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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

命の冒険

作者: ショウキン


 俺の名前はマサキ。


 特に夢も特技もない三十一歳のつまらない男だ。


 ただひたすらに下を向き、力なく海に隣接する砂の上を歩いている。


 すべてのはじまりは二か月前の土曜日。


 この日は午後から休みだったので、勤め先である板金工場の先輩と夜まで酒を飲んでいた。


 帰りは運転代行サービスをたのむつもりだったが、つい飲み過ぎてしまい、歩いて帰る羽目に。


 しかし、先輩は少しくらいなら大丈夫だとごね、脅されるような形で俺が運転させられた。


 それほど長い距離を走る必要はなかったのだが、十五分くらい走ったところで、急に暗がりから出てきた少女に気づくのが遅れ、事故を起こしてしまった。


 すぐに救急車をよんだものの、その後は先輩に急かされる形で現場から離れてしまった。


 その時は頭がパニック状態で、気づいた時はうっすら夜が明ける頃、山奥に車を停めていた。


 先輩の姿はすでになかったが、その少し前に人影が車から離れていくのを何となく覚えてる。


 この後、どうしていいか分からず、数日間を車の中ですごした後、仲の良かった職場の友人に連絡をとり、状況を把握できた。


 二日前、職場に現れた先輩は「俺は止めたのに、あのバカは強引に飲酒運転し、ひき逃げした」と言いふらし、社長も俺を絶対に許さないとカンカンだった。


 そして、被害者の少女は両足に重傷を負い、目前だったバスケ部の全国大会出場を絶たれていた。


 俺のせいで一人の善良な人の夢を奪ってしまった。


 今更、先輩が強要したなんて言い訳しても、被害者の怒りを煽るものでしかない。


 悪い誘いを拒否できなかった罪は罪なのだ。


 正直、俺にはこの重すぎる罪を背負いきれそうにない。


 もはや、できるのは自分の命による償い。


 しばらく考えた末、できるだけ誰にも迷惑をかけないよう、飛び降りや車の前に飛び出すといった死体が残る方法は避け、海へと身投げした。


 しかし、結局は死にきれずに離れ小島のようなところに流れ着き、今にいたっている。


 もし、ここが無人島だというのなら、何もしないというのもアリだ。

挿絵(By みてみん)

 と思ったのも束の間、島の中央から人の声が聞こえてきた。


 そして、続くように爆音や金属音のようなものまで複数回聞こえ始めた。


 どうやら、近くで戦闘が行われているようだ。


 しかし、こんな状況だからか、自然な感じで島の中央へと草木をかき分け進んでいった。

 

 先で待っていたのは、傷だらけで倒れている大勢の人と真っ二つになった木や武器の残骸。


 正直、唖然としてしまった。


 テレビで見たりなどはあるものの、直接見るのははじめての光景。


 自殺しようとしている人間が言うのも何だが、足の震えが止まらなかった。


「お、俺はどうすればいい。わっ!」


 気づくと、幼い少年が俺の足に飛びついていた。


 それを狙うように大柄な男が矢を連射しはじめた。


 ここはとりあえず少年を守るしかないようだ。


 俺は近くに落ちていた槍を拾った後、すばやく振り回して男を威嚇した後、少年を背負って走り出した。


 といっても、どこが安全かなんてわかりはしない。


 右では矢が飛び交ってるし、左ではところどころで爆発が発生し、だれが敵で味方なのかも不明だ。


「このままじゃ俺のせいでこの子が、ん?」


 俺は近くの草むらからこちらに手招きしている少女の姿に気づいた。


 すぐに近づいて、その後は草をかき分けながら進み、小さな洞窟にたどり着いた。


 中では二十人ほどの人が忙しく動いており、さっきの少女は手前の方で武器を磨いていた。


「さて、これで少しはマシになるかな」


「あ、あの、さっきはありがとう。助かったよ」


「あなたが背負っているその子は私の仲間。助けるのは当然よ」


 少女は名をヒナといって、この島の生まれだが、前に日本から流れてきた者たちと長く接しているうちに日本語を覚えたのだと続けた。


 その流れで話を聞いているうちにこの島の状況が分かってきた。


 この島は昔からいくつかの集落があり、縄張りや食料、その他の資源をめぐって争いが続いているのだそうだ。


 何かあれば敵を消して物事を解決する。


 ここに生まれた以上、自分の意思に関係なく、争いは避けられないのだとか。


 話し合いなどという選択肢は基本なく、あったとしても、だまし討ちの可能性がほぼある。


 そんな状態だからか、人が死なない日なんてありえない。


 今この洞窟にいる人たちも村を焼かれ、対立する集落の者たちから逃げ隠れしているが戦闘慣れしていない老人や子供がほとんどで、武器は手製のものばかりで満足な食料はなく、病気なんてしたらほぼ助からないギリギリの状態。


