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底辺男の向夏録 晩夏  作者: 青色蛍光ペン
6/9

6:自分だけの答え

9月17日。木山は青葉の呼び出しを受けた日から特に変化のない日常を送っていた。もとより科学部の事情になんぞ興味はない。はずだったのだが、自分のやり方を勝手に真似て後悔する上月の様子、そしてあの冬の自分と似たような境遇に立つ青葉の様子が木山の頭の片隅から消えてくれない。

ホームルームの先生の話が1ミリも頭に入らないまま解散となり、途端に教室がざわざわとし始める。それでようやくホームルームの終了に気づいた木山は席を立って帰宅しようとするが、木山の視界にひょい、と氷川の姿が映り込む。


「木山君、今日花火大会があるらしいんだけど、良かったら一緒に行かないかな?」


「行かん。帰る」


氷川が話し終えてから木山が答えるまでに1秒、いや0.5秒すらいらなかった。一応今年の夏の区切りでは町内最後の祭りとなるらしい。らしい、というのは休み時間にクラスメイトが話すのが勝手に耳に入って来たからである。だがもちろんそんなものに木山が興味を示すはずもない。氷川も「ま、知ってたけど」と頬を膨らませながら呟き、友達と行くもん、と言い残してその場を去って行く。


「友達と約束してんのなら誘うなよ」


取り残された木山の口から独り言が漏れ出す。ある意味かなり信頼されている木山のノリの悪さは氷川と高橋だけでなく、クラスメイト中に広がりつつある。しかしそんなものは関係ない。元より木山は1人の時間が好きなのだ。早く帰るか、と教室から一歩外に出た木山の腕を何者かが掴む。


「やぁ、木山蓮君」


「…俺木山じゃないです。森です」


「冗談はよしたまえ、噂は聞いているんだぞ。こんな時期に上着着てるのは君だけだ」


木山の腕を掴んだ人物の正体は相良だった。いつも通り放課後になると白衣を着ており、その右ポケットには何やら缶飲料らしきものが入っているのか重たげに揺れている。


「はぁ…、また科学部かよ」


白衣、そしてこのタイミングでの接触。面識は無いが間違いなく科学部だ。見るからに嫌そうにため息を吐く木山の姿に相良は首を傾げる。


「その様子だと、上月以外の部員と話したのかね」


「なんだ、あの暴力女はあんたが送ってきた訳じゃ無いのか」


「暴力女…、恐らく青葉だな。どんな暴力を振られたのかは知らないが、私から謝罪しておこう。さてと、君は話に聞く限りかなり面倒事が嫌いらしいから用件だけ話そう。今夜は19時に駅前に集合だ。私はこの白衣のまま…」


「おいおい待て、何勝手に祭りに行く事になってんだよ」


「ほう、行かないと言うのかい? 行かないのならば我が部室で育てているオジギソウにやる水が明日から半分減る事になるぞ?」


「…どんな脅しだ。とにかく俺はそんな面倒な祭りには行かないからな」


ふざけたような話を繰り広げる相良に呆れて帰ろうとする木山だが、その背中に先程とは全く別の、突き刺すような口調で相良が言葉を投げかける。


「君の探す答えが見つかるかも知れない、と言ってもか?」


相良の言葉に木山は足を止めて振り返る。涼しい表情の相良に木山はゆっくりと問いかける。


「俺の何を知っている」


「全部さ。…と言うのは冗談だ。今、科学部の部員はみんな君の影響を受けていてな。唐突に好きな人物の告白を拒否した上月、そして上月の事が好きなのにその気持ちを殺すために自分を殺す覚悟を決めた青葉。みんな君のやり方なのだろう?」


「青葉、だったか。あの暴力女にも言ったが、俺は自分の行動は正しいから真似しろ、と触れ回った覚えはない」


「もちろんだとも。なんなら私は君の考え方を拒否したいとすら思っている。他人のために自分が必要以上に苦しむのは間違ってる。あと、君の影響のせいで天滝と上月をくっつける計画もめちゃくちゃになってしまったしな」


「前半はともかく後半はただの私怨じゃねぇかよ。否定するならしてみろ。俺が間違っているのならば証明してみろ。別に俺は苦しんでなんかはいないが、結果的に今の氷川は幸せに過ごせているだろ」


「なら今ここで軽く証明して見せよう。まず、ここに缶コーヒーがある」


木山の挑発に笑みを浮かべ、相良は白衣のポケットから缶コーヒーを取り出して見せる。


「私は今とてもこの缶コーヒーを飲みたい。とてつもなく飲みたい。が、この缶コーヒーを飲むと、1時間後に缶コーヒーを飲みたくなった時に手元に缶コーヒーが無い状態になる。分かるかい?」


