古代王国からの使者
「クラース族の民達よ
眠りにつく前に、私の話を聞いてはくれないか」
聞き慣れない声に、閉じかかった目を開く
一早くその声に反応した兄様は、もたれかかった私が倒れ込まないよう、配慮しながら立ち上がり
その声の方に向けて、剣を構えた。
「⋯何者だ」
兄様の声に、戦士団の人も立ち上がって武器を構える。
全貌は暗くて見えないが、月明かりに照らされて、見かけない男が一人、誰にも気付かれない様に村に入ってきていたのだ。
「申し遅れてすまない
私はこのアウラ島の隣、パトリア大陸⋯
最古の国である、城塞都市リベラルから参った
国王近衛騎士団の団長、リルントだ。」
リルント。
そう名乗ったのは、兄様とはあまり歳が変わらなさそうな端正な顔立ちの男性だった。
紫色の鋭い瞳が私達を捉え
アウラ島では見ない、明るい紅茶色の髪と大きな耳飾りが、月に照らされて鈍く光っていた。
「城塞都市リベラル⋯」
城塞都市リベラルとは、恐らくこの世界で最も古い国だ
地上で初めて造られた国とされ、伝説上の生き物である竜族や巨人族、妖精族がかつて暮らしていたとされている。
その建国神話はとても有名であり、その国の名を知らぬ者はこの世界にはいないだろう
「リベラルの使者が、こんな小さな島の蛮族に
一体何の用だ?」
「結論から言えば、お前達クラース族の保護をしに来た。」
「保護⋯?」
その言葉に、村人達は同様する。
「そしてこれは王命であり、無事にクラース族をリベラルへ連れて行くことが
俺の今回の任務だ。」
「いや、ちょっと待て!
急に保護と言われても⋯
そもそも、それでは我らクラース族が襲撃に遭うことを知っていた様に聞こえるんだが⋯」
「その通りだ、リベラルの神官が予見し
元々はその襲撃を阻止しに馳せ参じたのだが
万一間に合わず、村が壊滅状態になった場合は、保護せよと___」
「こんな小さい隠された部族である、クラース族の存在を知り
村の場所まで探り当ててくるなんて怪しいだろう!
さてはあの黒い軍勢はリベラルが⋯」
アゲット兄様の言葉に、そうだそうだと
他の戦士団の人も声を上げた。
「断じて違う!」
そんな声を掻き消す様に、リルントと名乗った騎士様は声を荒げた。
「詳しいことは私も知らないが、一つ分かっていることがある
クラース村に攻め込んできた黒い軍勢には、既にこの村の場所は割れている。
恐らく今日攻め込んで来たのは、ほんの一部の先遣隊だ
これから本隊が押し寄せてくるぞ。」
その言葉に、しん⋯と黙り返った。
兄様の話によると、戦士団を襲った黒い軍勢は五十人程
それに対して、クラース族の戦士団は三十人程しかいない
「その数は、凡そ千になるだろう」
「「「「「せ、千⋯ッ!?」」」」」
忽ち村は混乱に陥った
先程、漸く取り戻した落ち着きは消え
ただただ絶望的な状況を前に、為す術など無い。
「⋯一つ、私からも良いかしら」
ここで、シャロア様が声を発した。
巫女として村人の前で話す時は敬語だが
普段の喋り方は、外見通り女性らしくなる。
「村に来た黒い兵はたったの七体
そして、戦士団を襲ったのは五十体程⋯
私がアウラ島に上陸する黒い軍勢の気配は、確かに凄まじい数だった
ということは今、本隊は千体程別にいると言ったのは強ち嘘ではないということなのね⋯?」
「⋯クラース族の巫女か」
そのシャロア様の確認に、リルントさんは頷いた。
リルントさん自身も詳しくは知らない様だが、その軍勢には確かな目的があって、今回クラース族を襲ったのだけは分かっていると言う。
兄様はその情報を聞き、更に頭を抱え込む。
「然し、生まれ育ったアウラ島をそう簡単に離れたくは無い者も多いだろう
