兄の予感
時は少し遡って、謝肉祭前日の夜のこと____。
「⋯⋯」
クラース族の族長であるアゲットは、一人深い森の奥で空を見上げていた。
(⋯嫌な予感がする
明日の謝肉祭の為の狩り、いつもならこんな憂いなど感じることは無いのに
どうして、こんなにも胸がざわつくんだろうか
俺は村の巫女と違って、予見の力など無いはずなのに⋯)
すっかり夜も深くなり、そろそろ遠征用天幕で皆と休もうとしていた頃の出来事だった。
よく晴れて、空気も澄むこの時期では、夏よりも綺麗に夜空が見えた。
いつもは淡く白と水色が混ざったような、見事な星雲が見られるが
今晩はどうも、赤みを帯びている様に見える。
「おう、アゲット!
こんな所でどうしたんだ?
もう他の奴らは休む準備を始めてるぞ〜」
俺に話しかけてきたのは、俺と同じくクラース族の戦士であり
戦士団では二番目の実力を持つ、俺の右腕の様な存在でもあるタイズだった。
「⋯タイズか、いや何だか胸騒ぎがするんだ」
「胸騒ぎ? 明日の今頃は謝肉祭でパ〜っと盛り上がってる頃だぜ?
変にいろいろ考えず今は休んで、残って準備してる奴らの為にも
立派な獲物を連れ帰ってやろうぜ!」
そう言ってタイズが親指で、今回の狩りの獲物の山を自慢げに指した。
今年も豊作で、冬眠から目覚めた猪や熊を襲撃し、既に充分すぎる程の成果を得ることが出来ており
明日の朝には移動を開始し、村に戻る予定だ。
いつもの狩りより多い荷物を持ち、休憩も挟みながらとなれば、日が昇る頃に出立すれば、村には完全な夜が来る前に、戻れるだろう。
⋯だが、それでは遅い気がする。
「タイズ、すまない」
「え? お、おいアゲット!」
俺は皆が休む天幕まで走り⋯
「皆、起きてくれ!」
そう天幕に向かって呼びかけた。
少しの時間も経たずに、クラースの戦士団が天幕から疲れた顔で出てきて、俺を不思議そうな顔で見つめる。
「おいおいアゲット⋯どうしたんだよ」
「夜明けに出発なんだから、もう休まないと」
皆、口を揃えてそう言うのは分かっていたし、言いたいこともすごくよく分かる。
(分かるのだが⋯)
「おいアゲット!
さっきからどうしたんだよ、お前らしくもない」
「タイズ、皆、今から出発だ
急いで村に戻るぞ」
俺のその一言に、空気がどよめいた。
それもそのはず、今日だって夜明けから夜までずっと狩りをしていたんだ
それに村を離れて二日ほど、丸一日以上村を離れることも、連日狩りに励むことも、この謝肉祭の時以外は無ければ
今回初めて参加する、若い戦士も何人かいる。
そして何より、この冷え込みだ。
万一帝国軍と出くわさない為にも、火の扱いは最低限にしており、居場所を示さないことと、夜に目を慣らしておく必要もある為
毛布と人肌以外では暖も取れない環境だ。
「⋯すまない、皆」
「アゲット⋯」
いつもと様子が違う俺に対して、強く反発する者はいなかった。
族長であり、戦士団のリーダーであることが理由ではあると思うが。
「あたしは賛成だ!すぐ出発しよう!
アゲットがそこまで言うんなら、何かあるんだろ!
何もなくっても良いさ、それに越したことは無いしな!」
「スフェン⋯」
ここで真っ先に賛成の意を示したのは、同じく戦士団に属しているスフェンだった。
スフェンは女にして、戦士団の中でもずば抜けて高い実力を持っており、リーダーの座を求めては俺に頻繁に闘いを挑んでくる、ライバルの様な存在だ。
野性味溢れていて落ち着きが無く、普段は手を焼かされることの方が多いのだが⋯。
「そうだな、アゲット
俺も賛成する、リーダーの意見は俺の意見だ!」
続いてタイズも俺に賛成し、まだ状況を読み込めていない戦士団に指示を出した。
「さあ皆、アゲットに続くぞ!」
「お、おう、分かった!」
戦士達は立ち上がり、早急に準備を始める。
「よし天幕を片付けるぞ、そっちを持ってくれ!」
「毛布はこっちに預けてくれ、小さく畳んでこの皮袋に入れるぞ!」
疲れているのに、テキパキと片付け始める姿を見て
申し訳なさとありがたさを感じた。
「ほら、アゲットしっかりしろよ」
俺より歳上であるタイズが、俺の肩を軽く押しながら笑いかけた。
俺も笑い返して、改めてタイズとスフェンに礼を言うと
獲物を運びやすくする為に、縄で縛り始める。
「⋯はあ、メノン⋯
兄ちゃんは、お前が心配だ⋯」




