売りつけられた球根は伝説の植物の偽物だった
会社に尽くして8年、遅すぎる昼食を夕刻とっていたら「なにをサボってる」と叱責されて、「無駄飯食らいが!」の御叱りの言葉と共に上司の平手打ちを受けたコンビニ弁当は宙を舞った。
夕陽の眩しい社屋を飛び出し営業車のアクセルを踏んだ。
スマホを地面に置き、頭ほどある石をガチャンと落とす。
もう無理だ……これは粉骨砕身やってきた俺の壊れた音。
ここは駐車場、目の前に鬱蒼とした森、つまり、樹海だ。
行くか……
「入ってはなりません!」
「え?」
気付かなかった、他にも人がいたのか。
ひさしぶりに赤の他人から声をかけられた気がする。
「なんで?」
目をとじて沈思黙考している。
「聖女だから」
「こんなところに……聖女」
聖女……それを自称するとは珍しい。
精々近所の農家の娘という服装だし。
「私は……樹海の聖女です」
「そうきたか」
不可解な自己紹介。
自分でも無理な設定と思ったらしい。
ポケットに手を突っ込んで千思万考。
冷えた空間に、静かな時間が流れた。
と。
唐突に、動きがあった。
手を取られて、なにかを握らされた?
「さぁこれを」
「なにこれ?」
「貴方を癒してくれることでしょう」
微笑みながら両手を広げていく。
玉ねぎぐらいある、紫色の球根?
これ、どうしろって言うんだろ。
「千円です」
「金、取るんだ!? ……領収書ください」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
学生時代から借りっぱの木造アパートへ戻り、卓袱台に紙片と球根を置いた。
聖女・千円・上様と達筆な手書き文字。
つまり、聖女は個人事業主? なんにせよ これは経費で落ちないな?
袋麺を食べてから雪平鍋を洗い、そのまま水を注いで球根を浮かべる。
ぷかりぷかりと泳いで5ミリほどの白い根が見え隠れする。
そのうち芽が出て、花のひとつも咲くだろうか。
そうしたら、殺風景なこの部屋も多少は華やぐ?
「癒されなくもないか」
それから先の記憶はひどく曖昧。
知らぬ間に眠っていたんだろう、瞼を開くと時計の針はギリギリ間に合う角度、慌てて社用車に乗って、結局は出社して、同じことの繰り返しになっていたけど、タイムカードを打刻していなかったと散々難癖をつけられた。
仮眠を取りつつ翌週戻った、崩壊寸前、極限状態だ。
朦朧とする頭を振って鍵穴を探り開錠、部屋に入る。
「ただいまー」
「おかえり♡」
「あぁ。ただいま……えぇ――ッ!?」
雪平鍋の水に花のようにかわいらしい小女が浮いている。
身に纏うのは花そのものに見える紫色のフープスカート。
ちらりと覗く、白い足?
ま さ か 。
「あの球根なのか?」
「いいえ? 実はマンドレイクでぇ~す!」
「危なッ! 抜くと叫んで死ぬやつだ!?」
自称聖女め、水耕栽培でなければ命を落としていた!
いや……待てよ?
「あれはナス科、百歩譲って根菜類だろ? 球根ってなんだ」
「つまりパチモンなんです☆ テヘッ?」
「偽物なのか! もう千円払っちまった」
くしゅん!
「くしゃみする植物なんているんだ!?」
「ココ陽当たりいいけど冷たくって風邪ひいちゃいそ」
「少し待ってろ! なんとかするから!」
大慌てで近所のホームセンターのペットコーナーへ行き店員を掴まえたものの、どこまで情報を開示しても良いものやら、見当もつかなかった。
買ってきたピカピカの水槽を流し台に置いて、店員おすすめの綺麗なガラス製の底砂をじゃらじゃら水洗いしてから平らにならして水を張り、それを窓辺に運んでヒーターを設定、水温上昇を待つ。
ここまでの手順は、店員さんに聞いてきた。
大きなビニール袋に未開封のパッケージがいくつも残っている。
たどたどしい説明で、見慣れない用品をいろいろと買わされた。
説明書には専門用語が並んでいて、ちっとも意味がわからない。
これ、必要なのかな?
あぁ! ……そうか。
「ホテイアオイ育ててるって言ったら変な顔してた、そのせいか」
「ひっどぉい! ヽ(`Д´」
「偽マンドラゴラとか言えないだろ?あぁこの魚も」
「おさかなさん!」
「パイロットフィッシュって、店員さんが呼んでた」
「パイロットさん?」
「長い名前だな。湯加減良さそう、引っ越しする?」
「やさしく触れてね? ひ ゃ ぃゃ ん ぁ あ っ ♡ 」
「声っ、へんな声出すな、なな?なんだこれシビれ……おまえデカくなってるし、なんでお姫様抱っこされてんだ?」
「 こ れ ね ? 幻 覚 作 用 ♡ 」
「 こ れ が 幻 覚 ~ ぅ !? 」
ずっしり重たくて、やわらかい。
洋服を着ているようだった見た目も変化している。
大幅に面積が減ってレースの下着みたいになった。
「この娘が千円で? ……安い買い物だったな!?」
「パチモンだけどね (^_-)~☆」
「金で買った千円だった?いいえ、違います。これは運命でした」
「そうなんだ」
「夢でも幻でもパチモンで幻覚でラリってても、いいことにした」
「いいのー?」
「 ま っ た く 問 題 無 い っ 。今後とも、ひとつよろしく!! 」
「やった~♡」
俺、お仕事もうちょこ~っとだけ頑張れそうです。
ありがとう聖女様、本当にありがとうございます!