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底辺男の向夏録 晩夏  作者: 青色蛍光ペン
7/9

7:タイムリミット

祭りが行われているためか、いつもよりも賑やかな駅前に着いた上月。携帯電話を取り出して時間を見ると19時26分と表示されている。まだ相良は着いていないのかな、と辺りを見渡すと長い赤色の髪と場違いな白衣が目に入った。


「遅かったじゃないか」


駆け寄ってきた上月に気付いた相良はいつも通りの口調で話しかけてくる。その背中にはリュックが背負われている。


「なんなんですかそれ」


「うん? ああこれか。天滝を探すのに使えるかと思ってな。秘密道具がたくさん詰まっている」


本気なのか否かよく分からない返事に上月は「はぁ」と気の抜けた返事をする。一瞬会話が途切れるが、相良の言葉が何か引っかかる上月は相良に質問する。


「今、天滝を探すって言いました…?」


「あぁ、言った。君と話し終わって実験室から出て解散した後に電話してみたんだ。そうしたら今年は1人で花火をよく見れる場所で見るって言われてな。今からその場所とやらを探そうと思う。まぁ大方開放されている建物の屋上か、ここの近くの公園辺りだろう」


「それで花火が始まる1時間前に呼ばれたって事ですか。で、本当に天滝は見つかるんですか?」


「候補地はそこそこの数があるからそのうちのどこかにいるだろう。1時間もあればギリギリ回れる量だ。だが時間に余裕があるわけでもない。行くぞ」


唐突に歩き始めた相良に着いていく上月。そこから30分相良の言う候補地を巡った。確かに人の少ない場所も多かった。というかどこでこんな数の穴場を仕込んできたのか、と変に感心する。しかし天滝の姿は見当たらない。


「本当に天滝は花火を見にきてるんですか?」


流石に焦りを感じ始めてきた上月が相良に問いかける。多分天滝は上月と会うことが気まずくて電話でそんな事を言ったのだろう。行かない、なんて言うと相良が家に来る可能性だってあり得なくはない。だから1人で居られる場所、だなんて表現をしただけであって普通に家に居るのではないか、と考えたのだ。


「…確かに天滝がここに居る保証なんて全く無い。だが、らしく無いことを言うが必ず花火を見に来ているような気がするのだ。私の勘がそう言ってる」


「勘って、なんで今回に限ってそんな抽象的な話が出て来るんですか…。そもそも1人で居られる場所なんて天滝以外が知ってるわけ…」


歩きながら話していた上月だが、突然電流が体に流れるような感覚に襲われる。歩みと共に言葉を止めた上月に相良は「どうした」と訊ねるがそれを無視して上月の思考回路が高速で回転し始める。

天滝1人で居られる場所を天滝以外が知るはずもない。つまり相良がかき集めた穴場の情報なんて当てにならないという事ではないだろうか。だが、古い過去の記憶の中で何かがざわめいている。確かあれは中学生か小学生後半ぐらいだったはずだ…。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「風馬! 今夜花火見に行こうよ!」


小学校か中学校かは曖昧だが、下校している時に天滝は上月にそう話しかけてきた。毎年行われている夏最後の花火大会の事だと言うのは上月も知っている。上月も一度だけ家族と見に行ったことがあるのだ。


「ごめん! 多分今年は見に行けないかも。親が厳しくってさぁ」


「えぇー、そんなの抜け出しちゃいなよ。私、秘密の場所知ってるんだよ」


「秘密の場所…?」


「うん! 教えてあげるね。駅から山の方向にずーっと歩いてったら階段があるからそれを登っていって、三毛猫の看板が飾ってあるからそこを左に曲がって歩いて3つ目の角を右に曲がって、ちょっと坂を登って左に行くと公園があるの。そこのジャングルジムの上から花火を見たらとっても綺麗に見えるんだよ!」


「へ、へぇ…」


「じゃ、もし来れたらそこで待ってるからね! バイバイ!」


正直道の情報が長すぎてよく分からなかった事もあるが、結局その日上月は外に出られず、花火を見に行くことはできなかった。天滝はそれを笑って許してくれたが、それ以降秘密の場所の話をする事は無くなった。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ある…、ある…! 1人で花火を見れる場所!」


もし天滝が言ってたその場所に居るのだとすれば、30分で行けるかかなりギリギリなところだ。相良に説明する事も忘れて上月は人混みをかき分けるようにして走り出す。


「ちょ、どこに行くのだ!」


叫んで引き留めようとする相良だが、上月の姿は既に遠く離れてしまっている。

人混みの流れに逆らうように走り続ける上月。すぐに駅に戻ってきた上月は周囲を見渡す。屋台とは反対の方向に山があった。山、と呼ぶにはかなり低めな気がするしその半分以上は木ではなく住宅で敷き詰められている。あのどこかに天滝が言ってた公園があるのだろう。人々はみんな屋台や花火を近くで見れる場所を求めて屋台側に向かっている中、山に近付くにつれて人の数はどんどん減っていく。


