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底辺男の向夏録 晩夏  作者: 青色蛍光ペン
8/9

8:彼らの結末は花火の如く

19時半を少し過ぎた頃、天滝は山の公園に着き、ベンチに腰掛ける。いつもの事なのか今日が祭りだからなのかは分からないが、天滝の他に人の姿はない。無地のグレーのTシャツとチェック柄のロングスカートと薄いベージュの上着という家にあった服をとりあえず着た、と言った服装をしている。だがどうせ天滝一人で花火を見るのだから問題ない。

隣に置いておいた鞄の中から小さな紙袋を取り出してセロハンテープを外して手を入れ、可愛らしい形のベビーカステラを取り出す。まだほんのりと温かみを帯びたそれはあの時買った時のものと同じで、口に放り込むとあの時と同じ甘さが口の中に広がる。


「…こんなの食べても風馬は来ないのにね」


ぽつりと呟いてもう1つカステラを口に入れる。この場所は多分天滝しか知らない。かなり昔に上月に道順だけ教えたような記憶が残っているが、曖昧な記憶であるため正直都合のいい記憶の改変なのか事実だったのかすら分からない。

先程全身にふりかけた虫よけスプレーのケミカルな匂いに食欲も削がれ、ベビーカステラの袋を鞄にしまい、ジャングルジムの上に移動する。山の中腹あたりから見下ろす形になる景色には、祭りの屋台の数々とその中に溢れかえる人達の姿がよく見える。しばらくその様子をぼーっと眺めているとポケットに入れている携帯電話が鳴り始める。一瞬上月かと期待して素早く携帯電話を取り出して確認すると『夏希ちゃん』の文字が目に入る。静かに通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。


「もしもし、天滝か?」


「夏希ちゃん…、どうしたの?」


「今日さ、祭りじゃん? 一緒に花火見ないか?」


「ごめん、今日は一人でみるよ。今年は一人で静かに花火を見たいから」


天滝の言葉を聞き、電話越しの青葉の言葉がしばらく途切れる。5秒ほど経ち、青葉がゆっくりと話し始める。


「…ってことは、上月は居ないんだな」


やはりそっちの話だったか、と天滝の顔に緊張の色が混ざり込む。同じく5秒ほど黙り込む天滝だが、警戒しながら口を開く。


「風馬はそこにいるの…?」


「いや、居ない。花火見ようって誘ったんだが用事があるって言われちゃってな。それで暇だから天滝と見よっかなーって思ったんだが、それも無理そうだな。あはは」


青葉の意外な返事に天滝は首をかしげる。てっきり科学部が集まってるから天滝も来い、みたいな話かと思ったのだが、そういう話は無いらしい。電話越しに聞こえる青葉の乾いた笑い声に対して電話を切ろうと声をかけようとする天滝だが、その前に笑い声が止まり、「あのさ…」と青葉が言葉を続ける。


「あれ、嘘だから」


「嘘?」


「うん、全部嘘だ。全部天滝を焦らせて天滝と上月を早くくっつけるための嘘だ」


「…そうなの?」


天滝が問いかけると青葉は一瞬黙り込み、震える声で一気に言葉を吐き出す。


「そうだ。あの時のメールの内容も、あの時上月に告白したってのも、全部嘘だ。そんな事は無かったんだ。多分もう私がこんな嘘つかなくても天滝は前に進めるだろ? だから…、電話でもなんでもいい。早く上月にもう一回告白しろ」


天滝が言い返す暇もなく、通話が切断される。携帯電話をポケットにしまいながら、「嘘なわけないじゃん」と言葉を漏らす。結局、青葉が何をしたかったのかは天滝にはよく分からなかった。彼女の言う通り、天滝を焦らせて上月との距離を詰めさせるつもりだったと言われればそうとも取れるし、本気で上月の事が好きだったと言われればそれはそれで納得が行く。

