黒い軍勢
『⋯⋯?』
死の覚悟を決めた私に、いつまで経っても痛みが訪れることは無かった。
再度顔を上げると、目と鼻の先にいたあの黒い甲冑は周囲を見渡し、私の前から離れていくのだった。
(ど、どうして⋯?
見逃してくれたのかな⋯)
私は疑問に思いながらも立ち上がり、村を見渡すと
私の前にいた黒い甲冑と、全く同じ容姿の兵が六体程、村を徘徊している。
まるで何かを探しているように、家一軒一軒に入って出てくるのを繰り返していた。
(どういうこと⋯)
見逃したのか、目的が違ったのかは分からないが
命拾いしたようで、私はサフィさんが向かって行った方を目指して歩く
少し膝が震え、ふらふらと真っ直ぐ歩けないが
きっと、サフィさんはこっちの方に⋯
『っ!!
ぅ⋯嘘⋯』
サフィさんが、いた、そこに。
サフィさんはその場に力無く倒れていて
その背中には斬られた痕があった。
そしてサフィさんが守ろうとしたのだろうか、サフィさんの息子さんと、きっと一緒に唐辛子を採りに行ったであろう
同じ歳くらいの男の子と女の子が、無惨にも切り刻まれた姿でそこに在った。
『⋯あ⋯
や、だ⋯』
初めて見る、何かに殺された死体
それもこんな、無惨な姿の⋯
『⋯う、うぅ⋯』
吐きそうになるのを必死に抑え、溢れる涙を強引に拭って、サフィさんの方に駆け寄る。
血が、ドクドクと溢れているが⋯
彼女に触れ、生命活動を確認すると
首の脈は動いており、まだ息もある。
(サフィさんだけでも、助かるかもしれない⋯!)
私は腰布を割いて、サフィさんの傷口に当てて圧迫止血を試みる。
正直大きな怪我だが、致命傷は外されている。
戦好きな帝国軍の兵が、致命傷をこうも大きく外すだろうか⋯
いつも誰かが怪我した時の為に、と
腰に下げている小さな鞄から、止血と炎症を止める効果を持つ薬草を取り出して
サフィさんの服の、患部に当たる部分をそっと脱がし
ある程度止血を終えたところで、その薬草を貼り付け、服の布を巻くように縛った。
その度にいつも、私にも聖属性の力があればと思うが⋯
属性というのは、後から変わることもなければ
癒しの魔法など、覚えることも出来ない。
誰かの怪我を治療する度に、無能な自分に、心底腹が立った。
聖職者は、そんな気も知らず、手のひらと自身の魔力一つで、簡単に傷など治してしまえるのだから⋯
『よし⋯』
(応急処置はこれで大丈夫かな⋯
問題は、あの黒い兵なんだけど⋯)
処置をしたサフィさんと、斬られて血の海に浮かぶ子ども達を横目に
私はまた溢れそうになる涙を抑えて、立ち上がった。
とりあえずサフィさんだけでも、安全な場所に運ばないと⋯
けれど、兵が徘徊するこの村で一体どうしたら⋯
ザッ⋯、ザッ⋯、
『⋯っ!』
一人の兵が、こちらに向かってきた。
サフィさんを助ける為と、考え無しに動き過ぎたか
兵は私達を見て、真っ直ぐ向かってくる。
私はサフィさんの身体に覆い被さる様な体勢をとった。
こんなサフィさんより小さい身体、意味など無いだろうが、それでも⋯
(何も無いよりマシだ⋯)
私は二度目の死の覚悟をした。
サフィさんにしがみつくように、サフィさんの服を握る手に力が入る。
⋯サフィさんだけでも、助からないだろうか⋯
どうか、どうか⋯誰かを護る力を⋯!
そう、必死に祈りながら私はまた目を瞑った。
『⋯っ』
それでもまた、私を痛みが襲うことなど無かった。
『あ、れ⋯?』
黒い兵が剣を振り下ろし、既に動くことは無い子ども達を再度斬撃が襲う
ビシャッ、と跳ねた血が私とサフィさんにまで飛び散り
そこで黒い兵は、また立ち去る。
(わざと外した⋯?)
それにしては、何だか違和感を覚える。
先程見逃されたとして、二度も同じ事など起こるだろうか
それに剣は私達を捉えてはいなかった様に見えたし、そこにある何かを探る様に剣を振り下ろした気がした。
(もしかして⋯黒い兵は私が見えていない?)
そうしたら、子ども達とサフィさんが襲われた事にも辻褄が合う
そして、そんな私が今サフィさんに触れているから
その不思議な効果が、サフィさんにも発動しているのかも知れない。
『⋯よし』
二度も死を覚悟した身だ。
このまま助けを待つか、兵が去るのを待つのが適作なのかも知れないが
この効果がいつ無くなってしまうか分からないし
バレて襲われるより、一か八かで脱出を試みた方が良いだろう。
あまり今の状態のサフィさんを動かしてはならないが、私はどうにかサフィさんの上半身を起こし
おぶる体勢を作る。
完全に脱力した、自身より体重がある人を動かす事は、とても難しい事なのだが
人間より更に重い鹿や猪の解体方法を兄様に教わった時に、その動かし方について学び、行った事がある
そんな動物に比べれば、サフィさんは動かしやすく持ち上げやすいものだ。
サフィさんを完全におぶる体勢を作れたら、足に力を入れて、何とか立ち上がる。
そして、守れなかった子ども達に何回も心の中で謝りながら、私は村の出口を目指し歩き始めた。
『⋯⋯』
途中、黒い兵とすれ違うことも何回かあったが
やはり私達には目もくれず、まるで何もいないかの様な反応で、気付かれる事はなかった。




