縁の切れ目が
最近よく見るハイファンに挑戦しました
一枚の書類にサインをする。
たったそれだけで、七年もいたパーティーとの縁が切れるのだから、笑えてくる。
シュレインは笑みを隠しつつ、離脱証明書に名前を記入した。書き終えた瞬間、書類を掻っ攫うように奪われた。
テーブル越しに前に座る元パーティーメンバーが、書類を見てニヤニヤと笑っている。中央の男、リーダーのウルクが嘲笑いながらシュレインを横目で見た。
「これでやっっっとお荷物が出て行ってくれるのか! 清々するぜ!」
「そうだなウルク!」
「おら、さっさと目の前から失せろ! そこの大荷物も忘れんなよ?」
汚らしく笑い声をあげる三人に、もはや何の感情も抱かない。それよりも、自分の袖を小さく引く存在の方が重要だ。
「行こう、ムツキ」
「うん、お兄ちゃん!」
そう言って元気よく返事をしてくれるムツキ。
腰までの黒髪に赤い瞳という珍しい色合いの少女は、シュレインと共にパーティーを出て行くことを決めている。
小さな手を引き、煩い声をBGMにシュタインは食堂を出て行った。
冒険者パーティー、『正義の力』と言えば、この一年の間に急成長した、飛ぶ鳥を落とす勢いで功績を上げていると話題だ。
あっという間にAランクまでのし上がり、いよいよSランクも目前といった立ち位置だ。
しかし、シュレインから見ればそこまでの実力はないはず。
剣士のウルク、格闘家のロット、砲手のゾンタ。いずれの三人共、一言で表せば脳筋。敵の弱点、地理、搦め手など一切不要。力技でゴリ押すという、『正義の力』というよりは『力こそ正義』を地で行く面子だ。
その中で一人、シュレインだけがそう言った条件を駆使して戦っていた。
その為、三人からの評価は『火力不足の役立たず』。
あからさまな冷遇の中、耐えていたのは単純な理由。今は亡き故郷の生き残り同士だったからだ。
七年前、突然村を襲ったモンスターの群れ。遊びに出ていた三人と薬草取りに出ていたシュレイン以外、誰も助からなかった。
だからこそ、被害を食い止めようと四人で冒険者を目指し、パーティーを結成したのが七年前。
あんな腐った奴らだとは思わなかった。
「お兄ちゃん! ムツキ、甘いもの食べたい!」
「甘い物? じゃあ、果物でも買おうか」
「わーい!」
「でも、一個だけだぞ? 食べ過ぎはよくないからな」
「それでも嬉しい!」
満面の笑みで喜ぶムツキに、シュレインも笑みが零れる。
稼ぎの殆どはウルク達が持っていっていたが、自分で狩った素材の売り上げは手元にある。しばらくは持つだろう。
その間に、今度は自分に合いそうなパーティーに入れてもらおう。少なくとも、ウルク達より酷いパーティーはないはずだ。
問題は、ムツキの存在だろうか。
しかし、シュレインにとってはムツキの方が大切なので、そこに引っかかるようなパーティーは申し訳ないがこちらからお断りだ。
ムツキと出会ったのは一年ほど前。とあるダンジョンを攻略中に、気づけば一緒にいたのだ。
急な存在に慄き、ウルク達は剣を抜いた。
だが、シュレインは違った。無邪気に笑うその姿に、亡き妹の面影が重なったのだ。
その場でウルク達を説得し、何もかもをシュレインの取り分から面倒を見るという事で話がついた。
シュレインの想いを汲んで渋々といった様子だったが、シュレインの扱いを考えれば意見が通っただけでも嬉しかった。
ムツキはいい子だ。最初はやんちゃばかりだったものの、きちんと諭せばわかってくれる。
名前を教えてくれ、兄と慕ってくれるまでに時間はかからなかった。
その頃からだ。
レアモンスターと遭遇して退治できたり、ダンジョンで隠し通路を見つけて高級アイテムを手に入れたり、様々な幸運が降りかかる様になったのは。
本来なら勝てないような強敵でも、たまたま弱点をつけたり弱っていたりと、お膳立てされたような戦闘。
ウルク達は自分の実力だと高括っていたが、シュレインはムツキのお陰ではないかと考えている。
それを裏付けるかのように、ムツキは一年経っても出会った時と同じ姿だ。
普通の人間なら、十も満たない少女など、一年経てば大なり小なり成長するはずだ。この時点で、ムツキは異種族だとシュレインは確信していた。
だが、ウルク達は違ったらしい。段々と扱いがより雑になっていき、昨夜、本音を聞いてしまった。
