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底辺男の向夏録 晩夏  作者: 青色蛍光ペン
1/9

1:崩れた日常

『底辺男の向夏録』を読んで頂いた方、初めてこの作品を見て下さっている方々全員にまずは感謝します。底辺男の向夏録ではあまり夏の季節感を出すことができていなかったことが反省点です。その課題を少しでも克服し、火曜日投稿をしていくつもりですのでよろしくお願いします!

9月2日。夏休みが終わって学校初日。始業式を終えて午前中で学生は解散となる。家に帰る者は家に帰り、部活がある者はそちらへ向かう。そんな中、上月風馬うえつき ふうまは屋上へ向かっていた。


『…悪い。俺は天滝と付き合う事は、できない』


上月が入部している科学部で開催した夏休みの合宿。そこで上月は幼馴染である天滝楪あまたき ゆずりはに告白された。上月も天滝の事が好きだったはずだ。両想いだったはずだ。だが、上月は天滝の告白を拒否した。


「…あれは本当に正解だったんだろうか」


ドアを開け、独り言を呟きながら暑さが残る屋上に足を踏み入れる。すると目の前に黒に近い茶髪のショートヘアが特徴の青葉夏希あおば なつきが腕を組んで立っていた。


「正解だとしたら、なんでそんな暗い顔してんだよ」


元から暗い顔だ、と冗談をこぼせたらどれだけ良いだろうか。しかし場の雰囲気がそれを許さない。


「何の用だ」


冗談を言うのを諦め、直球に質問を投げかける。そもそも上月をここに呼びつけたのは青葉である。元から覇気のない声からさらに半分ほどボリュームの落ちた上月の声に青葉は「はぁ」とため息をついて上月の手を掴んでベンチに引っ張って行って座らせ、青葉は少し距離を空けて腰を下ろす。


「上月、お前何で断ったんだよ。あいつめちゃくちゃ傷ついてんだぜ?」


あいつ、と言うのはもちろん天滝の事であろう。そもそもそんな事言われなくとも分かっている。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ふ、風馬…?」


旅館の部屋の一室の海が見える窓の前で信じられない、と言った顔で天滝が固まる。上月は静かに目を逸らして窓の外に目を向ける。こちらの部屋のことを見ながら花火を楽しむ青葉と科学部唯一の3年生の相良さがらまつりの姿が目に入る。どうやら2人とも今この部屋の状況は分かっていないらしい。


「悪い。本当に…」


謝りつつも自分でも何を言っているのか分からない。あと一歩、あと一歩先で手を伸ばせば、いやなんなら手を伸ばさずともハッピーエンドが手に入ったはずだ。今上月が取っている行動はそれを跳ね除けるようなものである。


「嘘…、なんで…? ねぇ風馬なんで…!?」


「…他に、好きな人がいるから、な」


小さな声で答える上月。その隣で天滝は立ち上がってくるりと上月に背を向ける。その背中は小刻みに震えており、泣いていると言われればそう言えなくもない。10秒ほど立ち止まっていた天滝だが、沈黙に耐えきれなくなったのか口を開く。


「そ、そっか。じゃあ…仕方ないね! 私…、ちょっとみんなの分の飲み物買ってくるね!」


元気に取り繕っていたが震える声は隠せていなかった。その後花火を終えた青葉と相良と合流して事の全てを話した。2人とも残念がっていたが追及はしてこなかった。そして天滝は飲み物を買って帰ってくる頃には先ほどの様子は残っておらず、合宿が終わるまでいつも通りの天滝だった。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「あいつが傷ついている事ぐらい俺にだって分かってる」


青葉の言葉に少し強めの口調で上月が答える。夏休みの間何度それを考えたか分からない。今でもなぜ拒否してしまったのだろう、と後悔し始めたら止まらない。しかし、そんな上月の姿を見て青葉は表情に笑みを浮かべる。


「…ま、なんでも良いけど良かった」


「良かった…?」


「お前が元気そうだったら、まるで遊びで天滝を振ったみたいに見えるだろ? でも今の上月見てたらそうじゃないんだなーって」


「やるわけないだろ、そんな最低な事」


「あはは、それを聞けただけで良かった。お前はちゃんと真剣だったんだな」


上月の言葉を聞いて安心している様子の青葉。合宿の時は深く追及してこなかったが、彼女なりに何かと不安だったようだ。てっきり怒っているものだとばかり考えていたのもあって軽く肩透かしを食らった気分になる。


