悪役令嬢が婚約破棄される現場に居合わせたんだけど、何か質問ある?
「フレア!
そなたとの婚約を破棄する!」
「ロ、ローベルト王子、そんなっ!」
はい、どうも。
城の警備を担当している騎士のケビンです。
今日は王子主催の夜会の警備を任じられて、入口を入って一番奥の右側の警備をしているんだけど。いやはや、これまたすごい場面に遭遇してしまった。
「ええい!
すがりつくんじゃない!
そなたがマリアにしてきた数々の嫌がらせ、なかったとは言わせないぞ!」
「そんなっ!
わたくし、身に覚えがございません!」
「フレア様っ! ひどいです!
あんなことをなさっておいて!」
「マ、マリア!?
なぜここに!?」
「おおっ! かわいそうなマリア!
さあ、こっちにおいで!」
「よよよよよ」
盛り上がってきたねー。
いや、じゃなくて!
どうしよう。
これは警備として場を収めた方がいいのだろうか。
いやしかし、警備隊長から指示があるまで現場で待機せよと厳命を受けているからな。
城を守る騎士として当然ではあるが、なぜか今日は特にそう強調していたからな。しかも、なぜか俺の方を見て。
別に普段から真面目に仕事をしているのに、なぜ今日に限ってそんなことを言ってきたのか。
そしてなぜ今日に限って、こんな異常事態が発生するのか。
「とにかく!
そなたとの婚約は破棄だ!
さっさと出ていけ!」
「そ、そんな!
王子との婚約がなくなってしまえば私は侯爵家から追放されてしまいます!
私に、ただの平民として生きよと言うのですか!?」
「ふん! マリアを虐げるような輩にはお似合いの末路であろう!
なあ! マリア!」
「よよよよよ」
なんだかヒートアップしてきたな。
まずいぞ。
王子主催の夜会で一方的に婚約破棄を言い渡すなど、王子の名に傷をつけかねない。
ここは一旦、場を収めて、改めて書面で互いにやり取りをするべきでは?
というか、列席している大臣は何をしてるんだ?
「ほほほほ、そちらのお国では果実が豊富なのですね!
ぜひとも我が国と取り引きを!」
くそっ! あの大臣!
他国の重鎮を隅に追いやって騒ぎに気付かせないようにしてやがる!
いや、それも必要だけど、あんたはまずこの騒ぎを収めるために動けよ!
そうだ! 隊長は?
現場待機を厳命した警備隊長ならこの場を収められるはず!
「いや、姫!
ワタクシなどと踊りなど!
あ、ちょっ、わっわっ!」
姫とイチャラブしてやがるー!
いや、指示出せよ! このクソ隊長!
「さあ!
自らの命運を理解しただろう!
さっさと出ていけ!」
「……うう。
わ、わかりましたわ……」
婚約破棄を言い渡されたフレアが悲しそうな顔でとぼとぼと出口に向かう。
去り際、彼女がちらりとこちらを見る。
「……ああもう。
仕方ないな!」
俺は我慢できずにその場を動いた。
「ローベルト王子!」
「ん? どうした、ケビン?」
「……フレア様を、城の外までお送りしてまいります。
宜しいでしょうか?」
片ひざをつき、王子に頭を垂れる。
「ふむ。
きちんと城から出たか確認が必要か。
平民にうろうろされても困るからな。
いいだろう。頼んだ」
「はっ!」
俺は王子の言い種に拳を握りしめながら、それでも表情には決して出さず、王子に一礼してから急いでフレアの後を追った。
「……はぁ。
これからどうしましょう」
フレアは城の階段をとぼとぼと歩きながら、ため息をついていた。
「あのお父様のことだから、王子との婚約がご破算になったなどと知られれば、わたくしとの縁を切るなどと言いかねないわ」
フレアは平民となった自分の姿を想像する。
街の定食屋で常連のお客に自慢の手料理を振る舞う毎日。
「あら、それも案外悪くないかもしれないわね」
そんなことを自分に言い聞かせながら、無理やり笑顔を作ってみせた。
「……本当は、わたくしをさらって逃げてほしかったわ」
それは、誰に向けての言葉だったのか。
「フレア!」
「ケビン!?」
やっと追い付いた!
肩で息をしながら近付くと、悲しそうな顔で笑顔を作っていたフレアが驚いた顔をしていた。
「……情けない顔しやがって」
「……仕方ないじゃない。
わたくし、婚約破棄されたばかりなのよ」
笑顔のフレアの頬から一筋の涙が流れる。
俺はたまらず幼馴染みの彼女を抱きしめる。
「ケ、ケビン!?