 ここ数日だけで病死が二人、事故死が二人、戦死が五人、食料を探しに行ったっきり帰らない者が六人。


 もう数時間後に生きていられる保証なんてないといえる。


 今も洞窟の片隅ではがりがりに痩せた老人が涙を浮かべながら今にも息絶えそうになっている。


 そのとなりでは足を負傷した子供が血が止まらずに大泣きしている。


 俺は思わず目を背け、うずくまってしまった。


 悲しみとか怒りとか、いろいろなものが頭をめぐり、パニックになっていたのだ。


 普通だったら、自殺なんて馬鹿な真似をしようとした自分を恥じて思いとどまるだろう。


 だが、俺は生きているのが嫌だから死にたいわけじゃなく、罪を犯したから死ななければいけない。


 どうしていいのか自分でも分からなかったが、ゆっくり考える暇もなく、敵が攻めてきた。


 俺はとっさにさっきの老人と子供の方を向いたが、ヒナに促されて洞窟から脱出した。


「ヒナ、動けない人たちは!」


「かわいそうなのは分かってる。でも、今の戦力であの人たちを守り切れる? 動ける人だけ生き残るか全員死ぬかの二択よ」


「ぐ、うう。う、うわああああ!」


 俺が全力で走り出すのと同時に複数の悲鳴が響き渡った。


 そして、続くように怒号が鳴り響き、しずかだった一帯は火の海と化していった。






「はぁ、俺はどうすればいい」


 洞窟での一件から数日後、俺はヒナたちと共に島の中を移動していた。


 続く戦闘や野生動物の襲撃で犠牲者は増えていく一方の上、さらに意見の対立がはじまった。


 ヒナのように戦闘を避けて逃げ続ける派とこちらから戦闘を仕掛けて武器や食料を奪う派に分かれ、意見がまとまらなかったため二つのチームに割れ、今に至っている。


 はっきりいって、かなりやばい状況だ。


 みんなフラフラだったが、残りの食料はわずかなため、一番後ろを歩いていた男性が近くの沼の水を飲み、嘔吐した後に死亡した。


 それを悲しむ間もなく、今度は負傷していた少女が突然高熱を出してひどく暴れた後、崖から転落した。


 二手に分かれて半日ほどで残っているのは、俺とヒナ、小柄な白髪の男性、腕を負傷した少年だけになってしまった。


 少年は次は自分だと思っているのか、ブルブル震えていたが、しっかりと武器を握りしめて前を向いており、必死に生きようとしているのが分かった。


「すごいよ。俺みたいな大人でも頭がどうにかなりそうなのに」


「彼はね、いつかでっかい船を作って、平和な国に行って暮らすんだって。その夢が大きな力になっているのね」


「平和な国で暮らすのが夢......か」


 俺は恥ずかしくなってしまった。


 自分の当たり前があの少年の夢だった。


 なのに俺は自分の手でそれを捨てようとしている。


 罰当たりなんてものではなく、少年に土下座して詫びたいくらいだった。


「うう。俺ってやつは」


「マサキ、何をうつむいてるの。ちゃんと前を見なさい。戦いは続いてるんだよ」


「ああ、ごめん」


 俺たちはこ少し進んだ後、前よりもやや広い洞窟にたどり着いた。


 ここまでの流れで考えると、おそらくすぐに追手が来る。


 まずは傷が一番軽い俺が入り口の近くで見張り、敵に備えた。


 ここで少しでも時間稼ぎできれば、態勢を立て直せるかもしれない。


 そう思ったのも束の間、洞窟内から悲鳴が聞こえた。


 その直後、白髪の男性が武器を振り回しながら飛び出し、走り去った。


 俺は戦慄しながら中へ戻り、奥で倒れているヒナと少年を発見した。

 