もう少し考える時間が欲しい
皆と話し合いたい。」
「⋯私は構わないが、長くは待てないぞ
その黒い軍勢は夜の闇を好む。
もしリベラルに共に来るのだとしたら、次の夜まで⋯
つまり明日の夜までには、アウラ島を出発していなければいけない
先程も言ったが、黒い軍勢はこの村を壊滅させる事が目的でも、占領を企むわけでもなく
クラース族そのものを狙っているのだ
きっとすぐ後を追ってくるぞ。」
続く恐ろしい言葉に、村の人達は更に身体を寄せ合い
今後どうなってしまうのかと、その決断についてそっと兄様を見上げる。
兄様は頭に手を当てたまま、タイズさん達と話しているが、その表情はずっと曇ったままだった。
常に前向きで、元気溢れるアゲット兄様
そんな兄様のこんな表情を、妹である私でも殆ど見たことがなかった。
「知らない土地に移動だなんて⋯」
「ここを離れないといけないのは⋯」
あちらこちらでそう声が聞こえる。
古きを重んじ、故郷を愛し、この霊木と共に今まで生きてきたのだ。
それも百年程の歴史はあるだろう。
このアウラ島にも、幾つかの種族と集落があるが
クラース族は最古であり、常にこの島、この土地と在ることを望んできた。
(それは、これからも⋯)
けれど私は、皆と同じくらいこの土地を愛しているはずなのに
それ程、ここに残り続けたいという気持ちが無い。
それはこうして逃げなければいけないという状況にならなければ、きっと未来永劫抱きもしない感情だと思うのだが
どうにもリルントさんの話に引っ張られている自分がいる。
(城塞都市リベラル⋯)
何故、懐かしさを覚えるのだろうか。
全く知らぬ土地に行くわけではないのだから、良いのでは無いか⋯と
見たことも、行ったことも無いのに、私の気持ちは複雑に絡んで、せめぎ合っていた。
「⋯メノン、貴女はどう思っているの?」
『え⋯?』
ふと、シャロア様が私の隣に座った。
「先程から、他の村の人達とは違う表情だわ
今日一日を通して、きっと貴女が一番恐ろしい体験をしているはずなのに
その精神は綻びを見せず、強く輝き、今この場で誰も出来てない“明日を考えている”様に見えるの」
『⋯⋯』
シャロア様に、とても皆には言えそうにない心の内を言い当てられ、肩が軽く跳ねる。
巫女とは、そういったものまで視えるのか⋯と
少し恐ろしくも感じてしまうが、私は先程からきっと村の人とは違う考えを持っていることを素直に打ち明けた。
「⋯そう
実はね、私も一つ気になっている事があるのよ」
シャロア様が私を見る時、どこか私では無い何かを視ている感覚がする時があった。
「貴女の身体には、貴女ではないけれど
貴女に似た別の魂の気配を感じる時があるの
それは毎日のことではないわ
けれど、貴女が自分の意見とは違う何か別の意見も抱くのは
その魂の存在が関係しているのかもしれないわね」
『別の魂⋯』
私にそう言うと、シャロア様は膝に手を当て
そっと立ち上がり、白く長い髪をなびかせながら去って行ってしまった。
その大人びた後ろ姿に、私は自身と歳が一つしか違わないことを疑ってしまうくらいだ。
シャロア様は私の一つ上の歳だが、幼い頃から子どもと思えぬくらいに落ち着いた性格で
九つになる頃には、他の聖職者よりも秀でた力を周囲に示した
歳もあまり変わらぬのに、治療や祭事にも引っ張りだこで
いつの間にか、クラース族の巫女としてその地位を築いていったのだ。
(それに比べ、私は⋯⋯)
いや、今ここでそんな事を考えても仕方ない。
私は首を小さく横に振って、また顔を上げると
戦士団と話し合っていたはずのに兄様は、またリルントさんと話をしていた。