一方で、電話を切った青葉は祭りが行われている駅近くからだいぶ離れた場所の道路のベンチに座ってため息を吐く。


「私、何がしたいんだろ…」


その問いに答える者は居ない。早く告白しないと上月を取ってしまうぞ、と天滝を急かし、本当に上月に告白し、次は今までのは全部嘘だから告白しろ、だ。自分でも何がしたいのかよく分からない。ただ、これもまた天滝を咎めるための行動なのは心の奥底で分かっている。明らかに嘘じゃない素振りで今までの事を嘘だと話し、同情でも求めようとしたのだろう。


「何も変わらないんだな」


視界が薄く滲むのを感じながら、青葉はポケットからネックレスを取り出して軽く握る。狙っているだけでは意味がない、弾が届かなければ何も変わらない。射的の時にそんな事を言われた。だが結局、青葉はこうして見届ける事しかできない。もちろん今日天滝が上月に会う可能性は低いし、このまま天滝も上月もお互いに想いを伝えないまま事が収まっていく可能性だって大いにある。そうなれば上月は天滝と付き合う事は無いが、だからと言って青葉が上月に告白しても無駄なのは分かっている。


「あっ…」


そこで青葉は気付く。この前木山と話したのに忘れていた。木山と同じなのだ。自分は上月を諦め切るために動いている。どこまでも利己的な自分に嫌気が差すのを感じながら時計を確認する。もう少しで花火が上がる時間だ。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「風馬…、なんでここに…?」


息を切らしながらジャングルジムを登る上月に天滝は問いかける。ジャングルジムを登り終え、天滝の隣に座った上月がその問いに答える。


「昔、お前が言ってたんだ。花火を見る秘密の穴場があるって」


「多分それ一回だけ…、だよね。覚えててくれたんだ」


やはり昔一度だけこの場所の話をしていたのだ。そしてその一度だけの話を覚えていて上月がここにやってきた事に喜びを感じる。様々な色で空を彩る花火から目を逸らさずに、天滝が口を開く。


「ねぇ風馬」


「…なんだよ」


「なんで風馬は変わっちゃったんだろ」


「変わった…?」


質問の意図が分からずに上月は天滝の方を向いて問い返す。それに対して、そのままの姿勢で天滝は話を続ける。


「私…、風馬の事好きだよ」


「そ、それはなんというか…、ありがとう?」


「でもね、今の風馬は違う。私には木山君が何考えてるかなんか分からない。だから風馬も何を考えてるのかなんて分からない。ちゃんと話してくれないと何も伝わらないよ…。風馬、本当に他に好きな人がいるの?」


次第に潤んでいく天滝の瞳に花火の光が映り込む。それを見ながら上月は何か言葉を探すが、何も言葉が見つからずに黙り込む。


「…あの時の短冊、風馬は最初『変わりたい』って書いてたよね。でも何も変わらなくて良かった。私にかけてくれる布団1枚に悩むような風馬の優しさだけあれば十分だよ」


「見てたのかよ…、てか起きてたのかよ!?」


ただ無邪気な女の子だと思っていた天滝だが、どうやら流石に高校生にもなれば色々と鋭くなってくるらしい。上月の突っ込みに「ごめんごめん」と笑う天滝。だがその直後に笑みは消えてしまう。


「でも最近の風馬は分からないよ。ずっと何か考えてるような顔してるし、あの時だってすごい辛そうに断ってた…。後になって私のために断ったのかな、なんて都合のいい事考えちゃってたけど、夏希ちゃんと話してるうちにそうなんだろうなって確信した」


「でも、今更なんて…」


「今更でも良いよ。全部私のためだったんでしょ? 私のために代わろうとして、私のために断って、私のために色々考えて…。その優しさだけでいい。何も変わらなくても不器用で優しい幼馴染の風馬が私は大好きだよ」


一気に話し終えた天滝は花火から目を離し、上月の方を向く。軽く深呼吸を行い、胸に手を当てて、しっかりと上月と目を合わせる。


「私は風馬と付き合いたい。お願いします」


沈黙が流れる。恐らく5秒程のものだったのだろうが、上月には恐ろしく長い沈黙に感じた。木山ならどうするだろうと、こんな時にもそんな考えが頭をよぎりかけるが、今回ばかりは自分の気持ちに素直に向き合うのだと木山の理論を頭から振り払う。そして上月はゆっくりと口を開く。


「こんな俺でもいいなら、こちらこそ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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