 少年はすでに息絶えており、ヒナは足に深手を負っていた。


 近くに置いてあったわずかな食料と武器はすべてなくなっており、白髪の男性が二人を襲って奪ったのだとすぐに分かった。


「うそだろ。戦闘の時は味方を庇いながら戦ってた。みんなの傷の手当だって率先してやっていた人じゃないか」


「この島じゃ珍しくもないわ。追い詰められれば人質をとってでも、不正を犯してでも生き残りたいって思うようになるのは」


「うう」


 ただでさえ疲弊した状況にまさかの裏切り。


 俺は戦いが人の心さえ変えてしまう現実に打ちのめされたつつ、ヒナを背負って洞窟を後にした。


 本当は少年をせめて埋めてあげたかったが、今はヒナを優先するしかない。


 とにかく力いっぱい走り続けるしかなかった。


「死ぬな、死ぬな」


「うう。マサキ、もういいから」


「よくない! 絶対に助かるから」


 といったものの、本当は分かっていた。


 武器も食料もないこの状況で敵に追いつかれたら終わりだという事を。


 それでも走り続けたが、ヒナは俺の首を強く掴んで暴れた後、自ら地面へと飛び降りた。


「もう分かってると思うけど、残された道は二つ。二人で死ぬか、あなただけ助かるか。どちらが正しいかは考えるまでもないでしょ」


「分かってるよ。でも、俺はダメなんだ。こんな話したらふざけるなって思うかもしれないけど」


 俺はこの島に来る前に犯した罪と死んで償おうとしていた事を打ち明けた。


 ヒナは意外にも特に怒る様子はなく、静かに話し始めた。


「そう。あなたはあなたなりに罪を償おうとしてたんだね。でも、自分で死ぬのは逃げるのと一緒じゃない?」


「逃げか。そう......かもな」


「昔ね、まだ村で暮らしていたころ、よそから一人の若い男がやつれた姿でやってきた。彼はつまらない言い合いで親友の両親を殺して逃げていたの」


「彼も死に場所を探してたのか?」


「うん。でも、長老は言った。罪と向き合い、親友に生きてできる精一杯の償いをすべきだって。男はその後に村を出て、それっきりだけど、言葉は響いたって信じてる」


「償いを相手に拒まれたら?」


「それでも償い続けるの! 許されるまでずっと! それを精一杯の償いでしょ!」


「う......ん、うん!」


「ここから少し先に進めば砂浜へ着く。必死に泳げば帰れるかもしれない」


「ヒナ、ありがとう」


「あなたは本当は強い人。しっかり生きて。生きられるんだから。フフ、私も平和な国に生まれたかった」


「う、うわああああ!」


 俺は全力で走って、砂浜にたどり着くのとほぼ同時に海に飛び込んだ。


 すでに体力は限界に近かったが、関係ない。


 途中で何度も嘔吐しながら、とにかく先へと泳ぎ続けた。


 しかし、あまりに巨大な海は容赦なく波を起こし続け、成すすべなく流されていった。


 その後は意識が薄らいでいったはずだが、気が付いた時はなぜか事故の後に飛び込んだ少し先の砂浜にいた。


 周りにいた人の話によると、倒れていたところを近くにいたサーファーが助けてくれたそうだ。


 サーファーたちは、流れ着いた後で数日間眠り続けていたんだんだろうと話していたらしい。


 あの島での出来事は、すべて夢だったのだろうか。


 今となってはそれを確かめるのはできないが、ヒナたちとの数日は俺の心に決して消えないものとして残った。


「もう迷う必要なんてないな。みんな聞いてくれますか」


 俺はあの事故の一件と自分の素性をすべて周りの人たちに話した。


 その後は駆け付けた警官たちに連行され、償いの道へと進みだした。





「ひさしぶの外の世界か」


 事故から十年後、俺は刑期を終えて外の世界に戻ってきた。


 ここまでもちろん厳しい刑務所生活だったが、必死に罪を償い続け、被害者からは謝罪の手紙を送ったのちに「今はリハビリも進んで回復してきてる。あまり自分を責めないで」ともったいない許しをもらった。


