3:底辺男の向夏録 9.5話
時は夏休みに行われた科学部の合宿の後半に遡る。
青葉は「射的で全財産費やしてやるぜ!」と上月達と別れた後、しばらくは宣言した通り射的に熱中していた。安っぽい銃のおもちゃに弾となるゴム栓を詰め、ライフルを持つように頬に銃身を当てて狙いを定めて引き金を引く。乾いた音と共に発射されたゴム栓は勢いよく青葉が狙った安いネックレスに向かって飛んで行き、見事命中、はせずに勢いを落として落下する。
「おっちゃんこれ詐欺だろ?」
頬を膨らませて文句を言う青葉だが、屋台のおっさんは笑いながら聞き流す。
「君もしかして射的初めてか? ぜーんぜんなってないぜ? 一旦他のお客さんの射的見てみな」
「そうだ、君のはどちらかと言えば狙撃だな」
不意に青葉の後ろから声をかけたのは相良だ。祭りではないにも関わらず何かの面を頭の側面に付けているからすっかりお祭りムードである、と言いたいところではあるが面を以外に屋台で買ったようなものは持っておらず、いつも通り缶コーヒーを片手に持っている。
「貸したまえ、私も欲しい景品があるんだ」
相良の勢いに押されて青葉が銃を渡すと相良は缶コーヒーを左手に持ち、これでもかと台から身を乗り出し、腕を限界まで伸ばして銃口を『花火』と書かれた札に近付けて引き金を引く。先程と同じく乾いた音でゴム栓が発射され、見事札を撃ち抜く。
「ちょ、そんなのありなのかよ!?」
「ありもなにも、射的とはこう言うものだ」
青葉が不満気に屋台のおっさんの方を向くと、おっさんは青葉の目線を笑顔で受け流し、店の裏に回ってスーパーで売ってるような手持ち花火のセットを持ってくる。
「ほい、こいつが景品だ。この姉ちゃんの言う通り、今のが射的だ。どんだけ狙っても、弾届かないと意味ないだろ? 次のはおまけしといてやるから、やってみな」
話しながら相良に花火を手渡し、青葉にはゴム栓が入った銃を手渡す。青葉はさっき相良がやっていたように台から身を乗り出して腕を伸ばし、ネックレスが入っている箱に向かって引き金を引く。勢いよく発射されたゴム栓はネックレスの箱の上部に命中して景品台から落ちる。
「これは驚いた、君覚えが早いんだな」
おっさんは驚いたような表情でネックレスを拾い、青葉に手渡す。それを見て訝し気な表情を浮かべたのは相良だ。
「本当に儲かっているのか?」
射的を何度か経験している相良からすれば青葉が1発でネックレスを落とせたのは驚くべき事だった。相良もそこそこの景品を狙ったにも関わらず1発当てるだけで景品を獲得できた。いくらなんでも上手くいきすぎだ。銃に何かしら細工がされているのでは? と考えているのを相良の言葉と表情から全て察したのか、おっさんは人差し指を立てて唇に当てる。
「バネを少しだけ、な。どれだけ儲かっても目の前の客が渋い顔して店から出てくのは見てらんねぇだろ?」
この話が広がればここの射的は間違いなく潰れてしまうだろう。相良と青葉は気前のいいおっさんの話は聞かなかったことにして屋台を出る。その後青葉と相良は何軒か屋台を回ったが、さっきの射的のおっさんと同様に金稼ぎと言うよりは客の笑顔を見るのが楽しい、と言った目的で屋台を開いているのが大多数らしく、2人ともとても満足行く時間を送る事ができた。
「さて、そろそろ私は海にでも行こうかな」
ひとしきり屋台を見終わったタイミングで不意に相良が呟く。ここから1番近い海と言えば、昨日の昼に上月と2人で行った旅館のすぐ近くの海だ。
「海、ですか。もしかして花火ですか!?」
青葉の言葉に相良がこくりと頷く。一気にテンションが上がった相良は早速上月と天滝を呼ぼうと携帯電話を取り出すが、すぐに相良に取り上げられてしまう。
「こらこら、私たちの目的を忘れたか?」
相良と青葉の目的。それは言うまでもなく上月と天滝をくっつける事である。そのために本来みんなで回る方が楽しい屋台も2人きりで回らせているし、青葉は昨日海岸で天滝が上月に好意を持っている、ということを上月に伝えた。
「…忘れてないです。でも花火まで2人を仲間外れにするのはちょっとどうかなと思うんですけど」
「仲間外れなんかじゃない、これはセッティングだ。上月には私たちの夕食を買って部屋に戻っておくよう既に連絡してある。そして私達はそのタイミングで海岸で花火をするんだ。夏の告白と言えば花火だろう? 確か部屋から海岸が見えたはずだ」
「告白に花火って…、どんだけベタなんですか」
「王道は王道だから王道なんだ。1番上手く行ったり、1番しっくりくるからこそそれは王道として使いまわされている。王道を行くことは別に悪いことではないだろう? あと、この方法だと上月達を部屋に2人きりにできる」
「…なるほど、確かに言われてみたら効果ありそうですね。でもあいつら本当に告白しますか? こんな即席のシチュエーション整えるだけで動くならここまで焦ったい事にはならなかったと思うんですけど」
