巫女の託宣
ゴーン、ゴーン⋯
ふと、村の召集の為の鐘の音が鳴った。
この鐘を利用出来るのは族長である兄と、その妹の私
そして、聖職者の中で一番偉い巫女、シャロア様だ。
誰も外気を呑むほど、綺麗な顔立ちで
キラキラとした白くて長い髪
髪と同じ色の、長い睫毛の下には
紫色の宝石をそのままはめた様な瞳がある。
アゲット兄様が不在の今、鐘を鳴らしたのはシャロア様だろう
謝肉祭の準備もいよいよ大詰めな、そんな時に一体何があったのだろうか⋯
私が家を出ると、既に他の村人も鐘の音を聞きつけ、家を出て周囲の状況を探っている様子だった。
このクラース村の真ん中には、聖職者が祈祷をする為に造った台座のような建築物があり
そこに鐘は存在する。
なので、私も含め村の人達はその台座へと集まるのだ。
台座の上には、シャロア様が立ち
その周りに、何人かの聖職者が後ろで手を組み立っている。
(雰囲気からして穏やかではなさそうだけど⋯)
シャロア様は村を見渡し、殆ど全員が集まったであろう事を確認すると
小さく息を吸い込んで、胸の前で手を合わせた。
「クラース族の民よ、先程神託を授かったので
今ここで、表明致します。
先刻、アウラ島の東方に位置するアーク港にて、邪な力を帯びる軍勢が
真っ直ぐこのクラース村へと向かってきています。」
「な、なんだって!?」
「まさかイーオン帝国では?」
「ど、どうしよう
謝肉祭に合わせて戦士団は狩りに出ているから
私達しかいないよ!」
シャロア様の発言により、村人に一気に不安が襲う
確かに皆が言う通り、今クラース族の戦士団は狩りに出掛けており、この村に、戦う力がある者はいない
残った男性はお年寄りか子どもであり、聖職者は攻撃の魔法は覚えることが出来ない為、戦力として数えることは出来ない。
何人か、女よりは戦えそうな聖職者もいるが、皆狩りに同行してしまっているのだ。
「で、でも村はこの霊木に護られているし
静かにしていれば攻め込まれる事はないんじゃ⋯」
「そ、そうだよね
不安がっていたって仕方ないよね⋯!」
その声に、不安で波打っていた空気に落ち着きが戻る
私も、護られているのでそれ程の恐怖を感じはしないけど⋯
「いいえ、今回攻め込んでくる軍勢は今までとは違います。
そこのご婦人、息子さんはどちらに?」
シャロア様にふと声を掛けられたのは、今日の朝私と一緒に山菜採りに出掛けたサフィという女性だ
四歳くらいの男の子がいて、どの山菜が食べられるのか
薬草の効果を持つもの、毒を含むものなど
母親であるサフィさんの教えを興味津々に聞いていたのを見た。
「⋯あ、息子は
今日のクラース鍋で必要な唐辛子が少々足りなくて
さっき、採りに村の外へ⋯
ですが、村を出てすぐの街道に生えているのを発見していましたし
一人ではなく友達と行きましたし、そろそろ帰る頃かと!」
「なんという愚行を⋯」
シャロア様は険しい顔をして小さく溜息を吐く
そして下を向き、言葉をグッと少し溜めて、
また私達を見た。
「その子どもに何かしらの細工を施し、村の位置を特定してくる事でしょう。」
「「「「「ッ!!?」」」」」
途端に村が大騒ぎになった。
今までそんな事をしてくる敵などいなかったし
平和ボケをしていた⋯と言えば、返す言葉も出ないが
ちょっとの気の緩みからくる失敗があることを、今この瞬間痛感したことだろう。
「落ち着いて、村を離れても霊木の加護はあります
村を離れ、息を潜めるのです。」
「ま、待ってください!
息子は、帰りを待つことは出来ませんか!」
取り乱したサフィさんが、シャロア様に向かって言うが
シャロア様は冷静に、そして冷たさを感じる決断をくだした。
「村に残るかどうかは、好きになさい
一人の子どもの命より、村人全員の命です。
⋯さあ、助かりたい者は私についてきなさい。」
シャロア様は、他の聖職者の人と目を合わして頷くと
台座を降りて、村の外へと向かう
そんな急な展開に、頭はついてこれなくても
村の巫女が託宣をし、これからの出来事を予知した事と
何より、その襲撃を受けたくない、助かりたいという本能的な判断で
状況も分からぬまま、シャロア様について行く意志を見せた。
「ああっ⋯
あぁああぁぁあ⋯!」
サフィさんはその場で泣き崩れた。
周囲にいた他の村人が、背中をさすり、それでも助けようとサフィを連れて行こうとするが
サフィさんはその手を振り払って、顔を覆い、その場で力無く座り込んでしまう。
そんなサフィさんの気持ちを、分からぬでもないと
それでも置いていけずにいるが、シャロア様達の背中が遠くなるにつれて、その姿に迷いを見せ始めた。
『⋯あの、サフィさんの事は私に任せてください』
「メノン⋯」
私は他の村人達に、シャロア様について行くように促す
『族長である兄様も、クラースの民を一人も危険な場所に置いて行くことはしません
⋯もちろん、私も』
その言葉にサフィさんは少しだけ顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになったその顔に、私そっとハンカチを渡して背中を擦る。
『それに兄様達ももう時期帰ってきます!