『あのガキ、全く成長しねぇな。バケモンかよ』
『全くだ。大きくなりゃあそこらの女よりもいいと思ったんだけどなぁ』
『でかくなきゃあ意味ねぇだろ』
『だな。折角、いい性処理道具になりそうだったのにな』
飲んだくれている三人の本音に、シュレインは体の芯から冷めていくのを感じた。
シュレインの妹への想いをわかってくれたからこそ、同行を許してくれたものだとばかり思っていた。その想いを、土足で踏みにじられた気分だ。
もはや、同郷の情などない。
その足でギルドに赴き、パーティー離脱の証明書を手にした。
そして今朝。それをウルク達に差し出し、ムツキを引き取ることを条件にパーティーを抜けた。
選んだ果実は、甘酸っぱい味が特徴的な手のひら大の物だった。道の端で果実を頬張るムツキを見守る。自然と笑みが零れてきた。
最初は妹の代わりだったのかもしれないが、今では妹同然だ。ムツキのいない生活は考えられない。
何が何でも、守らなければ。
そう考えているシュレインの耳に、大勢の足音と金属がぶつかり合う音が響いた。
「確保ー!」
「え」
ドドドと土煙と共にこちらに走ってくる、全身鎧の兵士達。一目散にシュレイン達に向かってくる圧に驚く間もなく、兵士達によってその場から連行された。
そのまま止めてあった馬車にぽいっと入れられ、怯えるムツキを抱きしめながら揺られる事三日目。
降ろされた場所にそびえ立つ白亜の城にシュレインは間抜けな顔を晒した。
大国、ローレンティアの王城だ。『正義の力』として活動していた時でさえ、訪れる事はなかった場所。
そんな場所に、自分とムツキが連れてこられたのか。疑問に思考が止まるシュレインを他所に、事態はどんどん動いていく。
「誠にすまなかった!」
王座の間に連れてこられ、国王がこちらを見た。瞬間、青ざめた顔で立ち上がり、土下座で謝罪。
訳が分からない。もはや、シュレインの手に負えない状況だ。
王の命令で兵士達が下がり、国王とシュレイン達以外には大臣クラスの偉い立場の人間だけが残っている。
その全員が、未だに土下座状態だ。声をかけていいのか、動いていいのか、シュレインの判断を超えている。
「ねーお兄ちゃん。何でいっぱい人が座ってるのー?」
「あれは座っているんじゃなくて……説明しづらいな」
「それより、抱っこして? ずっとガタガタしてたから、眠いの」
「それは……」
流石にこの場では。そう思って国王達の方を見れば、必死の形相で提案を促している。
よく分からないが、ムツキの願いを優先させていいようだ。
「いいって。ほら、おいで」
「わーい!」
しゃがんで腕を広げるシュレインに、ムツキが飛び込んでくる。立ち上がってその背を数回摩ってあげれば、すぐに小さな寝息を立て始めた。
それを見て、大臣たちからひそひそ話が聞こえてくる。
「すごい……『ザーラシ』が完全に懐いているぞ……」
「名前も教えてもらっているとは……」
「『ザーラシ』?」
「そこからか……では、説明せねばならないな」
聞き覚えのない単語にシュレインは首を傾げる。それに対し、国王がやっと腰を上げて玉座に座りなおす。
そして、ムツキへ視線を移して口を開く。
ザーラシ種。東にある小さな国に生息する妖精。十二匹しか存在せず、その姿は必ず七、八歳の黒髪赤目の少女である。
人前に出る事はほとんどなく、御伽噺として語り継がれている程、珍しい存在だ。
彼女達は基本的に自由奔放であり、気に入った所に勝手に住みこむ。それは家であったり、国であったり、近年では冒険者パーティーだったりする。
そうしてザーラシ種が住む場所はあらゆる幸運に見舞われる。富、権力、名声。全てが手に入るのだ。
だが、リスクは大きい。気まぐれなザーラシ種は、飽きればその場所から離れる。すると、今まで得た幸運と同じ位の不幸が襲ってくるのだ。
あくまでそれは、自主的に離れた場合。ザーラシ種の意思に関係なく住処を追いやれば、それ以上に悲惨な運命が待ち受けている。
ザーラシ種は福の神でもあり、貧乏神でもあるのだ。
国王の説明を受け、シュレインは腕の中で眠るムツキを見る。パーティー躍進の理由はそれだと、納得した。
それ以外に思う事は特にはない。例え、どんな存在だったとしても、シュレインはムツキを守ると決めていたのだ。今更揺らがない。