「俺は最初から最後まで真剣だ。それより、天滝の様子はどうなんだ?」


「うーん…、見た感じはいつも通りのだけど、内心何思ってるのか分からないな…っと、どうやら今日の部活は休みみたいだな」


話しながら携帯電話を開いて休みを伝える青葉に釣られて上月も携帯電話を取り出して画面を見ると連絡用にと入れていたアプリにメッセージが届いている。アプリを開いて確認するとそこには「今日は休みと言ったがあれは嘘だ。君だけは今から実験室に来たまえ」と相良から直接メッセージが届いている。


「…すまない、用事ができたから俺はもう行くぞ」


「え? ちょ、急すぎない?」


驚く青葉を置いて立ち上がり、そのまま屋上を後にし、実験室に早足で向かう。扉を開くと白衣を着た相良が机に座っていた。上月が来たのを確認すると顔を上げて正面に座るよう促される。言われるがままに席に着くとすぐに相良は口を開く。


「呼び出された理由は分かっているかい?」


「どうせ天滝の件ですよね」


「ああ、察しが良くて助かる。で、青葉なのか? 私なのか? それとも氷川雪菜って線もありえると私は踏んでいるんだが…」


「ちょ、待ってくださいよ。なんの話してるんすか」


想像の斜め上、いやどちらかと言えば斜め下の事を言われて出鼻をくじかれた気分になる。


「ふむ、私は君が天滝以外に好きな人が居ると彼女から聞いたのだがね」


どうやらいつなのかは分からないが既に天滝と話した後らしい。だったら彼女の言いたい事も分かっている。上月は「はぁ」、と息を吐いて口を開く。


「からかうのはやめてください。全く、真剣な話かと思ったら結局おちょくりたいだけじゃないすか」


「いやいや、冗談だ冗談。もちろん真剣な話をするつもりだったが、思ったより君が落ち込んでいたものでね。さてと、聞きたい事は色々あるが、まずは科学部の存続についてだ」


「…は?」


再び想像していた話とは別方向のものをふっかけられて驚く上月。だが、相良が言いたい事はよく分かる。合宿以降、夏休みの間に科学部が、少なくとも上月が科学部のメンバーと会う事も無ければ話すことすら無かったのだ。あの時はここまで考えていなかったが、上月の拒否は実質的に科学部の半壊を招いていたのだ。


「は? ではないだろ。君のせいで、科学部は崩壊したと言っても過言じゃない」


「…それは深く反省してます」


「それに君は私の個人的な願いも蹴散らしてしまった訳だ」


相良の願い。要約すると上月と天滝が両想いだと言うのに一向にくっつかないからぎくしゃくしている。だから科学部の一致団結のためにもさっさとくっついてくれ、というものである。


「無理にとは言わないって先輩言ってたじゃないですか」


「馬鹿者、あんなもの建前に決まってるだろ」


お互いに悪びれる様子がない状況に思わずお互いの顔に笑みが浮かぶ。1人の女子では無く1人の友人のように振る舞える関係である青葉に対して、相良に対しては本心をさらけ出して話をする事ができる。ある意味一番遠慮のない関係とも言えるだろう。


「上月も良い感じにほぐれたし、そろそろ理由について聞かせてもらおうか」


「理由…ですか」


正直自分でも知りたいほどである。なぜ自分は天滝を拒否したのだろうか。確かあの時、頭の中で…。


木山蓮きやま れん


「木山蓮? どうしてそこであの捻くれ男が出てくるんだ」


「木山は言ってた。俺は自分が相手の隣にいる価値があるのかを判断した上で氷川の事を好きになってはいけないって…。俺もあの時考えてしまったんだ。天滝は可愛いし、優しいし、元気があって一緒にいて勝手に笑顔になれる」


「…ベタ褒めじゃないか」


「そんな天滝に俺は勿体ないんじゃないかって思ってしまったんですよ」


「ほう、つまり木山蓮の捻くれた思想に影響されました、って訳か」


相良の言葉に上月は何も言い返せなかった。相良の言う通りで、上月は木山の考え方に影響され、自分の気持ちをそっちのけで木山の考えを優先して天滝を拒否したのだ。黙り込む上月に向かって相良はバーでグラスを滑らせる感覚で銀色の物体を上月の手元に滑らせる。受け取って見ると100円玉が上月の手のひらで光っている。


「…まぁ今は何も言わないさ。きっとこれから君は変わっていける。これは君の未来がいい方向に向いてくれた時の祝いの前払いだ。好きに使いたまえ」


そして相良は上月の言葉を待つ事なく立ち上がり、実験室の出口のドアに手をかけて口を開く。


「あぁそうだ、科学部は崩壊したが、部活自体が消えるわけではない。鍵の管理は君に任せた」


それだけ言い残してドアを開けて出て行ってしまう。相良と話して背中にのしかかる何かが僅かに軽くなったように感じた。

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