第二話 保安官
雇われガンマンのオースティン・コバーンは雇用主であるタートルヘッドのお屋敷へ戻ってきた。そのフィジカルをかわれて雇われたオースティンだったが、ジルの奇っ怪な射撃技の前には手も足も出ず、結果、脱走者の二人を連れ戻すことができなかった。雇用主のタートルヘッドは、口調こそ優しいがその性格は残酷で実際何を考えているのか読めないところがあった。怒られるだけでは済まないかもしれない、しかし報告しないわけにも行かない。オースティンは意を決して一連の出来事をタートルヘッドに報告した。
報告を聞いて真っ先に口を開いたのはタートルヘッドの孫にあたるタートルヘッドジュニアだった
「我慢のジル?」
「はい、そう名乗ってました」
タートルヘッド本人もあご髭をなでながら対策を考えている様子だ
「だれか知ってませんか?」
主がそうたずねると、ギャング達を束ねるリーダー格の男ヒダリー・シュインマンが礼儀正しく答える
「聞いたことはありませんね」
ギャングの女ガンマンであるクリスティアナ・ウォーターも両手のひらを肩まで上げて首を横に振る
ここに居る全員が「我慢のジル」なる男を知らないとなると、対策が後手に回る可能性がある。タートルヘッドはいっそうあご髭をなでつける
「さて、困りましたね」
孫のジュニアは彼等の不甲斐ない行動に怒っていた
「なあオースティン、じゃあお前はその訳の分からないジルにやられて、何の情報も得ずにおめおめと帰ってきたってのか?」
「す、すみません」
「タートルヘッドの人間がどこのどいつともわからん変態に負けたなんて噂が広がったらどうするつもりだ」
「……それは」
「前はおじい様の顔に泥を塗ったんだよ解ってんのか?」
身長の低いジュニアはオースティンにひざまずく様に言うと、その顔面に蹴りを入れる。タートルヘッドはそれを見ながら笑顔で止めに入る
「まあまあ、ジュニア、そのくらいにしなさい。」
「そのジュニアって呼び方、やめて下さいおじい様」
「いいじゃないですか、ジュニアで」
「でもおじい様」
「ともかく、その【何とかジル】を調べてみましょう。先生、お願いできますか?」
先生と呼ばれた白衣の男、中国人医師のペッサ・リーはタートルヘッドの一番の理解者で知恵者だった
彼は静かにうなずくと部屋を出ていった
「あとは皆さん普段通りでけっこうですから」
タートルヘッドがそう言うと、報告会はお開きとなった。皆言われたとおりに普段の持ち場へと戻っていくなかリーダー格の男ヒダリー・シュインマンの背中にジュニアが声をかける
「ヒダリー」
「はい」
「保安官の連中に少しカネを握らせておけ」
ヒダリーはジュニアの事が好きでは無かった、我が主はタートルヘッド様であってその孫では無い、生意気なクソガキが調子に乗るな、と口には出さなかったが常にそう思っていた。
ヒダリーはひとつため息をついてから返事をする
「わかりました」
「それと、谷の連中をもっと締め上げろ、これ以上馬鹿な事を考えないようにな」
んなこたぁ言われなくても解ってんだよ、と口から出そうになったがヒダリーはその言葉も胸に閉まった
「ええ、そうですね。」
ヒダリーはジュニアと視線を合わせること無く、部下へ声をかけ走って行った
「おい!行くぞ」
ジルとその相棒である東洋人は、とある町に来ていた
いつもジルと一緒にいる青年、名を御成一平という、彼は遠い東の果てにある日本という国の出身らしい。この時代中国からの渡来はそこそこあったものの日本は明治維新のまっただ中でその存在さえあまり知られてはいなかった。彼がなぜこのアメリカ西部に流れ着いたのかそしてなぜジルと行動を共にしているのかは誰も知らない
そんな一平が情報収集のために町の保安官と話をしている。
「タートルヘッドを捕まえるだと?」
「ええ、そうなんです」
保安官は木でできた枝を咥えていた、考え事をするときの癖の様だ、そいつを右手でつまみ口から離して会話を続ける
