の数が負傷兵に対して追いついていない。


 王太子は気づいていないようだけど、そろそろまともな貴族や平民からの不満が臨界に達しようとしている、と私は感じていた。



 王太子の狷介な悪意たっぷりの表情を見つめながら、まるで夢の中のような感覚の私はほとんど感情が動かない。

 王太子の裁定はそれほど意味不明だったからだ。


 しかし、茫とする私を他所に王太子やその取り巻きは顔を真っ赤にしながらがなり立てる。


「おい! 聞いてるのか!? 小娘! 何て馬鹿なツラ晒してやがる! ふん! 聖女の任を解かれたのがよほどショックなのか? いい気味だ! これも貴様の普段の行いが悪いからだ!」


 ……謂れのない罵倒をされても反応に困り、私はますます脱力する


 いや、聖女の称号って、王太子の癇癪やこの国の議員の意見で取り下げられるものだっけ?


 そんな思案に耽っていると、王太子の取り巻きの議員たちが、壇上の私を睨み一斉に罵倒してくる。


「何だ⁉︎ その気の抜けた返事は⁉︎ 王太子コモドス殿下の勅令だぞ!!!」


「そうだ! もっと威儀を正さんか!!!」


「この何も知らん田舎育ちのメスガキが!!!」


 議場を見回すと、私を糾弾する為に用意された場だということに今更ながら気づく。

 この場に居るのは王太子派と呼ばれる議員たちばかりだった。

 それ程までに王太子は私から聖女の称号を奪いたかったのだろうか。

 それほどに恨みを買った覚えは無いのだが。

 ……いや、一つ心当たりはあった


 思考を続ける私を悪意たっぷりに睨みながら、王太子コモドスはますます勢いよく糾弾を続ける。


「聖女! いや、元聖女! 貴様は癒しの力を持たないばかりか、よく分からん実験ばかりに時間と金を費やす無能だ! よってこの国にお前は要らん!」


 よくもまあ、そんなことを言えたものだ。


 私が医療現場から抜ければ、大変なことになるかもしれないけど、王太子命令だから仕方ない。

 私が育てた研究者や、医療者たちに後事を託そう。

 ため息を吐きながら面倒になった私は早くこのくだらない会議を切り上げようと思った。


「はい、分かりました。何も異論は有りませんので、私はその田舎に帰らせてもらいますね」


 壇上から降りようとする私に、コモドスの怒号が飛んでくる。


「待てぃ!!! それだけで済ませると思っているのか⁉︎ このニセ聖女め!」


 コモドスは青筋を立て、壇上の私をまるで憎い相手のように睨んでいた。


「……どういうことでしょうか? 私はあなたの決定を受け入れ、仰る通り田舎に帰ると言っているのですが?」


 私の物言いに王太子の取り巻き議員たちが、罵声を飛ばしてきた。


「貴様ッ! どこまでも不遜な輩めっ! 」


「王太子殿下に不遜な口を聞くなっ! 礼儀も知らん小娘が!」


 ……まったく、浅ましくてうるさい


「すみませんねえ、なにぶん田舎育ちなもので。私もこんなむさ苦しい都会で働きたくなかったですよ」


 そう言ってやると議員たちは、ある者は顔を真っ赤にし、またある者は肩を震わせ私を睨む。


「この……!」


「偽聖女の分際で、なんと不遜な物言いだ!」


「もっとすまなさそうにせんか! メスガキ!」


 理論立てて反論出来ない、ただコモドスに追従するだけの無能な議員たちを、諦観をもって見つめていると、コモドスが薄笑いを浮かべてこの場を収めようとする。


「まあよい、所詮は下賤な小娘の言う事だ。いちいち目くじらをたてていては話が進まん」


 取り巻きたちも畏まりながら、コモドスを揃って持ち上げる。


「はっ! その通りですな、コモドスさま!」


「コモドス様は器が大きくてあらせられる!」


 ……本当に馬鹿馬鹿しい

 まるでコモドスの操り人形のような奴らだ。


 コモドスは満足そうに口角を上げながら、壇上の私を見つめる。


「おい、ポーラとやら、貴様はこれから聖女では無くなるが、一つチャンスをやろう」


「……はあ」


 そして、後方に立っていた豪奢なドレスを着た令嬢を振り返った。


「我が婚約者、ザラ・ステインに謝罪しろ!」


 王太子の背後に隠れていたらしきその女は、前に出ると髪をかき上げる。

 輝くような金髪ブロンドを靡かせたその美女は薄く微笑みながら、私を見つめていた。

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