百四十四話
追跡はされた。しかしソレを撒く訳でも無くメーニャはゆっくりと一件の家の中へと入る。
そこは繁華街から少々離れた立地にある、何処をどう見ても一般人が住む為の何ら変哲も無い家だ。
しかし絶妙に周囲に通行人が通らない様な場所であった。
追跡者たちはその家を包囲する。慎重に距離を詰めながら。
「目標は袋の鼠だ。しかし油断はするな。逃げられん様に目を光らせておけ。万が一にも目標を捕らえられ無かったら報酬無しだ。分ってるだろうな?」
「そりゃ解ってますって。舐めた真似なんてする奴はこの中には居ませんよ。」
「それならば良い。・・・ふむ、突入班、準備は良いな?」
追跡者たちのリーダーだろう男がそう口にすると覆面で顔を隠した三名の者が静かに動き出す。
そして音も無くその家の扉へと近づく。鍵穴に一本の棒を刺し込むと静かにソレをくるりと回した。
その後は直ぐに扉を開けて中へと入り込む。素早い動きでそれは何らの淀みも無い滑らかさだった。
不法侵入、しかし家の周辺にはこれを目撃して衛兵へと通報をする者などいない。
捕縛、彼らに組織から命令された内容は生きてその目標を連れて来る事。
意識がありさえすればどの様な状態でも構わないという非道なものだった。
「相手は女だと言う。しかしどうやら妙に賭けを的中させたなどと言う話だ。何かしらの魔道具を持っている可能性は説明してあったな?」
「大丈夫でしょう。どんな魔道具を持っていようが幾ら何でもウチの奴等が三人がかりで捕まえられない何て事は無いですよ。」
「・・・だと良いがな。どうも嫌な予感がする。何か異変が起きれば即座に何も振り返らずに一目散に撤退するぞ。」
「え?まさかそんな?そこまでですか?」
彼らは場数を、修羅場を多く踏んだプロであった。裏家業、闇仕事などと言った世間には大手を振って吹聴できない汚い手段を使う集団。
そしてそんな社会でこのリーダーは「勘」などと言った不確実なモノで今まで生き残って来たと言って良い。
ここまで付いて来たその部下たちもリーダーのこの「勘」に助けられてこれまで生き延びて来ていた。
その信頼を置いているリーダーの言葉に側付きの男はしかしついつい怪訝な表情になってしまった。
だが次の瞬間、先程に突入したばかりの三名が家から出て来て応援要請のハンドサインを出して来たのを目にする。
目標、消失、そのハンドサインもリーダーは目にしている。その顔には驚きを浮かべており、次には小さく叫ぶ。
「どう言う事だ?!・・・いや、勘が当たった。しかも今回は被害が無い方か。まだマシだな。依頼を成功させられ無かったのは残念だが。お前らに被害が出なかっただけマシか。替えが利かんからな・・・行くぞ。警戒に三名残して全員あの家の中を捜索だ。何かしら手掛かり一つくらいは得なけりゃ格好も付かん。」
この応援要請に対応して家の中へと入って見ればそこには一切の家具も置かれていない真っ新な何も無い部屋でしか無かった。
「何て事だ。隠れる場所も、ましてや隠し通路は?その痕跡も見当たらんとは。これでは何を探すも何も無いな。こんな場所から俺たちの目を眩ませて逃げる?・・・即時撤退の合図を出せ。それと、この件には今後一切関わらん。お手上げだ。俺たちなどでは全く歯が立たん相手だぞコレは。」
「相手が一枚も二枚も上手、って事ですか?」
側付きはその様にリーダーへと問いかけるのだが。
「甘過ぎるなその認識は。改めろ。そんな次元じゃ無い。天地がひっくり返ろうが勝てん相手だ。」
リーダーの言葉に側付きはまだ納得できないでいた様で「まさかぁ」などと小さく笑い溢す。
ソレは自分たちの実力に自信を持っていたから。
だけどもそんな自信など、今ここで目標対象から軽く蹴り飛ばさている現実を目の前にしているのだが。側付きはまだその危機感を気づけていなかった。
「幾ら何でも信じられませんよ。家の周辺をもう一度捜索しましょう。発見できるかもしれないじゃないですか。何かしらの仕掛けがあるに決まってますよ。」
撤退を指示するリーダーに側付きは反対意見を述べるが。
「・・・お前、目の前に金貨十枚と自身の命、秤に掛けたらどちらが重い?」
「えぇ?そりゃ命ですよ。俺の価値はそれこそ金貨十枚程度では無いですからね。最低でも百枚以上は積んで来いってもんです。」
「今回の目標は駄目だ。幾ら積まれ様が死ぬ事が絶対分かっている仕事なんだ。秤は命の方に傾く。何が有ろうと、どんな要素が絡もうが、な。どれだけのクソガキでも分かる、どれだけの阿呆でも分かる、何をしても死ぬ、そんな依頼をお前は受けるのか?」
「貴方がそこまでの判断を下す相手ですか?はぁ~、それじゃあもうしょうがないですね。」
溜息と共にその様な言葉を出した側付きは家の外に出て見張りに残っていた三名へと撤退の合図を出すのだった。