いや新しいのを買えよ、と口を挟みたくなる木山だが、これはあくまで例え話だ。とにかく今は話を聞く事に集中するために黙って頷く。


「だから、今私はとても缶コーヒーを飲みたいけど1時間後の私のためにこの缶コーヒーを我慢する。しかし、だ。1時間後に私はまた葛藤するのだ。猛烈に缶コーヒーを飲みたい、と。だが、そこで飲んでしまうとさらに1時間後私は缶コーヒーを飲みたくなった時に手元に缶コーヒーが無い状態になる。後はずーっと繰り返すだけだ。君がやっているのはこう言う事なのだろう」


ふざけた例えではあるが、相良の例えは的確で木山は何も言い返せない。その様子を見て相良は勝ち誇った顔で「やはりこんなところか」と呟く。


「私はいつ缶コーヒーを飲める? 君はいつ幸せになるんだい? 君がやってる事は幸せの遅延、とでも言うべきだろうか。私には無駄な事にしか見えないのだが」


「無駄に見えて良いんだ。だが内面は無駄じゃ無い。俺が告白しなければ、俺が氷川を受け入れなければ絶対に拒絶されない。絶対に氷川は俺を拒絶しない。氷川と付き合えばいつか必ず氷川を悲しませてしまう日が来る。このままを維持し続けるとそれも起こらない。これでも俺のやり方は無駄だと言い続けるのか?」


一度は言い負かされかけた木山だが、木山は顔を上げて相良を睨みつけて言葉を吐き出す。しかしそれをも想定していたのか、相良は不敵に笑う。


「その答えが見つかるかも知れない。君のやってる事が無駄なのか否か。見届けてから考えても遅くはないだろう?」


下手をすればオカルト研の黒木以上に頭が切れる相良から逃れられないと判断して、木山は再びため息を吐く。


「…分かった。あんたについて行く」


「物分かりが良くて助かる。あと私は相良まつりだ。せっかくのデートなんだし、まつりちゃん、とでも呼んでくれたまえ」


「分かった、相良さん」


「釣れないなぁ、まぁとにかく時間はさっき説明した通りだ。私はこの服装のまま行くから適当に声をかけたまえ」


約束ができて満足したのか、缶コーヒーのプルタブを起こしながら相良は別れも告げずにその場から離れて行く。一度帰宅するために階段へ向かうにはそのままついて行く必要があるが、そんな気が起こらない木山は黙って相良の背中を眺め続けていた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


木山との約束を取り付けた相良は、そのまま科学部の部室へと足を運ぶ。上月のクラスのホームルームが異常に長い事は相良もよく知っている事である。だが木山との話が思ったより長引いたため既に部室にいてもおかしくないな、と考えながら角を曲がって実験室に続く廊下に差し掛かると、見慣れた背中がそこにあった。実験室にまさに今入ろうとしていた上月は、背後の足音に気付いて振り返る。


「先輩? なんでここに」


「やぁ、少し話がある。中に入ろうか」


気さくに挨拶して上月と一緒に実験室に入り、机に向かい合って座る。席に着くなり相良が口を開く。


「今日花火大会があると言うことを君は知っているかね」


「知ってますけど、それがどうかしたんですか」


察しの悪い上月の態度に相良はわざとらしくため息を吐き、白衣のポケットに入れるために細かく折り畳んだ花火大会のチラシを机に広げる。


「この祭りで、あの時のリベンジをして欲しい、と私は言ってるんだ。悪くない話ではないと思わないか?」


「先輩、もう良いんです。答えは出たんだ。俺が気持ちを抑えつけている限り、俺と天滝の破滅は訪れない。これが俺たち2人が幸せになる方法だって…」


「上月、本当にそれが君の答えで良いのか?」


弱気な上月の言葉に、相良が鋭い口調で言葉を差し込む。


「科学者は、自分で考えた論文を書かないといけない。盗作はタブーだからな。他の論文を参考にする事はあっても、最終的には自らの答えを導き出す。君が導き出したつもりのその答えとやらは木山のものだ。違うかい?」


何もかもが相良の言う通りである、と上月は俯く。何も言い返すことができない上月に相良は厳しかった声色から元の調子に戻す。


「これは以前も話したが、別に強要はしない。あれが君の考えたやり方だと言うのであればそれで構わないし、今回リベンジしてその上で拒否するのであればそれでも…」


「やります」


相良の言葉に上月が割り込む。一瞬驚く相良だが、顔を上げた上月の表情は最近よく見せる何かに悩まされるような、それでいて弱気な表情などではなく、久しぶりに目に光が宿っているように相良は感じた。


「うむ、では駅前に19時半に来たまえ。私はこの白衣のまま向かうから声をかけてくれ」


きっと上月は背中を押してくれるきっかけが欲しかったのだろう、と相良は考える。今まで止まっていたように見えた歯車が、今動き出そうとしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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