族長の決断
「クラース族の民よ、よく聞いてくれ」
とうとう決断を下す時が来たのか、兄様は台座に上がって私達の方を向き
全員の顔をしっかりと確認する。
そして、腰に下げていた剣を抜き出すと
台座について、その柄にそっと両手を添える。
「「「「「⋯⋯!」」」」」
この姿勢は、兄様個人ではなく族長として話をする時の合図だった。
皆が揃って唾を飲み込み、不安を零す声も消え、一瞬にして兄様はその場の空気を占領し、主導権を握ったのだった。
「我々クラース族は、日が東に昇る頃
この土地を出て、アーク港へと向かう!
そして、パトリア大陸を目指し
城塞都市リベラルへと拠点を移すことにする!」
⋯空気が揺れる
皆の抑えきれない動揺が、空気を震わせ兄様を襲うが、
兄様は一切動じぬ顔で、言葉を続けた。
「これは一時的に拠点を移動するだけであり
安全を確保出来れば、またここに戻ってくる予定でいる!
きっと今、誰もがクラース族は別の勢力に吸収されてしまうのでは、と不安に思っているだろうが
入国後もクラース族を名乗って生活しても良いとのことだ!
城壁内にある幾つかの居住区
人の住まぬ場所も多く存在するようで
その一角をクラース族に渡してくれるという!
⋯クラース族はその名や形を変えずとも、住まう土地が変わってしまうだけで
その種族の性質が、変わってしまうという考えが強くある
だが俺達は変わらない
どこに住まおうと決して変わらない!
俺も族長として、この決断はクラース族を蔑ろにするものではないかと思ったが
民の命と安全に代わるものなどないと判断した!
だから、これからも俺についてきてほしい!
クラース族の名は明日を意味をする⋯
共に、輝かしい明日を、これからも迎えようではないか!」
兄様をそう言い切って、剣を払って腰に戻した。
「おおーっ! よく言ったぞ我らが族長よ!」
「俺達はついて行くぞーっ!」
わぁあっと歓声が上がり、全員で一つになったかの様だった。
兄様は少しホッとしたような顔で笑うと、また真剣な顔に戻り、私達の方を見た
剣をしまったということは、族長としての話はここで終わり
ここからは、兄様の話ということ
「⋯さて、急かす様で悪いが、出立は朝だ
休む時間も準備をする時間も、そう多く残されてはいない
今から暫し休息の時間とする、何があっても絶対に村からは出ず
屋外で気も休まらないだろうが、家屋は倒壊の恐れがあるから、どこにも入らないでくれ
⋯そして、それでも不安がある者は、後に俺の元へ来てくれ
幾らでも話を聞く」
と言い残し、台座から下りたのだった。
兄様の言葉を合図に、戦士団は今は休息をとる者
出立の準備を整える者と分かれて動き始めた。
もうその決断を止められない、状況は変えられないと判断し、渋々従う者も中にはいるだろうが
皆振り切った顔で、襲撃後一の良い顔になっていた。
他の村人達もそれぞれ、自身の家付近で無事な道具や食料は残っていないか確認する為に歩き始める
台座周辺に集まっていた村人は散り、何人か呆然と動けない者を残していく。
『⋯兄様』
私は兄様の元へと向かう
隣にはシャロア様とリルント様もいて、少し話しかけにくかったが
私の声に、兄様は笑顔で振り向いた。
「ふふ、どうだ〜?妹よ
兄ちゃん、かっこ良かっただろ」
『⋯うん、この世界で誰よりも』
そう言うと更ににこにこと笑い
私の頭をそっと撫でた。
「メノンは絶対に兄ちゃんが守ってやるからな
不安に思うことは無い!」
『私は大丈夫!
