謝肉祭の準備
「あらメノン、思ったより遅かったね!」
『遅くなってしまってすみません』
村に帰ると、何人かの村人が私に声を掛けてくれるが
桶に入った井戸の水、干し肉の塊、今晩の謝肉祭で使う衣装など
腕いっぱいの道具や荷物を抱えて、村のあちらこちらへ早足で歩いている。
私は自身の家に戻り、山菜がいっぱいに入った籠を置くと、座って休む暇もなく釜戸に薪をくべる。
もう昼は過ぎた頃だろうか、太陽は私達の真上を通り過ぎて、西へと向かう
夜には兄様達が、きっと沢山の獲物を携え、疲れて帰ってくるだろうから
その頃には準備を終えて、すぐ始められるようにしたい。
クラース族の族長の妹として、村の留守番組のリーダーの役割を兄様や皆から言い渡されているので
今年も張り切って準備をしたいところなんだけれど⋯
『やっぱり、ざわざわする⋯』
昼間に観たあの夢、見るのは初めてどころか
もう何回も観てきているはずなのに、やけに現実にまで侵食してくる。
あの黒い軍勢が攻め寄せる時の不安感、恐怖
あの夢を思い出すだけで、夢の中同様に額や背に冷や汗が滲むのだ。
私は聖属性ではなく、予知の力も当然無い
(後で、巫女様に予知がどんな感覚なのか聞いてみようかな⋯)
薪をくべ終わった釜戸の前から、ぐっと立ち上がり
私は一度家の外に出る。
一般人には火を点けるというのは難しいことで、村にはどんな人でもすぐ火を扱える様、とある設備がある為だ。
造りは井戸を横向きにした様な、石窯⋯といえば分かりやすいだろうか
火属性を扱える村人が何人かで管理しており、中には火を出す魔法陣が刻まれ、耐えず火を出し続けている。
それは炊事に使用することが殆どだが、夜になれば明かりとしても活躍しているので、村人にはとても重宝されている。
特にこの寒い時期だと、村人が石窯の前に集まって、暖まりながら話す姿もよく見られる。
『よっ、と⋯』
この石窯は村に三つもある為、私は家から一番近い石窯に向かい、木の棒を突っ込んで火が移ったことを確認すると
引き抜いて、家の釜戸に点火した。
あとは、大きな葉っぱを数枚重ね、麻紐で縫って作った団扇で扇げば、火は轟々と勢いを増していく。
今から作るのは、クラース鍋だ。
裏手の水瓶から鍋いっぱいに水を入れて、火にかけ
ふつふつと、気泡が鍋底から現れる頃
森の恵みをふんだんに詰め込んで、香辛料と共に煮込む。
クラース族にとっての伝統料理であり、主食でもあるが、今晩は年に一度の謝肉祭
食材は貴重さなど関係なく、惜しみなく使い
今宵はきっと、夜が明けるまで賑わうことだろう。
『⋯ふふ、楽しみだなぁ
兄様達、早く帰ってこないかな⋯』
そう準備していると、太陽ももう西の空に傾き始め
青かった空は、すっかり黄昏色
ただいつもより赤くて、なんだか血の色の様に不気味だった。
____ザッ⋯、ザッ⋯、ザッ⋯
アウラ島唯一の港から、一糸乱れぬ規則正しい行軍の足音が
真っ直ぐ、クラース村に向かっていることも知らずに。