「階段…、これ、か…!」


既に息が苦しくなってきた上月はようやく天滝が話していた階段と思われるものを発見する。正直ここからは記憶に自信がないが、今は走り続けるしかない。携帯電話を見ると、20時17分を表示している。残された時間は後13分だ。休憩したいところではあるが、そのまま階段を1段飛ばしで登り始める。天滝が話していた三毛猫の看板があるカフェは思ったよりも遠い場所にあるのか、しばらく階段を登っても見えてこない。もしかして知らないうちに通り越してしまったのか、と考え始めたその時、三毛猫の看板が現れる。街灯が少なく、周囲もかなり暗くなっているが、間違いなく三毛猫の看板だ。


「ここを左に曲がって3つ目の角を右…!」


特別でもなんでもない何気ない話だったのにはっきりと頭の中に残っている天滝の声。それを信じて上月は走り続ける。3つ目の角を右に曲がると、記憶の通りそこには坂道があった。肺が爆発しそうな程に息が苦しいがそんな中携帯電話を確認すると20時30分。もういつ花火が上がってもおかしくない。息苦しさを気合いで誤魔化し、一気に坂道を駆け上る。


「いや…、やっぱ…、無理…!」


だが、人間の体の限界には抗えず、坂道の半分ほどの所で走りを止めてゆっくりと歩き始める。そしてちょうどそのタイミングで上月の耳に花火が上がる音が入ってくる。振り向くと既に花火が無数に空に鮮やかな光を撒き散らしている。早く行かねば、とそのままよろよろと歩き続けて坂道が終わると、左側に公園の入り口が現れる。公園に入り、周りを見渡す。山の下り側にジャングルジムが設置されており、その上には確かに天滝の姿があった。駅からそこそこ離れているためかやや花火は小さめだが、沈黙と暗闇の中を花火の音と光が彩る。そしてそれを見る天滝の表情は後ろ向きのため分からないが、じっと静かに花火を眺めているように見える。ゆっくりと上月がジャングルジムに近づくと、天滝は人の気配を察知したのか素早く振り返って上月の姿を認識し、驚いたような表情を浮かべる。


「風馬…、なんでここに?」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「遅い」


腕時計を見ながら木山はぽつりと呟く。相良との待ち合わせの時間は19時だったはずだが、腕時計は19時10分を指している。やはり女子はルーズだ、と氷川と待ち合わせをする時の事を思い出しながら周囲を見渡す。確か相良はあの白衣のまま来るとか何とか言っていた気がするがそもそもそれが本当なのか怪しくなってきた。しばらくきょろきょろとあたりを見渡していると、赤い髪に白衣を着た人物が目に入る。相良は木山と目が合うと嬉しそうにこちらに向かって歩いてくる。


「やぁ、来てくれたんだな。遅れてすまない」


「科学部のモルモットにされるのは嫌なんでね」


「科学部をなんだと思っている。遅くなったが、この後の作戦を伝える。君はどこか物陰に隠れながら私達に着いて来たまえ」


「…それだけか?」


「ああ、それだけだ。だが見失うなよ? これから天滝を探すんだからな」


相良の言葉に木山は絶句する。もしかしてこの人だかりの中で1人の人間を探そうと言っているのか? はっきり言って不可能だ、と考える木山の思考を読み取ったのか、相良は笑顔で懐からメモ帳を取りしてペラペラとページをめくり始める。


「案ずるな。天滝はどこかの穴場で花火を見ると聞いてな。この辺りの花火鑑賞に適した穴場を片っ端から集めてきた。このどこかに必ず居るはずだ」


「…なら良いんだが」


「そろそろ上月と合流しなければならない。さっき言った通り、見つからずにちゃんと着いてくるんだぞ」


相良の言葉に腕時計を確認するとちょうど19時20分を指している。相良の言葉に頷き、木山はその場を離れてとりあえず少し離れた場所の街灯にもたれて携帯電話をいじるふりをしながら相良の様子を伺う。少しして上月がやってきて相良と少しだけ言葉を交わし、捜索を開始する。木山は携帯電話をポケットに突っ込み、距離を置いて後をつける。相良のやたら目立つ白衣のせいで見失う事は無さそうだ。


「…本当に大丈夫なんだろうな」


それから30分ほど慎重に後をつけているが、一向に天滝が見つかる様子は無い。心無しか相良と上月も焦りを感じているように見える。すると、上月が急に走り出す。天滝が見つかったのかと一瞬思ったが、相良の様子から見るにそれは無いらしい。木山も駆け出し、相良と合流して話しかける。


「何があった」


「分からない。だが上月には何やら心当たりがあるらしいな。リストは半分ほど残ってはいるが追うぞ」


上月を信じて走り出す相良。木山としてはとりあえずリストの場所を回る事を優先したかったのだが、天滝の顔すらよく知らない木山は仕方なく相良の後を追いかける。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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