船室
兄様達が考案した囮作戦のお陰で
私達はゆっくりと、比較的安全に船に乗ることが出来た。
今まで遠目でしか見た事がないくらいに大きな船に乗り込む
実際に乗ると、想像以上の大きさに驚き
帆が付いている柱を、思わず見上げた。
楽しそうな子ども達の声
こんな時でも落ち着きを崩さなかったお年寄りの方も、さすがにこの規模の船には驚いた様子だった。
それに、いつも感じないこの不安定な感覚
地面に立っている時とは違って、ずっと微かに揺れている事に、水の上にいる事は分かってはいても
違和感があるのだった。
その後、急な雷の音にはとてもビックリしたし
腰を抜かしてしまった人もいたけれど
リルントさん達も無事合流して、リベラル軍の兵士さんに
船室を案内して貰うことに。
案内をするように、とリルントさんに指名されたのは、
あの天幕で一緒に食器を片付けた兵士さんだった。
一つ一つの部屋から、海が見えるようになっていた。
これは硝子というのだっけ、風や水が侵入しないのに
透明で向こう側が見えるという優れものだ。
そんな丸い窓と、二段になったベッドが
一つの部屋に二台用意されている。
確かに船室の数よりも、私達の人数の方が多い
なるべく、身体が弱い者を優先的に使わせてあげる必要があるみたい。
『あの、兵士さん』
「あ、自分はラルドといいます」
『ではラルドさん
一つお願いが⋯』
「そこの兵士、一番綺麗な部屋はどこですか?」
私が声を掛けるのと同時に、一人の聖職者がラルドさんに声を掛ける。
ラルドさんは、廊下の一番奥⋯
他とは扉の造りが違う、一つの部屋を指差した。
「あちらです
リルント団長のお部屋ですが、他のお部屋同様
解放していますよ」
「ありがとうございます
ではあのお部屋へ行きましょう、シャロア様」
「ええ」
三人の聖職者に連れられて、 シャロア様は
先に部屋へと入り、扉がそっと閉められた。
「え、あの⋯」
ラルドさんは何やら困った顔で、その部屋を見て
申し訳なさそうに、私の顔も見た。
『ん?
あ、すみません
話が途中でしたよね、一人重症の女性がいるんです
先に休ませてあげたいのですが⋯』
「そしたら、この部屋でしたら東向きなので
朝日も綺麗に差しますし、厨房にも近いので
看病がしやすいのでは?」
『なるほど⋯
そうですね、ありがとうございます!』
私はラルドさんに頭を下げて、サフィさんをずっと介抱しながら歩いてくれた
サフィさんの旦那さんで戦士団の一人でもあるルビさんと、サフィさんの友人であるイアさんを部屋に招く
『この部屋を優先的に使わせて貰いましょう
ずっと介抱されていましたし、明日パトリア大陸に到着するまで使ってください』
「ああ、ありがとうメノン!」
「サフィも、聖職者の人に治癒魔法を施して貰ったのに
ずっと苦しそうだったの
横に出来る場所があって、本当に良かったわ」
イアさんはそう言って、サフィさんの汗を手拭いでそっと拭いた。
確かに何だか、ちょっと様子がおかしいみたい。
『そうですね、後でシャロア様にも診ていただきましょう
私は他の方の部屋の相談もしてきます
また後で来ますね!』
そう言って、部屋を後にした。
それからは高齢者の方や、子どもがいる方を優先的に部屋に
体力に自信があると申し出てくれた女性や、戦士団を引退したばかりの人は
一先ず廊下に毛布を広げ、休息を取る事になった。
あとは身内や仲の良い人と、上手くサイクルを回してくれるだろう。
(問題は、サフィさん)
どうしてあんなに苦しそうなままなのだろうか
私は皆が休息の時間に入れたことを確認して
一番奥の部屋の戸を叩こうとすると、その手を誰かが掴む。
「すみません、メノン様
シャロア様はひどくお疲れですので
また後にしていただけませんか?」
そう言うのは、聖職者の一人であるチャイさん
一番シャロア様に献身的に接している、私より歳はまだ若い男性だ
『チャイさん⋯
分かりました、ではシャロア様にお伝えいただけますか?
