戦士団の到着
『⋯あ、皆!』
霧の中、クラース族だけは方向感覚を失わない。
私は村を何とか脱出した後、サフィをおぶり
村の北にある霊木に向かって歩いていた。
深い霧と夜の闇で、周りの景色などは見えず
霊木は確かにこっちにあるという感覚だけで向かったが
どうやら道は合っていた様だ。
私の声に、村人達が駆け寄ってきてくれる。
そして私と、背中のサフィさんを見て顔を真っ青にさせた。
「メノン!サフィ!無事で⋯
ち、血が着いているじゃないか、怪我したのかい!?」
『私は怪我は⋯
それよりサフィさんが⋯』
私は他の人の手を借りながら、霊木の根の下にサフィさんを下ろす。
霊木の太くて立派な根は、くねって地上にまで出ており
小さな隠れられそうな場所を幾つも作り出している。
弱い雨なら、濡れずに済むくらいの規模だ。
「ああ、サフィ⋯!なんてことだ」
「酷い怪我じゃないか、何があったんだ!」
押し寄せる村人を前に、たった七体の兵士が来たこと
子ども達は助けられなかったこと、
サフィさんは致命傷は免れていることなど、簡潔に説明をした。
あとは、シャロア様が仰った通り
とても残酷な話だが、黒い兵は子ども達に怪我を負わせ
慌てて村へと帰る子どもと、その血痕を辿って村の位置を特定したのだろう、と伝えた。
「⋯⋯」
奥から歩いてきたシャロア様は、私が無事である姿を目にして
驚きと、少し曇らせた表情をした気がしたが
柔らかく笑い、私の頬に着いていた血を拭き取った。
「メノン、無傷で帰ってこられたのね
無事で何よりだわ」
『シャロア様⋯
シャロア様の仰る通りでした。
村の皆を護ってくださり、ありがとうございます』
私はシャロア様に深く頭を下げると、シャロア様の後ろから聖職者がサフィさんの元へ向かっていき
聖属性魔法による回復を始めてくれた。
(良かった、サフィさんだけでも守れて⋯)
緊迫した気持ちが解け、私はその場でへたり込む
何人かの村人が、そんな私に声を掛けてくれたが
正直、覚えてはいない。
遠のきそうな意識を保つだけで、精一杯だった。
子ども達を守れなかった悔しさと
もう奪った命なのに、再度その子ども達に斬撃を浴びせたことに対して、強い憤りを感じる。
怖かったろう、痛かったろう
見たことも無い真っ黒な兵隊を見付けて、どんな思いで村まで逃げてきたのだろうか
そして、母親に会えた瞬間に⋯
『⋯⋯っ』
想像をするだけで、この心に宿る強い怒りが
身を焦がしてしまいそうだ。
サフィさんも、子ども達が黒い兵によって斬られる瞬間を目の当たりにしているはず
起きた後のケアもしなければ⋯
「⋯ああっ、私の子どもも⋯」
「そ、そんな⋯さっきまで元気にしていたのに⋯っ」
『⋯⋯』
サフィさんの息子さんと、一緒に唐辛子を採りに行っていた子ども達の母親が
自身の子どもがどうなったかを聞き、泣いて崩れ落ちる。
今まで、何かによって命を奪われることはそうは無かった。
森や山で、動物とは違う存在⋯魔物と呼ばれるものに襲われたり
何度か衝突したイーオン帝国軍との戦いが原因となり、亡くなった者はいなかったわけではない。
だが今回のように村に何者かが攻め込み、そして幼い命を奪うというのは無かったので
まだどこか、非現実的でこれこそ夢なのでは無いかという気持ちでいっぱいだ。
きっと、村の人達もそうなのだろう。
疲れ切った表情で、皆どこかを見つめていた。
私も霊木にもたれ掛かり、空を見上げる。
あの赤黒かった黄昏時の空は、この悲劇の暗示だったのだろうか⋯
今晩はよく晴れて、星々がよく見えるはずだが
今は霊木の加護により、ここら一帯は黒灰色の分厚い雲に覆われていた。
『⋯⋯はっ』
⋯ふと、兄様達村の戦士団が帰ってきた気配がした。
ここから村までは、歩いて三十分程の距離だろうか
私はサフィさんをおぶりながら歩いて、体感としてはもっとかかっていたと思う。
それなりの距離があるのに、何故気配を感じるのかは分からないが
それでも、帰ってきた。そう思ったのだ。
(せめて、私だけでも村に⋯
兄様に何があったのか伝えないと)
私がそう思い、立ち上がると
シャロア様が、私より前に立った。
「⋯村の戦士団が、帰還したようです。
邪悪な気配も、もう感じられません」
その声を待っていましたと言わんばかりに、あちらこちらで休んでいた村人が集まってくる
この避難生活に終わりが来たのだと、そしてクラース村に帰れることに、誰もが喜びを感じていた。
「アゲット達が帰ってきたならもう大丈夫だ!」
「早く帰ろう!」
暗かった皆の表情も明るくなり、シャロア様と聖職者を先頭に
私達はまた村を目指して、移動を開始することになった。
・
・
・
「村が⋯⋯!」
「どうなっているんだ!?」
「とりあえず家の消火を!
