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三十四話

 ソレは女性の声で、ひっ迫していて、ソレでいて恐怖にまみれていた。


 その悲鳴の場所に何の考えも無しに近づいて着陸してみれば。


「うん、何だろうか?大きな大きな虫に女の人が襲われてるね。・・・ちょお!?メーニャ!落ち着いて!落ち着いて!」


 その女性が視界に入った瞬間にメーニャの全身から妙に黒い靄が噴出していた。


「申し訳ありません魔王様。少々突然の事で抑え込む事に失敗しました。」


「ああ、そう言えば魔族って人を見ると危害を加えたくなるんだっけ。ソレも魔王が復活した後は二割増し?とか?あ、虫逃げた。」


 メーニャから発せられた黒い靄を感知したのか、女性を襲おうとしていた虫は恐れを感じたらしく音も無く即座に逃げて行った。


「・・・どうしよう?只の興味と反射で悲鳴の元に来ちゃっただけなんだけども。ゴメンねメーニャ。そこまで深刻な状態になるとは思って無かった。辛いなら少し離れていても良いよ?」


「いえ、魔王様の御命令を受けていれば制御は可能です。」


「いや、落ち着いてって言うだけで命令って訳でも無いんだけど。まあ、うん、それだけで理性を強く働かせられるなら、良い事か。でも我慢が出来なかったらちゃんと退避してね?別にむやみやたらに僕は人殺しを望んじゃいないからさ。」


 そうなのだ。僕は魔王ではあるが、人を殺す事は出来ない。


 そういうルールを神と魔神の間で決められている。


 それとは全くの別の部分、僕個人の感想としては人殺しに対して忌避感があると言うのはこの場では言わないで良いだろう。


 コレに因って僕はメーニャにその殺人衝動を抑え込んで貰っている訳で。


 魔族はどうにもその身に魔神から埋め込まれた衝動を抑えるのは辛いらしく、メーニャは我慢をして今、目の前の女性を見ない様に努めていたりする。


「ひッ!?ひッ?ひッ・・・ひッ、ひッひッ・・・ひッ!?」


 助かった女性は引き攣ってしまっていた。その呼吸は乱れてマトモに息を吸えていない。


「あー、大丈夫だった?怖いなら怖いで叫んでくれて良いよ。無理しないで。これ以上は近づかないでいるから、安心してね?落ち着いて・・・とは言っても、うーん?僕のこの見た目とメーニャが一緒じゃ安心も何も無いよね。殺されちゃうんじゃないかと思うのは無理も無いねぇ。」


 僕の見た目は大男で、顔も厳つい。しかも角も生えてるし。


 そこに魔族のメーニャが一緒だ。こんなの怖がるな、落ち着けと言われても、女性と同じ状況、立場になったら僕だって絶対に無理だ。


「ジロジロと見るのは失礼だろうと思ったけど、何だか貴女の着ている服は上等な物に見える。立場のある人だと感じられるけども?そんな貴女がどうしてこんな森の奥に?町は相当に遠いし、迷子と言った感じでも無さそうだけど。」


 その服は薄汚れていた。この森を相当に歩き続けていた事が直ぐに想像できた。


 所々に裂けたり切れたり土が存分に付着していたりと、相当にこの森で彷徨っていた事が窺える。


 どうしてそんな事になっているのか?不思議に思ってそこを質問したけれども、まだ冷静さを取り戻せていないその女性は俺を恐怖の籠もった目で見つめてくるばかりだ。


 さも目を逸らせば自分の命はそこで尽きるとばかりな悲壮なその表情に僕は小さく溜息を溢すしかない。


 別にこの女性に恐怖を存分に抱かせてから殺すなどと言った事を考えてる訳では無い僕は。


 だがしかし直ぐに殺され無いこの時間をこの女性はそう思っている事だろう。


 魔族は人族の敵、そして今その魔族が目の前に居る。コレだけでこの女性には死を感じるには充分なのだから。


「メーニャ、暫くは時間が掛かるだろうから後ろを向いて視界に入れていない方が楽だと思うよ。僕はこの人が落ち着いてしっかりと話が聞けるまで待つつもりだから。メーニャは無理しないでね?」


「お気遣い感謝いたします。では、わたくしは後方の警戒を致しておりますゆえ、何かあれば御声掛けください。」


 こうして奇妙な待ち時間が発生したのだった。

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