「本気か?嘘だったら牢屋にぶち込むぞ?」
「本当ですって、タートルヘッドを捕まえるにはこのチャンスを置いてほかにありませんって、あのジル・リキッドが最強の7人を探して国中を回ってるんです。」
「あのジル?すまんがそのジルをよく知らんのだ」
「兄貴のジルを知らないの?」
「信用出来る男か?」
「はい、僕の尊敬する人です、腕は確かです」
「そうか……うーん。とは言えどこの誰とも解らん奴となるとなぁ」
枝を口に咥えて保安官は疑心暗鬼に考え込む、その態度に一平は顔を膨らませて不機嫌になる
「なんだよ、もしかして兄貴のジルを舐めてるのか?」
「いや、舐めてはいない、まだな」
「とにかく、会ってもらえば解るよ」
「そうは言っても、さて、どうしたもんかな」
「何が不満なのさ」
「……実はなこのあたりの保安官は皆一様にタートルヘッドからカネを受け取っているんだ」
「ええええ!?それじゃああんた」
「まてまて安心しろ、この俺は違う、俺はそんな舐め腐った組織に嫌気がさしてたんだ」
「え?」
保安官は少し考え、そしてうなずいた
「よし解った、協力しよう、その代わりお前の話が嘘だったら保安官の名にかけてお前を牢屋にぶち込んでやるからな」
「なら大丈夫ですね」
そのとき保安官が一平の後ろを指さした
「お?あいつじゃないのか?お前の兄貴ってのは」
「あ、兄貴ィ兄貴ィー!こっちこっち」
一平が大きく手を振るとジルが近づいてきた
「おう!待たせたな。」
保安官は頭の先からつま先までじっくりとジルを見る
「あんたがジルか?」
そう言われてジルは一平に聞き返す
「こいつが?」
「ええ、保安官のニッパー・コックスです」
「保安官?」
そこまで言うと保安官のコックスが右手を差し出してきた
「コックスだ」
ジルがその手を掴むと、コックスは力いっぱい握り返してきた。一平の観察眼を信じていないわけでは無いが、まだ完全に信じるには情報が足りなかった
「アンタ、本当に攻めてるんだろうな?」
「攻めてる?」
難しいジル語を一平が翻訳する
「ああ、変態ですか?って意味です?」
そう言われて保安官のコックスは口に枝を咥え、鋭い目つきになる
「なるほどぉ、変態ですか?ときたか」
即答しないコックスを怪しむジル
「おい一平、保安官ってことはまともな奴なんじゃねーのか?」
「大丈夫!この人は保安官であるにもかかわらず。舐めるのがやめられない。舐め好きなんです」
一平がそう紹介すると、コックスは鋭い目つきのまま語り始める
「フォークやナイフはもちろん、食べ終わったお皿、銃の先、他人使ったの楽器の口をつける部分、女性の手足は言うまでもないかな?」
コックスの話を聞いて一平はちょっと引く
「あ、思ってたよりやばいですね」
一平とは対照的にジルの表情には力がこもっていた
「いや、悪くない」
「え?」
コックスはだめ押しにもう一つ付け加える
「アイスのふたが紙で出来ているやつがあるだろ?アレは穴があく」
一平が感嘆の声をあげる
「すげぇ」
「今は棒付きキャンディーをなめているからお前たちは安全だ。」
じゃあ舐め終わったらどうなるんだろうか、一平はふとそんな事を考えていたがジルは満足そうだった
「銃の腕は?」
「狙うのは得意じゃない」
「え?だめじゃん」
一瞬一平が驚くがコックスは肩からお腹側に斜めにかける大きなガンホルスターからウィンチェスターM1887をずるりと引き出し構えて見せた
「ショットガンは狙う必要が無いからな」
そう言うと今度はジルの方から右手を差し出した
「よし2人目の変態はお前だ!」
舐め好き保安官、ニッパー・コックス!参戦決定!
7人まで残り4人
アイスのふたという言葉を書きましたが、1800年代後半にふた付きアイスはありません、アイス自体の歴史は結構古いのですがふた付きのカップアイスが登場するのは昭和に入ってからなので全然先です。まあファンタジーって事でいいかなって