「それについては既に考えている。携帯電話のメールで私は上月に、君は天滝にメールを送るんだ。これで2人とも逃げづらくなるだろう」
相良は青葉の疑問を全て即答で斬り捨てていく。どうやら相良も今日この時のために色々準備を行っていたらしい。その様子を見て安心した青葉は、素直に相良に従うことにした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
周囲もかなり暗くなった頃、青葉と相良は旅館の前にある海岸に来ていた。屋台が並んでいた道から結構離れているため小さな波の音が聞こえる事を除けば比較的静かな環境だ。
「時間だ。そろそろ始めようか」
携帯電話で時間を確認した相良が旅館の自分たちの部屋を眺めていた青葉に声をかける。
「あれ、まだ上月達帰ってないみたいですけど」
「構わない。上月達に見つかってから始めるよりもあらかじめ花火を楽しんでいる方が自然だろう」
「自然って…、もうとっくに気づかれてると思うんですけど」
あくまでも相良は自然にシチュエーションを組み立てているつもりらしい。そんな相良に小声で突っ込みを入れながら青葉は手持ち花火の火元となる太いロウソクを取り出して砂浜に設置し、火をつける。風はやや強めだが、ロウソクについた火は消える事なくゆらゆらと揺れている。その蝋燭に手持ち花火の先端を近付けると、色とりどりの火花が花火の先端から吹き出てくる。
「おお、ちゃんと使えるじゃないか」
その様子を見て相良が歓喜の声を上げる。相良としては射的の景品で手に入れたため湿気などを気にしていた訳だが、どうやら心配は杞憂に終わったらしい。
「花火なんて数年ぶりですよ」
上月達へのお膳立てとは分かっていても楽しいものは楽しい。しばらく2人で花火を楽しんでいると、旅館の相良達の部屋の電気がつく。
「先輩! 上月達帰ってきましたよ!」
「分かった。今すぐ天滝にメールを送るんだ」
青葉の報告に相良は一旦花火をやめ、携帯電話を取り出して上月にメールを送るため文字を入力し始める。同じく青葉も文字を入力するために手を動かす。
『私達今下で花火やってるんだ。多分今から来ても無くなっちゃうから、2人で待っててね!』
ここまで入力して送信ボタンを押そうとするが、そこで手が止まる。そして暑さで汗が滲む額を拭いながら追加で文字を入力して送信する。
「なるほど、やはりそうだったか…」
不意に相良が屋台の通りの時と同じように青葉の手から携帯電話を取って呟く。
「ちょ、先輩!? それは違っ…」
「大丈夫だ。君は言っただろう。『影響されるに決まっている』と。いいから今は早く花火を始めたまえ。不自然になってしまうだろう」
相良の少し強めの口調に青葉は素直に従って花火を再開する。華やかに散っていく火花から目を離して部屋の窓の方を見上げると、上月と天滝らしき人影が映り込む。こちらからは表情は見えないが、恐らくどちらかが切り出したのだろう。
「で、さっきのあれはなんだ」
火が止まった花火をバケツに突っ込み、新しい花火をロウソクに近付けながら相良が問いかける。あれ、と言うのは先程のメールの事だろうか。
『私達今下で花火やってるんだ。多分今から来ても無くなっちゃうから、2人で待っててね!
今夜告白しないと、私も上月の事狙ってるからな』
これがメールの全文である。青葉は窓の方を向きながら弱々しく答える。
「私にも正直分からないです。いつから上月の事が気になってたとか、なんでなのかも分からない。でも、上月は男子の中で唯一友達みたいに接してくれた…」
青葉は女子ではあるが男勝りな部分があるため女子仲間の中は可愛らしい話の中でかなり浮いてしまうし、男子も友達のように接してくれるのはそうだが、あくまでも女子であるためかどこか遠慮しがちな部分があり、ファッションとか化粧とかスイーツの話ばかり振ってくる。青葉の言葉に相良は苦笑いを浮かべる。
「私から言わせてもらうと、あれは無神経なだけだと思うんだがね。ところで、上月達の展開を君はどう見る」
最初の方は笑っていた青葉だが、相良の最後の言葉に表情がふっ、と無くなる。
「ここまでやったら流石に付き合うと思いますよ。邪魔するのがダメって分かってても、横から入っても無駄だと分かってても、手を出さずにはいられなかったです。だからもう後悔は無いですよ」
「私としては科学部が円滑に行くのであればなんでもいいんだがな。…しかしそうもいかないらしい」
相良の言葉に、いつの間にか俯いてとっくの前に火が止まっていた手持ち花火の先端を見ていた青葉が顔を上げると、ちょうど人影のうちの片方が窓から離れていく所だった。どこか様子がおかしいように見える。
「話が変わった、行くぞ!」
まだ火が付いている花火をバケツに放り込んで相良が旅館に向かって駆け出す。「は、はい!」と返事をして走りづらい砂の上を駆け出す青葉の心はいけないと分かってはいながらもどこか踊っていた。
読んでいただきありがとうございます。評価などしていただけるとモチベが上がりますのでよろしければお願いします!