炉端焼き
もごもごするリルントさんの言葉を聞き取ろうと
そっと耳を傾けると、その裾を誰かが掴んだ。
誰?と尋ねる前に、掴まれた裾を引っ張られて
小さな影に誘導される。
『アモルさん⋯?』
私がそう言うと、顔だけ私の方を振り向いた。
この辺りでは見かけない、珍しい灰色の髪に
深い海を閉じ込めたような、暗い蒼色の瞳
私より身長が低く、幼いその顔付きは
古代王国の国軍の、更には副団長にはとても見えなかった。
然し、放つオーラが異質で
その容姿には騙されるなと、
只者では無いと、私の本能が悟った。
目が合ったのはほんの一瞬で、すぐ顔を前に戻して
私の裾を引っ張り続ける。
無口なのだろうか、特に言葉は発さずとにかく連れられ
辿り着いたのは、船内の調理場だった。
『あ、ありがとうございます』
「⋯⋯」
私がそう言うと、アモルさんは床下の小さい蓋を開いた。
中には水色の魔法陣と、幾つかの食材が入っており
ふわりと冷気を感じた。
水色の魔法陣、そしてこの冷気⋯
リベラル軍には、水魔法を極め
氷の属性まで扱える人がいるみたい。
アモルさんは中を漁り、何やら柔らかい紙に包まれた物を取り出した
そして、私に押し付ける様に渡す。
『こ、これは?』
そう聞きながらも、包装を開いて見ると
乳白色の塊が中には入っていた。
この色と、固さ
鼻を近付け、匂いを嗅ぐと若干の甘さに寄った独特な香りがする。
『もしかして、牛酪⋯?』
「⋯バター
あとこれも、混ぜて」
アモルさんはまるで鈴の様な声でそう言って、調理場の小さな踏み台に腰掛けた。
これを使って、という意味なのだろうか⋯
それにしても、どう見ても牛酪だよね
パトリア大陸では、“ばたぁ”っていうのかな
私達の村でも、飼養していた山羊のお乳から作った事があるけれど
保存は難しく、量も作れないので
ちょっとした贅沢な調味料として扱われていた。
お菓子作りに使う事が殆どだったけれど
他の用途もあったのかと、勉強になる。
そしてもう一つ渡されたもの
竹の入れ物に入った、液体のようなもので
蓋を開けて匂いを嗅ぐと、香ばしさと
少し食欲を掻き立てるような、今まで嗅いだことのない匂いがした。
「お、ここが調理場か」
程なくして、兄様とタイズさんが入ってくる。
こじんまりとした、最低限の設備である調理場は
二人の男性が入ると、手狭に感じるほどの広さで
普段からも丁寧に使われているのだろう、物は整頓されており、小綺麗だった。
「じゃあメノン、これ置いておくぞ」
兄様はどかっ、とクラーケンの足を置き
ふう、と肩を回した。
「結構な量だな⋯
何か手伝うことはあるか?」
『うーん、まだどこに何があるかまでは分からないんですけど⋯
とりあえずどんどん調理していこうと思うので
タイズさんは出来上がったものから、皆さんに配っていただいても良いですか?』
「了解した」
「メノン!兄ちゃんは?」
『兄様は、洗い物をお願いします』
「おう、任せとけ!」
それぞれでやる事を決めて、振り分ける
炭が入った四角い石造りの設備があるので、焼き物にはちょうど良い、と炉端焼きを思い付く。
炭に火種を入れ、筒で息を吹き込み、火が灯ってパチパチと音を鳴らす頃
団扇で仰いで、入念に火を起こす。
そして、炭が赤く光り
強い熱を放つ頃、上に網を敷いて
タイズさんに切ってもらったクラーケンの足を
串に刺して、網に並べた。
「これは、牛酪か?
それと、その黒い液体は何だ?
