リブートは極寒の田舎町でマンドレイクと共に
再就職先に選んだ北国の田舎町に移り住んで、半年ほど経った。
選んだ理由は至極単純。田畑に送電用鉄塔が立ち並び、星空の下で航空障害灯が明滅する夜景をルキオラが気に入ったことと、蛍と同じ名を冠するマンドレイクに似合うと思ったから……あとは、幾つかの条件に適う土地柄だった。
人目が少ないからと外を歩き回っていたマンドレイクは、隣近所の住人に易々と発見されて自己紹介に失敗し、どういうわけか「ほたるちゃん」と呼ばれていて、平均年齢が高めなコミュニティに受け入れられている。
自動的にこちらは昭和に放送されていたテレビドラマのファンで、好きが高じて北国へ移住を決意してしまった酔狂な青年、という設定になっているそうだ。
御近所は人生の大先輩ばかり。
そのドラマ、見たことが無い。
ピ ン ポ ―― ン♪
玄関扉をガチャリと開くと、いつもの女性。
自称『樹海の聖女』は4週間ごと、土曜の夕方に訪れる。
ちらりと目配せすると、ルキオラがこちらへ走ってきた。
「薬売りです」
「いらっしゃ~い☆」
「お待ちしてました」
ふたりで並んで出迎える。
玄関先でルキオラをあちこち触ったり捲ったり体調を確認してから、スリッパに履き替えて水槽を設置した窓際へと進むと、その隣に置いた薬箱から栄養剤の瓶を引き抜いて、チャプチャプと左右に振った。
残り少ない栄養剤をポケットに入れる。
新品の栄養剤を入れ静かに蓋を閉じた。
「千円です」
「この栄養剤、一体なにが入ってるんですか?」
「企業秘密」
「中身は秘密でいいけど、千円で作れるとは思えません。再就職もできたんだし、原価と必要経費ぐらい払わせてください。置きっぱなしじゃないですか」
「先用後利に切り替えたのよ」
それはそうなんだろう。
こちらへ越して数日後に現れて、薬箱を設置した。
「今はなにをしてるんですか」
「見てわからないの?薬屋よ」
ルキオラに袖を引っ張って静止された。
気付けば話は大きく脱線しかけていた。
先月は、この流れで失敗してしまった。
つっけんどんな態度は、いつものこと。
ひとつ深呼吸してから小さな手に手をそえて「大丈夫」と伝えると、ルキオラは不安気な表情のまま小さく頷いて、チラリとカレンダーへ目をやった。
今日この機会を逃すわけにはいかない。
「行きたいところがあります、もし明日が休日なら御一緒しませんか」
しばらくの遅疑逡巡、そしてそのまま「なんで、どこへ、なにしに?」と3つの疑問を口にしたので「つまり、お休みなんですね」と即座に念押しすると、怯えた目をして押し黙ってしまった。
「順を追って、御説明します」
「そうしてくれると助かるわ」
「車を持ってないからレンタカーになります」
「それ。なんでの説明?移動手段じゃなくて」
「かりにいくの♡」
「自動車をでしょ」
「いえ、狩猟です」
「そっちの狩り? ……狩猟免許なんて持ってないわ」
吐き捨てるように言って、樹海の聖女(今は薬屋さん?)がスッと立ち上がったので、ルキオラが心細い顔で振り向いた。
全然、大丈夫じゃなくなってきた。
田舎には空き地と空き時間が沢山あったので、ルキオラと話し合いながら着々と詳細を詰めてきた計画だったけど、これはお互い共通の目標でしかなくて、肝心の樹海の聖女に話すのは初めてだ。
つまりはプレゼンテーション。
順番に説明しては伝わらない。
こうした場合は基本の7W2Hをしっかり意識しよう。
「訂正箇所を間違えました、しばしお待ちください」
「そうだ!作戦立案書、持ってくる~☆」
「じゃパソコンも立ち上げておこうかな」
さて、まずは。
「7W2H、いつどこでだれかさんが……なんでした?」
「どこで~☆ それが抜けたせい?」
「ちょっと待ちなさい、そこから?」
樹海の聖女は作戦立案書(と我々が呼称しているレポート用紙)から、パサッと落ちたパンフレットを拾い上げて、「あんた達、のんびり屋になったわねぇ」と、愚痴とも嫌味ともつかない独り言を溜息と一緒に吐き出しながら、再びその場へと腰を下ろした。
なにげなく開いて「ここへ行くの?」と瞠目した。
「その説明を今からします」
「どこで、そこなんです♡」
