海の魔物
「妹に会いたい⋯」
「それもう何回目だよ⋯」
出港した時には、まだ空は橙色で
東に向かって、空色から紺色へと
綺麗なグラデーションになっていたが⋯
もうすっかり日が暮れ、アーク港も見えなくなり
完全な大海原の上にいた。
「妹の顔が見たい⋯」
「はいはい」
さすがは海の上、陸地に比べると随分と風が強く
肌寒さを感じる。
リベラル軍と戦士団で、それぞれ交代ごうたいで
見張りを立ててはいるが⋯
こんな何も無い大海原で、何かの襲撃を受ける事などあるのだろうか?
「はあ⋯気持ち悪い」
「はいは⋯
え?」
「陸の上じゃないこの不安定さ
心底落ち着かん⋯
おえ⋯」
「船酔いか!
そういえば湖に小船を浮かべた時も酔っていたな!」
タイズは、火を起こしたいのかと思うくらいの勢いで
俺の背中を擦る。
「うわっ、あっつ!
そんな荒治療じゃ、治るものも治らんわ!」
俺はタイズは払い除けて、柵に寄り掛かり
夜空を見上げながら、最愛の妹の顔を思い浮かべた。
「メノンに会えば、治るんだが⋯」
『わ、私がどうかしたの?』
「え⋯」
そ、その声は我が最愛の妹、メノン!?
「うおー!メノンー!
兄ちゃんは会いたかった!
港襲撃から姿は見れても、全然話せなくて⋯」
きゅるん⋯とした、鮮やかで輝いている
まるで翡翠をはめた様な瞳が、俺を不思議そうに見つめる。
サラサラとした髪は、花の様な良い匂いがするし
何だか重かった身体も、気持ち悪かった気分も
全て嘘みたいになくなってしまった。
『に、兄様
苦しい⋯』
「あ、すまん、身体が勝手に!」
そして、自身でも気付かぬ内に
腕の中に閉じ込めてしまっていた様だ。
「やれやれ⋯
兄バカっぷりは相変わらずだな」
タイズはそう言いながら、メノンの頭を撫でる
男で許せるのはこいつくらいで、他の奴は髪すらも触れることは許さない。
「他の奴から聞いたぞ
部屋を綺麗に割り振ってくれたんだろう
実は体調が優れなくて、けれど休みたいと言い出せなかったのに
メノンはすぐ気付いて、布団で休ませてくれたとか
喉が渇いていたら水を持ってきてくれたり
泣き止まない赤子のあやしまで⋯
何かと聞いているぞ」
『え!
そんな大層なことじゃ⋯』
そう言いながらも、少し照れてしまっている妹を見て
急に心拍数が上がる感覚がする。
「あー、妹が尊すぎて
心臓が口から飛び出てしまいそうだ」
『また変なこと言う⋯』
「外は寒いだろう、船内で休むと良い
まだ夜は始まったばかりだ」
『あ、うん⋯
ちょっと体調が優れない人が一人いるの
だから、夜通し様子を見ていようと思って』
「ぐっ!!!」
また何か、目に見えないダメージが俺を襲う
胸を抑えながら、ふらふらする俺をタイズは無視して話を続けた。
「その体調が優れない人ってのは?」
『サフィさんです、村の襲撃の時に
例の黒い兵に斬られた⋯』
「聖職者が治癒を施したと聞いたが」
『傷はもう塞がっているんですけど、何だかずっと
魘されている様に苦しそうで』
「また診てもらう事は出来なさそうなのか」
『はい、聖職者の方も出来ることはしたと
シャロア様はお疲れのご様子で、まだお目通り叶いません』
「そうか⋯それは心配だな
おいアゲット、見張りの交代の時間になったら
俺達もサフィさんを見に行ってみよう」
タイズが俺にそう言うが
俺は、とある気配を察知して海の方を見た。
「お、おい
アゲット?」
『⋯⋯?
何の気配⋯』
____ドンッッッ!
『きゃっ!』
「メノン!」
急に船底から響く様な衝撃に
ふらつくメノンを抱え、周囲を見渡す。
「な、何だ⋯
魔物か!?」
近くにいたリベラル軍が
船の先頭へ向かって走っていくのが見えた。
「⋯メノン、外は危ないから
一度船内に行くんだ
村の皆を頼んだぞ」
『う、うん!
兄様、アゲットさん
お気を付けて⋯!』
メノンは頷き、船内へと向かう
扉が閉まるまで確認すると、俺達もさっきの兵士が走って行った方へと向かった。
「リルント殿!」
船の先端、操作をする為の舵があり
その横にリルント殿の後ろ姿が見える。
「さっきの衝撃は?
こんな海でも襲ってくる魔物がいるのか」
「海の魔物は、陸の魔物に比べると
数が少ない分、とてつもなくでかいんだ」
「で、でかい⋯
それは、家よりでかいのか」
「お前達が暮らしていた家なんて、奴の頭も入らないだろうな」
「なんだと!?
襲われたらひとたまりもないな
それにこんな、海の真上で⋯」
俺がそう言うと、リルント殿は
そっとこちらに振り向いた。
「その魔物はクラーケンと呼ばれている
巨大な軟体生物だ
恐らく、この船くらいはあるだろう
本来、複数ある足を船に巻き付けて
海へと引きずりこむが⋯」
「お、俺達死んだのか⋯」
「こら、最後まで聞け
この船には防御魔法が施されている
船底から、あの帆が付いている柱まで球体状に。
だから奴は、防御魔法ごと引きずり込む為に
足をあの柱まで伸ばしてくるだろう
そこを攻撃すれば良い
何回か攻撃すれば、すぐ諦めて帰っていくさ
ただ、足に捕まらないように。
リベラル軍で、何人か引きずり込まれた者もいる。」
引きずり込まれた者⋯
何の問題も無いと、涼しい顔でそう言うが
内容は恐ろしいものだった。
「お、俺は泳げないぞ⋯」
「安心しろ
まだこんなに大きな防御魔法を扱える様になる前の話だ
奴の足一本、侵入など出来ないさ」
「ということは、防御魔法内にいる限り
こちらからの攻撃も出来ないのではないか」
「我らがリベルム軍の魔道士をなめるなよ
外側からの攻撃を防ぎ、内側からの攻撃は通す防御魔法くらい
既に扱える様になっている。」
「それは、一体誰が⋯」
「リベラル軍の近衛騎士団副団長、アモルだ。」