食べれるものなのか?」
後ろから覗いてくる兄様
私がお椀に、アモルさんから受け取った液体と、牛酪を混ぜ入れているのを見て
不思議そうな顔をする。
私も、竹筒から出てきたものが茶色いみを帯びた、黒い液体だった時は
ちょっとびっくりしたが、アモルさんがいる手前
引き顔になってしまうのだけはどうにか抑える。
『見たことない調味料だけれど
匂いが美味しそうなの』
「すんすん⋯
確かに、嫌いじゃないな」
黒い液体に、何とか牛酪を混ぜて
刷毛で、クラーケンの足に塗ると
ジュゥウ、と良い音を立てて
ふわり、と甘香ばしい匂いで部屋が満ちた。
「うわ、美味そ⋯」
その匂いに、お皿を並べていたタイズさんまで寄ってきて
期待を込めた顔をする。
串に刺したクラーケンの足を焼くその隣で、籠に入っていた芋や人参の根菜も
一口の大きさに切ってから、小さな薄い鍋で焼く
こっちは塩と胡椒だけかけて、クラーケンの足と共に、お皿に盛り付けた。
牛酪と混ざった黒い液体調味料は、まるで黄金の様な色味と輝きを放っていて、とても美味しそうだ。
『こちらのお皿から、順番に持っていってくださって大丈夫です』
「分かった」
タイズさんは、今日に何枚もお皿を腕も使って持っていく
私は、後ろで足をパタパタさせながら
何だかワクワクしているように見えるアモルさんにも、出来上がった料理を渡した。
アモルさんは目を輝かせながら、クラーケンの足の串を持ち
パクっと食らいつく。
はふはふと、立つ湯気からまだまだ熱いのが分かるのに
待ってました!と言わんばかりの反応で
思わず笑みが零れた。
アモルさんは、蛸足を食べる事に抵抗はないみたい
付け合せの野菜もぺろり、と食べると
おかわりを要求する様に、お皿を両手で渡してきた。
『は、早い!
待っててくださいね、第二段が焼き終わりますから』
私はアモルさんからお皿を受け取り、また焼き上がったものからお皿へと盛り付けていく。
『そ、それにしてもアモルさん
この黒い液体って何なのですか?』
「⋯せうゆ」
『せ、せうゆ?』
「東国の調味料
交易品でしか手に入らない」
“せうゆ”⋯初めて聞く名前だった。
「⋯海で捕れるやつは、バターとせうゆで焼いたのが好き」
アモルさんはそう言うと、またさっきまで座っていた踏み台に腰掛けて
まだかまだかと、足をパタパタさせた。
(仕草も本当に子どもみたいだ⋯)
そう思いながら、芋の皮を剥き、一口大に切っていく
最初は無口かと思って、ちょっとどうしたら良いか分からなかったけれど
話せば返してくれるし、何だか空気が和む。
懐かしさすら覚えるその雰囲気に、ちょっと癒されている自分がいた。
____バンッ!
「美味そうな匂いがするー!!!」
『ふぁっ!?』
急に強く開かれるドア
驚きすぎて、持っていた箸をぽろっと落としてしまう。
『え、あ⋯
スフェン!?』
箸を拾い上げながら、扉の方を見ると
立っていたのは満面の笑みのスフェン
どうやら食事の匂いにつられて、起きたみたいだ。
「こらスフェン!静かに入ってこいよ
びっくりするだろう!」
兄様がスフェンの頭に拳骨するが
そんなダメージもお構いなしに私に飛び付いた。
『わっ、ちょっと、危ないってば!』
「メノン、あたしの分は!?
お腹ぺこぺこで!」
『もうそろそろだから、少し待っててよぅ』
スフェンの額を押しながら、何とか引き剥がすと
落ち着きなく、私の周りをうろうろと歩き回る。
その奇行に、集中力が途切れそうになるのをなんとか抑えながら、ちょっと山盛り気味に盛り付けて渡す。
「いただきます!!!」
スフェンは私から、奪う様に料理を受け取ると
アモルさんにも負けぬ勢いで食べ始め
「なんだこの味付け
美味いな!!!」
と、これまた大きな声で喜ぶのだった。
・
・
・
「お〜い、なんとか全員に配ったぞ⋯」
調理を始めて、一時間と半分は経っただろうか⋯
ちょっと疲れ気味なタイズさんが休憩〜と
椅子にどかっと座った。
タイズさんの役割が終わる頃、逆に兄様は大忙しで
先に配った人のお皿を回収して、ただ今洗い物に専念中
因みにスフェンは、働かざる者食うべからず⋯と兄様の指示で
お皿回収の役割を担い、どんどん流しにお皿を運んで来ては、兄様に渡していくのだった。
私は手を洗って布巾で軽く拭き
タイズさんに料理を渡した。
『お手伝い、ありがとうございます
では、私達も食べましょう』
そして、タイズさんの向かい側に座り
自分の分の料理も置いた。
『いただきます!』
スフェン曰く、お皿を回収しに行った時
リベラル軍から、美味しかったと大層好評だった事を聞いたので
少し期待しながら、クラーケンの足を一口⋯
『⋯!
お、美味しい!
確かに、ちょっと甘みがあるような
そしてこの香ばしさと旨み⋯
元々クラーケンは海にいたから、ほんのり塩っ気がありましたし
美味しいですね!』
「そうだな! 初めての味だがこれは美味い!」
匂いや、アモルさんとスフェンの反応からして
美味しいんだろうと思ってはいたが
正直期待以上の美味しさだった。
後ろではアモルさんが、既におかわりの10皿目を食べ終わっており
満足、とお腹をさすっていた。




