食べたくない
鳴き声とは違う、叫び声の様な音が海の底から聞こえて、船内の壁をキシキシと鳴らした。
船内と外を行き来していたリベラル軍の兵士さんに話を聞くと
クラーケンという海の魔物が出現したのだそう。
先程の大きな衝撃と揺れに続き、きっと船上では戦いが繰り広げられているのだろう。
____ドンッ⋯⋯!
また小さな衝撃音や、荒々しい人の声が飛び交っている。
私は廊下で、この音や振動でも起きず
爆睡しているスフェンの隣に座り、闘いの終わりを静かに待っていた。
(クラーケンって、初めて聞くけれど
どんな魔物なんだろう⋯)
海の上という、クラース族にとっては慣れぬ環境と
見たことも無い生物への恐怖心
村の人は肩を抱き、身を寄せあいながら
ただただ収まるのを待つ。
『⋯スフェン』
起こした方が良いのだろうか
でも今日一日、先頭を警備しながら歩いていたし
何だか気が引ける。
スフェンは警戒しなければいけない場所なら、少しの物音でも起きるが
逆に休みと、休む場所をきちんと与えると、しっかり熟睡する上
起こすと機嫌が悪くなる。
今は状況が状況だけれど⋯
そんな二つの理由があって、起こす気にはなれなかった。
(⋯大丈夫
兄様とタイズさん、それにリルントさんと
副団長のアモルさんもいるものね)
そう思いながら壁に寄りかかり、膝を抱えていると
半刻も経たぬ内に、甲板へと出られる扉が開く。
「メノン!
メノンはいるか?」
『兄様?』
兄様の声に、私は立ち上がると
こっちへ歩いて来る兄様が見えた。
「皆も無事な様だな、良かった」
「アゲット、今の音は何だったんだい?」
「クラーケンという、巨大な蛸に似た魔物の襲撃に遭ったが
先程撃退したから大丈夫だ」
兄様に駆け寄る一人のクラース族の老婦
兄様のその言葉で、船内は安堵に包まれた。
「それで、その撃退したクラーケンの足を手に入れたんだ
それをメノンに調理して貰おうと思ったんだが⋯」
『え! いくら蛸に似ていても
食べれそうなものなの?』
「蛸に比べると、毒々しく見えるが
活きが良くて美味そうだった!
前に猪に似た魔物が出た時、そいつも美味かったじゃないか」
『確かにそうなんだけど⋯』
私が悩む姿を見て、兄様はいいからいいからと
私の腕をグイグイ引っ張る。
「まあまずは獲物を見てくれ
もう外は安全だし、出ても大丈夫だぞ」
『え、ちょっと
兄様⋯!』
・
・
・
船上に出ると、真っ先にタイズさんと目が合った。
奥にはリルントさんと、あの人が副団長のアモルさん⋯だろうか
ちゃんと姿を見たのは初めてで自信はないが
その二人もいた。
『撃退お疲れ様です
それで、その
私に調理して欲しいクラーケンの足って⋯?』
私の問い掛けに、リルントさんはスッと目を逸らした。
タイズさんも、何だか居心地の悪そうな表情だ。
『⋯?』
「アゲット、クラーケンの足がまだ生きていたのは覚えているだろう
実はその足が激しく暴れだしてな
俺達も全力で捕まえようとしたんだが⋯
海の中に逃げてしまったんだ。」
「なに!
足だけになってもそんなに素早く動き回るのか!」
『待って、その足動くの?』
どこから突っ込めば良いのか⋯
ちょっと想像もつかない状況に、私は一人でに走り出す蛸の足をなんとか思い浮かべてみる。
リルントさん達が、走る蛸の足と鬼ごっこしたということ?
「それは残ね____
ん!?」
兄様は急に振り向き、船の後方を見る。
階段があり、甲板より高い造りになっている場所を見上げ
じっと見つめた。
「生き物の気配だ!」
そう言いながら、走って行く兄様
すると、何故か慌てるリルントさん
「お、おいっ
待てアゲット!」
リルントさんも、そのまま兄様を追い掛ける様に走って行ってしまった。
一体、何があったんだろう⋯
「俺達には分からないが、リベラル軍には
蛸を食べる習慣が無いらしい
だから抵抗があるんだと、さっき兵士と話した時に聞いたんだ」
『なるほど、そういうことだったんですね
あんなに美味しいのに⋯』
タイズさんは腕を組んで、船の柱にもたれ
仕方ないよな、と笑いながら言う。
確かに、見た目から食べたことない人は、抵抗感を覚えるかも知れない。
『だからこそ、美味しく調理して
振る舞いたいですけどね』
「ははっ、やっぱメノンはアゲットの妹だな〜」
「おーい! 足いたぞ!
なんか樽に押し込められていたんだが捕まえた!」
その声に、兄様の方を向くと
衝撃的なサイズの蛸の足を抱えて持ってきた。
縄で十本ほど纏めてあり、兄様の腕じゃ回りきらない程の太さと
お顔も見えなくなるくらいの大きさ
そして、確かにその足は
まだ微かに動いていた。
『す、凄い⋯!』
そんな兄様の後ろから、腰に手を当てて
ばつが悪そうな顔をしたリルントさんが、観念した様に歩いてきた。
「⋯メノン
女には衝撃的な光景だろう
無理して、調理などしなくても⋯」
『いいえ!
俄然腕が鳴ります
調理出来る場所はこの船にあるのですか?』
「⋯⋯」
リルントさんは私にも驚いた顔をして
眉間を指で抑えた。
「⋯調理場は⋯」
小さな声でごもごもと何かを言っている
けど、上手く聞き取れない。
『あ、あの
リルントさん、上手く聞こえな⋯
わっ!』