「彼女の気持ち、そしてヒナの気持ちも無駄にできない。よし、がんばるぞ」


 俺は強く気合を入れ、これからお世話になる工場へと向かった。


 だが、少し進んだ先の路地裏を通りかかったところでいきなり複数の男たちに囲まれ、転倒させられた後、無理やり車に押し込まれた。


 その後、連れていかれたのは人気のない小屋で、中で待っていたのはあの事故の裁判で顔を合わせた被害者の両親と祖父だった。


 周りに制止されながらも俺に怒りをぶつけた場面はしっかりと覚えている。


 俺はすぐに謝罪しようとするも、口を開く間もなく、殴られ、蹴られ、踏みつけられ、、鉄パイプで滅多打ちにされ、逆さ刷りにされてカッターで切られ、ネジを背中に打ち込まれた。


 気を失いそうになると、冷水をかけられ、ひどいニオイのする泥のようなものを口に押し込まれ、得体の知れない液体を足に注入された。

 

 その後は頭がフラフラで意識がはっきりしない状態がけっこう長く続いていたが、後に目の前に広がっていたのは広大な砂漠のような場所だった。


「ここは日本......じゃないよな? そういえば、何かに乗せられているような感じが、ん?」


 俺はポケットに紙がまるめて入れられているのに気付いた。


 紙には赤い字で「復讐は終わった。お前の罪を完全に許す」と書かれていた。


 ここまでの流れと合わせ、状況が飲み込めてきた。


 出所して「さぁ、これからだ」というタイミングで俺を拉致してこの広い砂地に放置する。


 それが被害者家族の復讐だったのだ。


 だが、当然これを恨むわけにはいかない。


 彼らの愛する家族にする必要のない苦しい思いをさせたのは事実なのだから。


「これで許してもらえたのなら、ありがたいじゃないか。う、くぐ」


 俺の体は苛烈な拷問ですでに悲鳴をあげており、特に両足は目をそむけたくなるくらい無惨で、出血だけでなく、大きくひび割れてどす黒く変色していた。


 これでは、仮にここから出られたとしても、両足は使えなくなるだろう。


 だが、あきらめる気はなかった。


 ここであきらめては、事故を起こした後の愚かな自分と何も変わらないからだ。


 俺は両手に全力を込め、砂の上を進んでいった。


 しかし、いくら進んでもわずかな風で戻され、傷はみるみる悪化していき、サソリのような虫が便乗するように張り付いてきた。


 これに加え、どこにたどり着けば脱出できるのか分からない状態。


 絶望とかいろいろなものがのしかかってきて頭がおかしくなりそうだったが、それでもあきらめずに進んだ。


 そこからどれだけの時間が経過したか分からないが、辺りが明るくなった後、見知らぬ女性と少年がこちらへ向かってほほ笑んだ後、霧のように消えていった。


 夢か幻覚かは分からないが、そこからなぜか虚しさと寂しさが襲い、追い打ちをかけるように左手が完全に動かせなくなった。


 残っている右手は見た目だけなら左手以上に傷が深い状態。


 それでも力を振り絞り、前方にある小岩まで進み、もたれかかった。


 それとほぼ同時に右手は動かなくなり、呼吸するのも苦しくなってきた。


 残念だが、俺はこれから世界中の誰にも気づかれないまま一人で死んでいく。


 そんな中思い浮かんだのは、さっき現れた後すぐに消えた女性と少年の存在。


 もしかしたらあの二人は、俺が真っ当な人生を歩んでいれば出会えていた妻子の姿だったかもしれない。


 あんな事故を起こさなければ、これから先の未来を家族とともに生きられた。


挿絵(By みてみん)

 俺は一つの選択が未来を大きく変えてしまった事を深く後悔し、涙を流した。


 だが、死を選ばずにに生きた十年は後悔していない。


 あの十年で精一杯に罪を償い、被害者側から許され、命を使い切る。


 それは自分にとって大きな救いであり、絶望に溢れている心に光が差したのが分かった。


「もう俺は罪人じゃないんだ。一人の人間として俺は、あ、あ」


 俺は空に向かって大きく顔を上げ、ゆっくりと二度と覚めぬ眠りへと入っていった。

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