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タイは無いよね?  作者: 不完全化粧
4章 VS妖怪 わたし
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十一話

「どうした? 珠水。学校にも来ないで。サボりなど、らしくもない」

「行くわけ、ないじゃないですか……」

「それでも珠水なら、学校には生真面目に来るとおれは思っていたんだがな」

「……」

 明晴は声こそ元の美咲のものだが、微妙な声色や仕草は明晴そのものだった。明晴は彼らしい静かな目で腰をひねって座り込んだままの美咲を見つめている。

「その体、使ってみてどうだ? こんな感想、聞く機会はまたとないからな。教えてほしいんだが」

「それは、すごいですよ。天蓋司の血、っていうんですか? おかげで私はなんでもできます。やってないけど確信してわかるんです。本当に、夢の中でも見られないことでもなんでもできちゃうんです」

「それは楽しそうだ。おれも珠水の体、楽しませてもらってるぞ」

「楽しむ……? な、なんですか。なにをしてるんですか?」

 元美咲の顔がニイッと白い歯を見せた。

「日課のため霊能力を使った筋力鍛錬をこの体でもやってるんだが、短期間で面白いぐらいに筋肉がつき始めてな。周囲からも印象が変わったと評判で最高だ」

「やめてくださいよ! 私の体に変な手加えるの!」

 美咲は立ち上がると明晴に迫った。

「いや、このままたどり着けるところまでいってみたい」

「ムキムキになろうとしないで!」

 美咲は捕まえようと手を伸ばして何度も迫るが、明晴はそれをスルスルと後ろに避ける。それでも続けてると明晴が美咲の両の手首を捕まえて止めた。

「フフフ、鏡に見たことのない表情。まるでおれらしさのない。どうだ? 相手らしく振る舞うことを試してみたら。学校で珠水を演じるのは面白いぞ」

「そんなこと言って、どうせ変なこと言ったりしてるんでしょう。やめてくださいよ、私の体で」

「いや、いいんです。全部天蓋司くんの好きにしたらいいんです! ――どうだ?」

「誰が言いますかそんなこと! この、やっぱり違うじゃないですか」

 二人は組んだ手をグネグネと押し合う。しばらくして、その動きも弱々しく収まっていき、やがて明晴はつかんだ手首を離した。美咲がうつむき出して言う。

「それで……天蓋司くん、なにをしに来たんですか?」

「もちろん珠水に会いに」

「体を取り返しに来ましたか」

「もちろん」

「だったら」

 美咲は目を上げた。背の高い美咲はちょっと上げただけで明晴の顔を見下ろせる。

「どうして、まず話しかけてきてくれたんですか?」

 二人は顔を見合わせ、少し経った。そのとき、

「やっぱり来たな」

 と脇から突如別の声が挟まれた。明晴が弾かれたように横向きにトトト、と離れる。逆方向を見れば、早歩きに寄ってきているのは覚だった。美咲の側で立ち止まる。

「体を取り返しに来るんじゃねぇかと思ってたぜ天蓋司ィ!」

「猿の毛皮の上着――覚か?」

 明晴は獣のように歯をむく覚を一目してそう言い当てた。

「だが、来たことが馬鹿だ。今の俺たちに戦いを挑もうなんてわざわざ殺されに来たようなもんだ」

「ふぅん。飛んで火に入る夏の虫か?」

「そうさ。龍車に向かう蟷螂の斧さ」

「難しい言葉を知ってるな」

「知らねぇよ。お前の心を読んだのさ。なんとかなど天蓋司には効かない、ってのは天蓋司一族の決まり文句らしいな? けど、今のお前になら俺の読心術は効く。怖くねえ、さあやっちまえ!」

 覚の声がビルの屋上に吹く風を破って響く。それがどこかに流れ消えたころ、美咲は黙ったまま動きもしない。覚は美咲にギョロっと目を向けた。

「なぜやらん。すでに体まで無理に奪った敵だぞ」

「……」

「そうか、わかった。俺がやる。だから俺をこの世で最強の肉体の持ち主にしろ。前に満点バカがやったようにすればいい」

「……」

「おい! 俺はこの世で唯一お前を助けようって頑張ってる仲間だぞ。助けてもくれないのか!?」

「や、やりました。ごめんなさい……」

 美咲が声を上げた途端、覚はアッパーカットで右の拳を天に向かって振り上げた。すると、その先にあった空の雲が木っ端みじんに晴れ散った。

 それを見た明晴が一度両肩を上げてガクッと落とし、半足を引いて構えを作る。覚はバカにするように鼻で笑った。

「おい。逃げもせずやる気かよ。考えつかないようだから、だったら俺が教えてやる! この世で最強の肉体を持って自分の心を読んでくるやつが相手だぞ!? 絶望しろ! それが普通だ!」