村だって、もしかしたら加護のお陰で大丈夫かもしれませんし、兄様達クラースの戦士団が帰ってきたら
そんな軍勢だって、けちょんけちょんですから』
そうは言っても、私だって正直不安でいっぱいで、きっと擦ることを止めてしまえば、震えている事が気付かれてしまうだろう。
予知を外したことがないシャロア様が、村を放棄して逃げ隠れることを決断された⋯
それは相当な事だとは思っている。
けれど、私は少しでもその不安を取り除きたいので
残った村人に精一杯笑いかける。
『逃げる時は、子ども達の手をしっかり握ってください
足が遅い高齢の方をしっかり助けてくださいね
⋯あと、クラース鍋を作っていたので
火をつけたままの家もあるかもしれませんし
私が火の始末をして、ついでに鍋の味見もしておきますから!』
そんな私の言葉に、敵わない⋯と思ってくれたのか
不安ながらに笑って、シャロア様達の方へと向かってくれた。
『⋯よし、サフィさん
ちょっとここを動かないで待っていてください
私は家をまわって、火の始末をしてきますから』
木と茅で造られた家だ、サフィさんは確か土属性だったはずだし
万一火がついてしまったら水属性の力を持つ村人がいないと、大変なことになってしまう
兄様達が帰ってくるまでの間、村の留守を預かる気持ちでいれば大丈夫⋯
私はそう思いながら、村の家を一軒一軒回ることにした。
・
・
・
最後の家を見終える頃、外は暗くなっていた
やはり何件か、釜戸に火がついたままの家があったので全ての火を消し
村を照らすのは、複数の松明と石窯だけ。
私は念の為、猪の牙で作られた短剣を懐に持ち、サフィさんの元へと向かった。
『サフィさん!』
サフィさんは先程よりは落ち着きを取り戻せたようで、私にありがとうと笑いかけ、その場で座り直す
私は、そんなサフィさんの横で台座に重心を預ける様に立ち、シャロア様達が行ってしまった村の出入口の方をボーッと見つめた。
「メノン、ごめんなさい
私のせいで、貴女まで⋯」
『いいえ、きっといつもの日常なら、こんな事は起きなかったんです
全ては帝国が悪いんですよ、きっと⋯
充分な土地と資源を得ているのに、尚周囲へ侵攻を止めない
まさかあんなに大きなパトリア大陸でも飽き足らず、アウラ島にまで足を向けるとは⋯
想像もできませんよね』
私がそう返すと、サフィさんは少しホッとしたように力無く笑った。
すると、村の出入口の方で人の気配を感じた。
「あ、息子が帰ってきたんだわ!
すぐに連れて、シャロア様達の方へ向かわないと!」
サフィさんは待ちわびていた!と言わんばかりの勢いで立ち上がり、走っていく
私も後を追おうと、右足を前に出した瞬間____
『⋯ッ!?』
ぶわわっ!と全身を突き抜ける様な危機感に襲われた。
身体中から嫌な冷や汗が出て、そのまま硬直して、思うように歩けない。
『⋯な、何⋯?』
なんだろう、この嫌な感じは
底知れぬ恐怖と、悲しみ⋯?
想像もつかないほど、長い間苦しんだ物に対する感情⋯?
私はサフィさんを追うことが出来ず、かと言ってこの台座から走って家に駆け込める程の余裕もなく
ふらふらと台座に背中を預け、座り込み
ただただ胸の前で手を組んで、祈る様に身体を丸めた。
それしか出来ない程に、恐怖が⋯
闇がすぐそこまで迫っていることを感じたのだ。
(身体が⋯震える
おさまれ、おさまれ⋯
きっと大丈夫⋯っ)
目を瞑り、畳んだ膝に額をつけて、震えが治まるのを待つ
自分で自分を制御出来ないほどに、私の身体は震えていた
全身で警告を示すように、そして今ここを動いてはいけないと
そして組んだその手のひらを解いてはいけないと、何者かが私に語りかける様な確かなものを感じていた。
____長く感じたようで、きっとほんの数秒しか経っていないだろう
私は少しだけ落ち着きを取り戻し、やっとの思いで目を開き、顔を上げた。
『⋯⋯ッ、く⋯ぅ⋯!』
目の前に、あの夢で見た、真っ黒な兵隊の顔があるではないか!
喉から飛び出そうになった声を、必死に押さえ込んで
その場で動かない様にする。
気付かれた、気付かれた、気付かれた
私を見つめる、兜から漏れ出る赤い二つの光
そしてきっと次に、その右腕に持つ真っ黒で大きな剣を、私に向かって振り下ろす事だろう。
(嗚呼、ごめんなさい⋯
私はここまでだ。)
目を瞑り、自分の死を悟る。
最後に浮かぶは兄の顔、そしてまだ両親が居なくなる前の
家族でクラース鍋を囲んだ、幸せな情景が浮かぶ。
(これが、走馬灯⋯?)
長くはなかったけれど、両親の死後も必死に私を育ててくれたアゲット兄様
そして村の皆、ありがとう
私は⋯充分幸せでした⋯⋯。