水属性魔法を使える者は、火消しを優先するんだ!」
俺達が狩りから帰り、クラース村に到着したのは夜
本来、森で野営して夜明けと共に出立することで
日が暮れる頃には村に戻れる予定だったところ
俺の胸騒ぎで出立は夜の内にし、昼頃には帰ってこられるつもりだった。
道中、突如見たことのない黒い軍勢に襲われた。
最初はイーオン帝国軍かと思ったが、イーオン帝国軍は銀の甲冑を身に纏い
剣士、魔戦士、魔道士、弓兵、聖職者(回復魔道士)からなるバランスの取れた構成で、一つの隊を名乗っている。
だが今回襲ってきた軍は、イーオン帝国の軍旗を持たず
真っ黒な甲冑を纏い、指揮官もおらず剣士のみで構成されていた。
そして何より、イーオン帝国軍と違うのは
その黒い軍勢は、斬っても斬っても倒れずに立ち上がって襲いかかってくるというところ
独特で異端的なその動きに、俺達はすぐにその軍勢がアンデッドであることを見抜いた。
回復魔道士を守りながら、敵の動きを封じ、回復魔道士の浄化の魔法により倒す。
その戦法を繰り返しながらの帰還だったので、帰る時間も大幅に遅れてしまったのだった。
そして、やっとの思いで帰ってきた村は
もぬけの殻であり、家は燃え、石窯は崩され、井戸は潰されていたのだった。
「⋯メノン、メノン⋯っ!
どこだ!どこにいるんだ!」
冷静さを失い、妹を探す俺をタイズ含め、何人かに押さえつけられる。
やめろ、邪魔をするな!妹が怪我をしているかもしれないんだ⋯!
「アゲット、落ち着け!
村にはシャロア様がいらっしゃった
きっとこの襲撃を予知して、村人と共に避難しているに決まっているさ!」
「ならどうして、子ども達がこんなにも無惨な姿で殺されているんだ!」
俺が指差した先には、三人の子どもがバラバラに切り刻まれた死体があり
最初に発見した、戦士団の若者は、そのあまりに惨い情景に気絶をしてしまった程だった。
俺自身も、今まで感じたことがない怒りを感じた。
あのアンデッド達は何者だったのか、どこに潜伏しているのか
見付けたら、その死ねない身体を一生斬り刻み続けてやりたいと、そう思った。
だが、想いは皆同じだろう
族長の俺が取り乱したら示しがつかない。
俺は荒ぶる気持ちをなんとか押さえ込んで、そっと息を飲む。
血と、焦げた臭いと、アンデッドから発せられていた死臭が混ざった空気を手で払い、辺りを見渡す。
「⋯ふう、ぅ⋯
⋯よし。
まずは村の人達が帰ってこられるよう、少しでも立て直すんだ
さっきの戦いで傷付いた者は遠慮せず休め、動ける者だけで出来ることを⋯」
俺の指示に、怪我をした者は回復魔道士と共に村の中央の台座の近くへと移動
それ以外の者は、燃える家屋の消火を中心に、崩れて散らかった瓦礫をまとめたり、殺されてしまった子ども達の亡骸を集めて、埋葬の準備を行った。