兄様はそう判断すると思っていましたし
戦士団が戻ってきた今、もう怖いものなどないので』
ほんの少しだけ強がってそう言ってみる。
兄様が十つ、私が五つの時に両親は亡くなり
兄様はまだまだ幼い歳の時から、族長となったのだ。
そんな兄様に心配はかけたくないし、不安は少しでも取り除きたい⋯
⋯そんな立派な兄様に大して私は⋯
今回の決断の時も、シャロア様には相談して
私には相談も何も無かった。
私だって、長の血が流れているし、長の一族であるのにこんなに無力で良いのだろうか。
そんな私の劣等感を察知したのだろうか
シャロア様が、リルントさんと兄様に軽く会釈をし
私の方へ向かって歩いて来る
その去り際に目が合い、シャロア様はにこっと笑いかけた。
「⋯メノン、どうかしたか?」
『えっ、あ⋯いや』
見とれていたわけではないけど、無意識にシャロア様を目で追ってしまっていた様で
そんな私の姿を見て、兄様は不思議に思ったらしい
『⋯なんでもないよ』
そう返して、自身の髪飾りを指先で弄りながら
シャロア様が去って行く方面を見ていると、兄様はまた私の頭にぽん、と手を置く。
「俺も皆の準備を手伝わねば
メノンはここで休んでいてくれ」
そう言って、台座の横に毛布を敷いて
私に布に包んだ何かを渡す。
『あ、温かい⋯』
「懐かしいだろ?兄ちゃん手作り懐炉だ
さっきそこの篝火に入れておいたんだ。
焼いた時間は短いから、冷めるのも早いかもしれないが⋯
何も無いよりはずっとマシだろう」
ホカホカと熱を放つのは、丸い石を焼いて作った懐炉
私が弱った時や、風邪をひいた時なんて毎度の様に、兄様が用意していてくれたものだ。
もう自分でも作れるようになって、寧ろ私が自身と兄様の分を用意することの方が多くなっていたので
兄様が用意してくれたのは、本当に久し振りのことだった。
『ありがとう、兄様
兄様も少しでも休める時は休んでね』
「ああ、大丈夫だ
⋯それよりも妹をこんな場所に一人で寝かせるのは危険だ!」
こんな、って⋯
幾ら屋外とはいえ、村の中であり
ここには村人しかいないのだから、そんな心配することでも⋯
『はっ』
そうだ、今は王国騎士のリルントさんがいるから
いやでも危ない人ではなさそうだし、警戒する程のことでも無いと思うんだけど⋯
そう思いながらリルントさんの方を見ると、ずっと私達を見ていたようで、その紫色の瞳とパチッと目が合ってしまった。
「凄まじい溺愛っぷりなんだな、お前の兄は」
『親代わりに私を育ててくれていたので⋯』
「ふむ⋯
お前の名前は?」
『あ!申し遅れてすみません
私はメノンと申します。
⋯えっと、リルント様とお呼びしても⋯?』
「敬称は要らないさ
おい、アゲットとやら」
「ん?なんだ」
「妹を一人で寝かせるのが不安なら、俺が傍で護衛していてやる」
「何ぃ!?」
(⋯俺?)
リルントさんも、シャロア様みたいに立場に則って話をする時と
個々で話をする時とでは、話し方が変わる人なのね⋯
『い、いやリルントさん!
私は大丈夫ですから⋯』
「こんな獣を妹の隣に置いておけるか!」
『ち、ちょっと兄様!
なんて事言うの!』
「スフェン!
スフェンはいないか!」
兄様がそう声を上げると、それに気付いたスフェンが
凄い勢いで走ってきた。
「どうしたアゲット!
呼んだか?」
「妹の護衛を頼んでも良いか?
俺は少しこの場を離れるからな」
「それはもちろん、構わないけど⋯」
「ついでに休息を取ると良い
体力バカなのは分かっているが、今日一番動き回っているのは確実にスフェンだ」
「そうか?別に疲れてはいないけど、
アゲットがそう言うなら!」
スフェンはにこにこと、私の隣に来て
リルントさんの存在に気付いた。
「立派な鎧だなあ〜
あたしはスフェン!
いずれクラース族で一番強い戦士になる女だ!」
「あ、ああ⋯
俺は王国騎士、リルントだ」
「よし、お前も一緒に休んでいくと良いぞ!」
そう言ってスフェンは、毛布の上にどかっと座り
胡座をかいて、にこにこと笑った。
「こ、こら!
それはメノンの毛布だ!」
「な、なんだあ?
大きいから良いじゃないか!」
「それにこの男は獣だ、メノンには近付けさせないさ!」
「ほう、獣なのかお前!」
「⋯⋯」
リルントさんは、騒がしい兄様とスフェンを交互に見て
どよん、と疲れた顔をした。
「いや、俺は良い⋯
それよりアゲット、出立した後の流れを再確認したい
こっちに来るんだ」
「え?
あ、ああ⋯」
リルントさんは早くこの場から離れたい、と言わんばかりに兄様を急かして
兄様を、連れて行ってしまった。
『ごめんね、スフェン
私は大丈夫なのに⋯』
「アゲットの妹大好きは今に始まったことじゃないさ!
それにあたしもメノンが心配だったんだぞ
他の村人が避難していく中、子ども達の無事を確かめる為に村に残ったんだろ!
メノンはあたしの次に強い、クラースの女戦士だ!」
スフェンはそう言って、私が横になるよう、グイグイと腕を引っ張る
私はそんなスフェンの隣で横になって、仰向けになった。
子ども達とサフィが心配で⋯
それは確かに事実なのだが、私は何一つ守ることは出来なかった。
そんな無力さに涙が零れそうで、腕で目を隠すように覆う。
(私も小さい時から、戦士団に入って
戦いの術を学んでいたら、もっと皆を守れたのかな⋯)
そして、そのまま寝付いてしまうのに
そう時間はかからなかった____。