「おれはこれまでの十一年、数多くの妖霊を相手に戦ってきた。しかし、絶望を認めたことはきっと無い」

「それはこれまで全部に勝ち続けてきたからだ! それも今日終わる!」

「おれはどんなときも絶望しない。おれが天蓋司明晴である限り」

 瞬間、覚の姿がフッと消えた。元美咲の体に向かって風より速い、波動のようなものが迫る。次の瞬間、覚の姿が明晴のすぐ前で現れ、止まっていた。元美咲の体に絡みつくように透けて現れ、覚の突き出した拳を手のひらで受けて止めてるのは黒い和服姿の本来の明晴だった。明晴の魂だ。

 覚は腕を引いた。

「なるほど。天蓋司の体はなくても鍛えられた強い魂は残るってわけか。だがよ、その体はただの人間の体だ。俺の攻撃がかすりでもすれば木っ端微塵に消し飛ぶぞ。それに、心を読めて、お前がどこを守ろうとしてるかわかる俺の、今からやる攻撃の連打を防ぐことはてきない。いくぞ!」

 覚が腰元で両肘を引いた。そして、絶叫と共に繰り出される激しい拳の連打。明晴に向けて横なぎの暴雨みたいに襲いかかる。

 やがてそれが止まったとき、しかし呆然とした顔をしているのは覚だった。明晴の魂は普段通りの涼しい顔で立っている。無傷の元美咲の体といっしょに。

「う、嘘だ。全部受け止めやがっただと!?」

「しかし、自分の体に限らんことだが」明晴はつぶやくように言い出した。「性能のいいものを使い出すと、それを使う者はどうしても意識が散漫というかてきとうになるようだな。これはおれも気をつけないといかん。今の連打、ちゃんとおれを見ながら打ったか?」

 言われて覚はサアっと髪を逆立てた。

「何をした! そんなはずはない! だったらこれでどうだ!」

 覚は明晴の魂の腕を掴むと体をぶん回して明晴を投げ飛ばした。

 吹き飛ぶように投げられた明晴は、そのまま屋上のふちを越えた。美咲と目が合ったまま、明晴は高層ビルの屋上から落ちていった。

 アッという顔をした美咲はふちに駆け寄り、地上を覗き込む。都会の明かりに明晴を探す。

「いない」

「あそこだ」

 隣に立つ覚の指先を見ると、向かいのビルの外壁に人がいた。明晴だ。元美咲の体から魂を出して、片手と両足だけで壁に張り付きながら滑り落ちている。美咲たちの方を見据えたまま。

 覚がそこに向かって風を切って飛んだ。すると明晴も壁を蹴った。両者が空中で破裂音のようなものを出して流れ違う。続けて両者はそれを何度も繰り返し始めた。何も知らずに生活してる人たちの頭上で異様な音が繰り返す。そのとき、一瞬に出現するように屋上のふちにいる美咲の隣に覚が帰ってきた。美咲がそっちに顔を向けるとその腕の中には明晴が子供のように腰元で抱え上げられていた。

「やっと捕まえた。さあ、このまま地上へ飛び降りたら、最強の肉体を持つ俺は無事でもお前はどうなるかな?」

 誰かがなにかを言う前に、覚はもう空中へ飛んでいた。美咲の目には彼らがオモチャみたいに軽々しいものに見えた。美咲が追って覗き込むと二人はヒューと落ちていく。目を見張って見続ける美咲は着地の瞬間、いつの間にか彼らを横から見ていた。地上に移動していたのだ。都会の人混みの中、落ちた彼らを見つめる。足を天に向け立つ彼らと地面の間には明晴の魂が片手を伸ばして奇怪なオブジェみたいになっていた。

 数秒後、彼らはバッと弾けるように離れてグルリと回って地面に足をつけると向かい合う。ややあって、周囲を歩いていた人たちが遅れて慌てた声を上げたり彼らを指差してどよめき始めた。急に変なやつらが近くに降ってきたから当たり前だ。まもなく明晴が顔のそばに手を上げると突然指を鳴らした。しかし、肉をこすって鳴った音はなぜかベルを振ったみたいに高く清く響いた。すると、周囲の人たちは一瞬の間のあと何事もなかったように自分の用事に戻り始めた。

「記憶を消したな?」

 覚が言う。

「来い。場所を変える。ここで続きは絶対にやらん。嫌とは言わせん」

「いや、続きはいい」

 覚はそう返して、「もういい。ガッカリした」と続けた。

「今の戦いでお前のレベルは知れた。今のお前はやっぱり恐れるに足らん。しょうもない。俺も忙しいんでな、それじゃあ」

 明晴に手を振って歩き出し、美咲の方に来た覚はそのまま美咲の肩に手を回した。

 美咲は覚に押されて歩き出す。ややあって背後で、「おれたちも帰ろう。むい」という声がした。

 美咲は背中がこわばって、振り返らずにその場を離れた。

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