Results − ルキオラ
家に戻ると、玄関前の宅配ボックスに荷物が届いていた。
蓋を開くと、梱包せずに剝き出しの商品が、ひとつだけ。
ほっと胸を撫でおろす。
置き手紙を読んで、配達してくれたようだ。
現金を放置しておくのは不安があったけど。
宅配ボックスに、しっかり鍵をかけておく。
玄関の扉を開いた。
にょろにょろの後ろ髪、小さな背中がある。
それだけで鼻がつんとして涙が滲んできた。
「ただいま」
熱中していて気付かなかったらしい。
ピクンと背筋が伸びて、作業を中断。
慌てて玄関へ駆け寄ってきた。
「おかえり、遅かったね!」
「市民会館にも寄ってきたんだ」
「笑ってる、いいことあった?」
「の、前に。お客さんは来た?」
「……お客さん?」
「こっそり置いていったんだな」
栄養剤を見せるとパッと笑顔になった。
それから、少しだけガッカリした表情。
置き手紙作戦は成功したが、そのまま立ち去ったようだ。
「全然、気付かなかった」
「そうか。あの人は、排他的だからなぁ」
「アレクさん、排他的ってどんな意味?」
ポン♪
『辞書で、排他的の説明を見つけました』
「「 おおー! 」」
『排他的は、排他的傾向があるさまです』
「「 おぉお? 」」
通販サイトの特売で買ったタブレット端末は、機械の操作がチンプンカンプンなルキオラも音声検索できる画期的商品だったが、どこか要領を得ない返答が多く、両方ボケ倒す漫才のようだ。
時々、自分の歌を歌いだす。
ルキオラが、「わかる~!」と共感する。
そんな歌詞で、すっかり仲良しになった。
「アレクさん、ありがとう!」
ポン♪
『どういたしまして。お役に立てて、私も嬉しいです。知りたいことがあったら、声をかけてください。すぐに調べて的確にお答えしますよ』
「う、うん」
一旦水槽に戻るか確認すると、首を横に振った。
台所で栄養剤を希釈しストローを入れて、渡す。
それにしても、この機械。
「上から目線になってきた」
「えっ?そんなことないよ」
「情報収集できるだけなのになぁ」
「でも、アレクさんは物知りだし」
「調査報告書は順調に進んでる?」
「すっごく進んだよ、まるわかり」
表紙に『 言周 者 ホ‐ 吉 晝 』とあるノートを指差した。
アレクさんに教わりながら、漢字を書いたらしい……
「アレクさんは、優秀な先生なのか」
ポン♪
『質問の意味がわかりませんでした』
「「 えぇ~! 」」
こんな調子のアレクさんだけど、ルキオラの有能な助手。
最後に連絡先の破棄を指示されたのは想像どおり。ただ説明するように言われた内容は、難しすぎて覚えきれなかったそうだ。今回の開花は、運が味方した。
このノートは、もっと自分のことを知っておく必要があると痛感したルキオラが、自身の出自について調べた身上書。アレクさんは、その手伝いをしている。
それは通称・樹海の聖女が秘密にしていたこと。
なにか倫理に反するものだと、明々白々だった。
外出中に増えたページへ、軽く目を通していく。
補足が必要ならつけておく目印が2箇所あった。
パソコンに入力しておく。
「たくさん話してくれたけど、書ききれなくって」
「これは法律だな、e-GOVで調べるしかない」
「うひゃぁ~ いーがぶ! (>_<) 」
「ははっ、また漢字だらけだな?」
とても読みにくい、独特の文体。
探すだけでも大変な作業になる。
長丁場になりそうだ。
ひとまず予定の無い明日に回すとして、食事の用意をしようと台所へ向かうと、炊飯器の中にホッコリ一人前のごはんが炊き上がっていたので、「ありがとう」と言いながら茶碗に盛り付けていると、背後から「どうだった?」と、すこぉしだけ小さい声で、ゆっくり気遣うように声をかけられた。
「どう、って?」
「お仕事」
「あ、忘れてた」
「えぇえ~?!」
「それがね。職安の求人は、似たり寄ったりの仕事になってしまいそうだったろ?職員さんに相談したら今日やってるって教えてくれて、商工会議所の企業説明会に行ってきたんだけど」
「うん、うん!」
卓袱台に腰かけて、冊子を置いた。
「ここはどうかな?」
「すごい!森の中?」
「かなり田舎で、遠いんだけどね」
「お引っ越し……?」
「聖女さんが初めて栄養剤を持って来た日に見た、ホタルの夏まつり、覚えてる?あの村まで50キロか、30分ぐらい。あやふやだけど近いらしくて」
予想外の展開に、ルキオラは息を吞んだ。
本当に近いのか、本当は遠いのか。
新幹線どころか、在来線すら廃線になった過疎地なのだ。
50キロを30分で移動する方法なんて無い。
こちらの希望条件は、環境や気候ばかり。
求職活動にしては珍しいと、驚いていた。
「マンドレイクやお魚さんの搭乗手続きが、想像できなくて。どうやって飛行機に乗るのか、どうすれば引っ越し先で栄養剤を受け取れるか。今はまだ課題が山積みだから、話しだけ聞いて持ち帰ってきた」
田畑の広がる風景。
使用方法の想像できない商品ラインナップ。
ルキオラは観光案内でも眺めるように、写真に見入ったり、気になった商品名を読み上げたり、楽しそうに会社案内やカタログをめくっていたが、「飛行機かぁ」と不安を覗かせてからは、口数が少なくなった。
それから、「これは?」と、首をひねった。
建物の写真、その奥に、大きな鉄塔がある。
「送電用の鉄塔らしい。あちこちにあるって」
「そこらじゅうで、ピカピカ光ってるの~?!」
「戻ったら撮影して送ってくれるって。でも、半笑いだったから期待しないほうが良いかもしれないけど……あれ?」
メールが届いている。
今まさに話していた会社からの連絡だった。
代表取締役……あの気さくな人が社長さん。
その奥さんから、転送するように頼まれた。
添付ファイルを、クリック。
「動画?」
「わ~ぁ、送電鉄塔がこんなに! ほら、航空障害灯っ!!」
夕暮れ時の深い群青に染まる空、下半分が真っ黒な風景。
立ち並ぶトラス構造のシルエットが、時折鋭く光を放つ。
呼吸すら忘れて、まじろぎもせず食い入るように見詰めていたが、大きく鼻から空気を吸い込んで、天井に向かって叫んだ。
「ここに決めましたー!」
「それも、良いかもなぁ」
「飛行機か~ぁ」
「大丈夫そう?」
「冒険する価値があるっ」
「はははっ、大冒険だぞ」
帰宅したら、樹海の聖女が来ていた。
連絡先を交換していて、課題がひとつ解消できるのではないかという淡い期待があったが、そこまで地獄に仏とはいかないか。
こうして一緒に過ごす時間ができてから、以前より前向きになって新しいことに取り組んでいるルキオラに、逢ってほしかった。
「可愛い子に旅をさせよう。そうしよ~ぉ!」
「げんきんだなぁ。 ……よぉし! じゃあ、早速メールのお返事を入力するよ。もろもろの問題は、一緒に解決策を考えていこう」