マンドレイクの虚像は質問の意味を取り違える
家に戻ると玄関前に、置き配で頼んでいた荷物が届いていた。
こうも頻繁になるなら、宅配ボックスを頼むほうが先だった。
置き配で宅配ボックスを注文して、盗まれたら、どうだろう。
本末転倒になって、盗んだ泥棒も思わず苦笑いするだろうか。
「おかえり♡」
「ただいま!」
「いいことあった?」
「いや特に、なんで」
「笑ってたから!お仕事はどうだった?」
「そっちはそれこそ、いつもどおりだよ」
「そのお荷物は~?」
「たぶん頼んだ洋服かな……着てみる?」
荷物を置いて、小さな同居人を水槽から掬い上げると、「ひゃうぅ!」と悲鳴を漏らし少々小柄な女の子ぐらいになった。
床にトンとおろしてから、右手に残っている本体の球根を、慎重に水槽の脇へと置いた。
窓際に干しておいたバスタオルで少女の頭を軽く拭いてから、「あとは自分で」と手渡すと、ひとつ頷いて体を拭きはじめたので、スッと目をそらして、別に用意した大き目のタオルで床拭きをする。
なにしろほとんど下着姿、そのうえ妙にセクシーランジェリー。
幻覚の見せている映像だとしてもジロジロ見て良いと思えない。
涼しい顔をして黙々と手を動かしているうちに、ビショ濡れだった床も粗方拭き終えてしまった。
時間も時間なので洗濯するよりタオルハンガーにかけておこうと顔を上げると、昨日と同じワンピースを頭からスポンと被っている最中だった。
「新しい服を着るんじゃなくて?」
「新しい服に着替えるんだよ~♡」
「その感覚は、 わ か ら ん な ぁ 」
前回選んだ洋服は商品名に『綿100%・寝間着・ゆったりシャツワンピ・ロングTシャツ』と書いてあって、機会があるかどうかは未定にしても、外出には徹底的に不向きな部屋着に見えた。
そこで今回はジックリ選んだと言っていたけど。
真っ先に箱から出てきたのは洋服ではなかった。
「クマの人形だ」
「かばんなの♡」
「尋常ならざるフリルとリボン」
「かわいいお洋服を探しといてって言われたから~♡」
慌てて伝票を確認すると『ブルーかわいいゴスロリかわいいベアかわい』までが書いてあって、『かわいい』に強勢を置きすぎて肝心な情報がほとんど消えている残念な商品名だ。
この後、何度も『かわいい』が続いていたのかもしれない。
『ベア』の二文字で『さては熊の人形の肩掛けバッグが付属する洋服だな?』と見抜いてもらえて、さぞかし出品者は嬉しかったことだろう。
でも、二度は通用しないと思う。
「どう使えばいいのかわからないオマケ、まだあるな」
「お店の画像と見比べたら、わかるかもしれない~!」
「二着目にしては、高難度の製品だった」
「これだけクマのかばんがついてたの♡」
つまりオマケがメインだったのか。
まぁそういう買い方もあるのかな?
「そういう格好なら水に入ればいいんじゃなくて?」
「えぇえ~!? 全っ然違うよ?これ洋服だもの!」
「ごめん今の発言はナシで」
全身全霊で全否定された。
これ以上はやめておこう。
振り回される付属品、熊のバッグが気の毒すぎる。
「も1つ箱が出てきたよ?」
「あぁ、なんか最近ちょっと元気が無かったからさ」
「そう?そんなことないよ」
「前はもっとこう語尾に☆マークとか出てる感じだったろ?植物育成ライトって、室内で植物栽培していると日照不足になるのを補う商品らしい。赤い光で光合成、青い光で葉や実を育てる、だから赤青両方つけるのがいい と か な ん と か ……よくわかってないけど、そんな説明だった。これを水槽に付けてスイッチを?」
説明書は中国語と英語だった。
チープなスイッチの1つはタイマー設定、⑥、⑨、⑫の3種類か。
待てよ?
9時間周期でオンオフしたら、24時間に戻るのに何日もかかる。
中国人は、割り算が苦手なのか。
危なかった、とんだポンコツを掴まされるところだった。
こういう細かい仕様も調べてから買わないと。
普通の植物はスイッチを自分で操作できない。
「ね!どうしたの?汗ビッショリ」
「なんでもないよ、スイッチON」
「 「 うわぁ~! すんごいピンク色 」 」
夜に点灯したら「なにやってんの?」って思われるなぁ。
なに、っていうより破廉恥行為しか想像できないだろう。
タイマーは実質『12時間ごとオンオフ』の一択だった。
ま、今日ぐらい点灯しっぱなしでもいいか。
光合成するみたいだし。
マンドレイクがピンクに照らされたオマケを並べはじめたので、スマホを渡すと注文履歴から購入したお店のページを開き、液晶画面と付属品を交互に見比べて、それぞれの装着のしかたを考えだした。
なんとも不思議な気分。
「にしても。先月まで桃色空間の自宅でゴスロリ服を着たマンドレイクと会話する未来なんて、1ミリも考えなかった。なにが起きるかわからない世の中だ」
「ほんとだね~!」
「植物だもんなぁ」
「てっきりパパだって思っちゃってた~☆」
「パパはひどいよ、そんなに年食って――」
待てよ?
マンドレイク、初対面から親しげだった。
まるで前々からの知人だったように……。
「パパって、どんなヒト?」
「パパはねぇ、いつも仕事で忙しくって夜遅くにヘトヘトになって帰ってくるの。子供がいてマンドレイクだってことは知らなくって、きっと初めて見たらビックリするから、自己紹介しないといけないんだよ?」
「それで、実はマンドレイクって衝撃の告白か」
「でもね?それは違って、これ運命でした~♡」
「はははっ。本当に、ありがとう」
「いえいえ、どういたしました♡」
「会社勤め?」
「研究員~?」
「研究所で働いてた、ヒト?」
「詳しいこと知らないけど!」
「多忙なご職業だったお父さん、勝手に親近感」
「だね?ほんとにそうだよね~!」
用途不明の洋服のオマケを、小さな画面と熱心に見比べながら、うわの空でした生返事だったけど、最後まで、一度も否定しなかった。
水槽の脇を見る。
球根から、少女が生えている。
そうとしか表現できない植物。
「はっ、あははは。 ……そうか」
その父親は人間。
なにかの研究に従事していた多忙な人。
マンドレイクの球根に父親がいて、それが人間だって?
どういうことだ、自称・樹海の聖女、どうなってる――――