サフィさんが少し容態がおかしいんです
あと、今動ける他の聖職者の方は⋯』
「サフィさんの状態は、私達でも分かりません。
傷はもう殆ど塞がっていますが
まるで夢見が悪そうな、そんな表情のまま意識に回復はありません。」
『え⋯
そうなのですね⋯』
チャイさんは少し申し訳なさそうに目を伏せて
私に小さく頭を下げた。
そしてシャロア様がいる部屋の隣の部屋へと入って行くのだった。
『聖職者の人でも治せないものが、あるんだ⋯』
「め、メノン様
今の聖職者の人、この部屋に入りました?」
『わ、ラルドさん!』
閉まった部屋の前で、肩が落ちる気持ちでいると
私の後ろから慌て顔のラルドさんが現れる。
『は、はい
この部屋って何の部屋なんですか?』
「これはアモル副団長のお部屋ですよ
リルント団長の部屋一つ、聖職者の方々が使うかと思ったら
巫女様が一人で団長のお部屋をお使いになって、他の聖職者の方は副団長のお部屋⋯」
『そ、それがどうしたのですか』
「このお部屋はですね、リルント団長が
メノン様と、アゲット様に手配されたんですよ」
『え、リルントさんが?』
えっと⋯それは一体何故?
『わ、私は元気ですから
部屋なんて大丈夫ですよ!』
「何を仰ってるんですか
それに団長の部屋は広いんです
部屋も使えず、今廊下にいる他の皆さんも
まとめてお使いいただけるくらいですよ」
『そ、そんなに広いんですね⋯
十人は使えてしまう部屋を、私と兄様二人で使うのは勿体ないのでは⋯』
「それを巫女様一人で、今使われているのですよ」
『それが何か問題なのですか?』
ラルドさんが慌てる理由はあまりよく分からないけれど
何か間違ったことなどあるのだろうか?
「クラース族の価値観は
我々リベラル兵とは異なるんだな」
「だ、団長!
申し訳ありません、お部屋の手配に間違いが⋯」
「良い、気にするな
何となくこうなる気はしていた
ラルド、次の仕事だ
他の兵士にも配って来い。」
急に現れたリルントさんは
何かが入った袋を、ラルドさんに渡した。
ラルドさんは、それを重そうに受け取ると
私とリルントさんに、何回も頭を下げながら甲板の方へと向かって行くのだった。
『あ⋯
リルントさん、いろいろと手厚くありがとうございます
では、私もちょっと急ぎ向かいたい方がいますので』
私もそう言って、リルントさんに頭を下げ
サフィさんの元へと向かおうとする。
「⋯本来、こういうことはあってはならない」
『え⋯?』
リルントさんに背中を向けると、リルントさんは小さくそう言った。
『えっと⋯
それはどういう事ですか?』
「その頭飾りは、ただの飾りなのか?」
私は振り向き、リルントさんを見ると
不快そうな顔で、私の頭を指差した。
これは族長の一族である証で、兄様も同じく物を付けている。
父様⋯前族長の話によると、巨人の掘り起こした鉄を
竜の炎で溶かし、妖精が持ってきた魔石を用いて
人間が細工して作った⋯といわれている。
おとぎ話と混ぜ合わせて作ったただのお話
子どもの頃は騙されて、はしゃいでいたけれど⋯
『とても名誉あるものには違いないですが⋯
この頭飾りがどうかしたのですか?』
そう返し、頭飾りに触れながらリルントさんを見ると
リルントさんは、そっと目を閉じて小さく
そしてゆっくりと息を吐くと
「いいや、何でもない
俺も気にしすぎたかも知れない」
そう言って、甲板へと向かって行ったのだった。
『⋯何だったんだろう』