「いつが抜けた」
「しまった~!」
「タイムリミットは何時だったかな」
「営業時間?夜7時って書いてるっ」
「今すぐ手配しなさい」
「 「 なんで? 」 」
「夜7時閉店はレンタカーの営業時間でしょ。この施設、夜8時から夜10時まで2時間だけ入れると書いてある。今から出発して間に合わせないと、明日の夜まで待つしかなくなって、月曜朝の御帰宅になるからよ」
「 「 大変だ! 」 」
すぐに用意できると言うコンパクトカーの配車を頼んだが、できるものとばかり思って確認すらしていなかった配車サービスに非対応、よく使っていたレンタカーの系列店だが対応店舗は少ないという。
計画は暗礁に乗り上げた。
田舎は色々と勝手が違う。
引っ越してきたばかりで頼れる人も少ない、再就職先に電話してみると、社長の奥さんから「社用車がわりに保険をかけている車があるから、それを使いなさい」と言われて、5分もしないうちに鍵だけ置いていった。
「アレクさん、行ってきます」
ポン♪
『いってらっしゃい、お留守番はお任せください』
「よろしくおねがいします!」
準備を終えて外に出ると、見覚えのあるSUVが横付けしてある。
「弊社取締役さんの私物だ」
「で~っかい車だね~!?」
「社用車じゃなくて高級外車じゃないの」
「まぁ、道も広いし大丈夫だと思います」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
4回、赤信号で停車した。
それだけで50キロも離れた目的地へ到着した。
ドタバタで出発して、7時前に着いてしまった。
それはそれで困っている。
「途中の、あれはなんなの」
「送電鉄塔と撮るものだと」
「記念写真で~す!!!.:*☆」
「ルキオラは、送電鉄塔が好きなんです。画像に位置情報が記録されているので、撮影場所を地図で確認したりしてます。旅の思い出……みたいなものですね」
樹海の聖女は眉をひそめた。
そのまま左右を確認して「これからどうするの」と、厳しい口調で問いただしたが、まさにそこが問題で、困っていた。
「学習館と博物館があって」
「もう、終わっちゃってて」
「オートキャンプ場は、予約で一杯だそうでして」
「まだ1時間あるけど……」
「なんとも杜撰な作戦だわ」
作戦立案書にある周辺の見どころが全て使えなかった。
とっぷり日が暮れた田舎の山中で、ただ漫然と1時間?
「そこにある建物はなに?」
「 「 温泉です 」 」
樹海の聖女は「温泉旅館、そうなのね?」と念押しするとスタスタ歩いて行って3人部屋の空きを確認し、「じゃそれで」と素っ気無く言ったが、思いの外宿代が高額だったのでフロントの顔を二度見した。
部屋に通されてからも憮然としている。
「俺にカードで支払わせましたが、猛烈に不機嫌ですね」
「温泉には入れない、夕食も、朝食も食べられないのよ」
「あの! おきづかいなく」
「予約も取らず、直接来てしまったので」
「今日ベッドで眠る? ……違うわよね」
「すいませ~ん ( ノД`)ノ」
ルキオラは温泉に入ることができない。
湯に浸かれば球根植物に戻ってしまう。
そのまま放置していたら、ホックリ茹で上がるだろう。
勿論、旬の料理に舌鼓、というわけにもいかないのだ。
夜は水分補給のため片手鍋の中に戻る。
利用できる備品は浴衣を着るぐらいか。
「はー、楽チン。あんたも着替えたら?」
「写真のお洋服だ~♡ う ご き に く い 」
「洋服じゃないでしょ、帯がきついのね」
「あぁ~れぇ~ぇ ( ノД`)ノ」
ほとんど無意味な、一人分の出費となってしまったが。
「どしたの? (・・? 」
「なにかしら御不満が?」
「あ? いや! 不満? ……不満、ないですけど!?」
浴 衣 姿 、 金 壱 萬 四 千 八 百 円 也 ――――
「これが見れたから満足だとか思ってないでしょうね?」
「思ってません」
「金銭感覚がおかしいんじゃない?それだけ出せば浴衣を買って毎日見れるのよ。あんたに任せて失敗だった、そんな調子じゃ生活していけないわ」
「 う そ …… そうなんですか?!」
「思ってたのね」
「思ってません」