いけないわ!」
「……おまえは平民になるんだろ?
しかも婚約破棄もされて、完全にフリーだ。
何を構うことがある」
「……もう、わたくし……私のことなんて、なんとも思ってないんだと思ってたわ」
俺の腕の中で、フレアが細い肩を震わせる。
俺はそれをさらにきつく抱きしめ、彼女を安心させるように囁く。
「そんなこと、あるわけがないだろう。
おまえが王子の婚約者として現れるたびに、その会場の警備をしている俺がどれだけ悔しい想いをしていたか」
「そう、だったのね」
フレアの肩の緊張がほぐれていくのを感じる。
「……でも、私はもうただの平民になるわ。
騎士爵家のあなたとでは釣り合いが取れないわよ」
「心配するな。
底辺貴族である俺の家は平民との結婚なんて日常茶飯事だ。
ましてや、貴族としての教養を持つフレアを拒絶するようなやつなんていないし、俺がさせない。
それに、うちの両親はおまえのことが大好きだからな。
俺と一緒で!」
最後の言葉でフレアの体温が上がったのを感じる。
大丈夫。俺もそうだ。
「外は寒いけど、おまえとこうしていると、とても暖かい。
俺はもう、この温もりを放さない」
「……後悔しないでよ」
「こっちのセリフだ」
そして、俺はフレアと口づけを交わした。
「……ローベルト王子。
これで良かったんですの?」
伯爵令嬢であるマリアが王子に尋ねる。
「ああ。王子に取り入る令嬢役、引き受けてくれて助かったよ」
王子が爽やかな顔でマリアに礼をする。
「やれやれ、なんとかうまく行きましたな」
「ああ、大臣。
良い演技だったぞ」
王子が汗を拭く大臣を労う。
「シャルス侯爵も、他国の珍事に巻き込んでしまってすまなかったね」
「いえいえ、楽しませてもらいました」
大臣と話していた隣国の貴族が楽しそうにお辞儀をする。
「ひ、姫、もう演技は大丈夫なようですぞ」
「あら、それならもうお役御免なのでしょう?
もう少し踊りましょうよ!
あなたは生真面目すぎて、こんなことでもないとワタクシと踊ってなどくれないじゃない!」
「ひ、姫~」
一芝居が終わっても姫に振り回される警備隊長だった。
「それにしても、フレア様には想いを寄せる幼馴染みがいらしたのですね」
「そうさ。
だけど家同士の利権もあって、彼女は僕と婚約することになってしまった。
彼女の心が僕の元にはないことはすぐに分かったよ。
それに、ケビンはうまいこと隠してたつもりみたいだけど、彼女のケビンへの想いには見ていればすぐに気付いたよ。
それに、僕にも本来の想い人がいるからね。
願わくば、その人と結婚したかったのさ」
「あら。王子にもそんな方がいらしたのですね?」
小首を傾げるマリアに王子が困ったような顔を見せる。
「ああ。でもあいにく、その人はとことん鈍くてね。
僕が夢中になっているという令嬢役を頼んでも全くその本心に気が付かない、困った人なんだよ」
「あら、そうなんですの。
それは大変ですわね」
「ああ。大変だよ」
王子は苦笑しながらも、マリアを慈しむような表情で見つめる。
「でも、諦めはしないさ。
僕の想いに気付いてもらえるまで、何度だってアタックするつもりだよ」
「頑張ってくださいまし。
ワタクシ、応援してますわ」
「ふふ。
ああ、頑張るよ」
王子はそう言ってマリアの頭をくしゃっと撫でた。
「でも、本当にフレア様は平民になってしまいますの?
王子が言えば、フレア様のお父様も考え直すのでは?」
「いや、いいんだ。
侯爵家と騎士爵家の婚約は難しい。
彼女には平民になってもらった方がケビンとの婚約に障害が少ないんだよ。
彼女の父親は謝罪金を与えておけば、彼女に必要以上のちょっかいは出さないだろう」
「でもそうすると、フレア様がこれから大変なのでは?」
「それなら心配ないさ。
彼女の料理の腕はこの国でも随一だからね。
王宮で召し抱えようと思う。
王宮のシェフと城の騎士との恋愛など、よくあることだろう?」
「なるほど。
それはたしかに、よくある話ですわね」
「それに二人の恋の行く末を側で見ていられるしね」
「ふふふ。王子ったら、悪趣味ですわ」
「そんなことを言って、君もちょくちょく様子を見に来るつもりだろう」
「バレまして?」
「ははははは!」
「うふふふふ」
その後、王宮のお抱えシェフの元に足しげく通う騎士の姿が見られるようになったそうな。