「もしかして、ここに別の子がいたのですか?」
「ああ、その通りだ。二年程前に住み着いてな……文献を調べさせ、詳しい事を知った。そこから必死に彼女の機嫌を取っていたのだが、一週間前に姿を消してしまった。必死に捜索させ、見つかったと思ったのが別のザーラシ種とは」
国王が重いため息をつく。それと同じ位、大臣たちに疲労の色が濃く出ている。
それもそうだろう。ザーラシ種がいなくなったという事は、この国に不幸が降りかかってくるという合図だ。捜索に必死にもなるだろう。
だが、見つからなかった。もう、他国にでも行ってしまったのだろう。
この国の先にシュレインが何も言えずにいると、国王が急に目を光らせてシュレインを視界に映す。
「貴殿に頼みがある! ぜひ、この城にいてくれないか!?」
「え、ええ!?」
「本来、ザーラシ種は人を判別することなく、自分の名も明かさない。そうにも拘らず、貴殿は認識されて名前も知っている。恐らく、そのザーラシ種と信頼し合っているのだろう。だからこそ頼む! このままでは、この国は終わりだ!」
再び土下座の国王と大臣達。戸惑うシュレイン。
「ム、ムツキに聞かないと分からないので……起きてからにしていただいても?」
そう答えるのが精一杯だった。
「ムツキがここに住むー? ムツキはお兄ちゃんと一緒がいいから、お兄ちゃんがここにいるならムツキもいるー!」
その一言で、シュレインの王城勤めが決定した。
大臣の席を用意しようとする国王を止め、下っ端でいいというシュレインを大臣たちが止め、決まった配属先は騎士団の支援係だった。
国王からの推薦という事で、最初は数名を除いていい顔をされなかった。だが、ウルク達に比べれば遥かにマシだったので特に気にしなかった。
それも最初だけであり、野営の設置、モンスターとの戦闘、地理を用いた罠の提案。
今までの経験を用いて動けば、少しずつ認めてくれた。久しぶりの褒め言葉に、胸が温かくなったのを覚えている。
王女を暗殺者の狙撃から身を挺して守った時には、団員皆が褒めて、怒って、心配してくれた。
ウルク達だったら、守って当たり前という態度だったので、涙が出る程嬉しくなった。
まだ二ヵ月だというが、シュレインはすっかり騎士団の一員として認められていた。
「シュレイン様ー! ムツキちゃーん!」
「王女殿下!?」
久しぶりの休日。朝からムツキの部屋で遊んでいると、第一王女であるリリアが入って来た。その後ろには騎士団の仲間が数人、護衛として着いている。
シュレインが守った事件以降、リリアは積極的にシュレインと関わろうとする。
そこにムツキとの交流も含まれており、隠すのも嫌だったので国王の許可の元、騎士団にムツキの紹介はしてある。
可愛い妹だと皆は受け入れてくれ、時節遊んでくれるようになった。
最も、その頻度はリリアの方がはるかに多い。
「ムツキちゃん! 今日こそ『お姉ちゃん』と呼んでもらいますよ~!」
「やだ」
「ムツキちゃ~ん」
ムツキと楽しそうに遊ぶリリアの姿は微笑ましい。リリアは末っ子だから、妹が欲しかったのだろう。
そう仲間に話したところ、血涙を流しながら爆発しろと言われた記憶は新しい。未だにあの意味は分からない。
「シュレイン、ちょっと新聞読んでいいか?」
「ああ。かまわ……!」
護衛の一人が新聞を掲げて許可を求めたので、返答しようとそちらを見る。
そして、新聞に見慣れた顔が写っているのを確認して言葉が止まった。
「悪い! 少し貸してくれ!」
「お、おおう」
シュレインの気迫に押され、素直に貸してくれる。それを広げてしっかりと見れば、やはり見間違いではなかった。
ウルク、ロット、ゾンタの三人の顔が写っている。大きな見出しには処刑の文字。文章へと目を向ける。
『正義の力』はクエスト失敗の連続で、AランクからCランクまで一気に落ちたらしい。
その中で何を考えたのか、白昼堂々と少女を誘拐しようとしたとのことだ。だが、少女の両親が所属するパーティーメンバーによって阻止、捕縛された。
問題は、そこが他国の王弟が率いるパーティーであり、被害者が王弟の娘だったという事だ。
裏があるかもしれないと、厳しい拷問が行われたという。結局、単なる小児性愛者達の暴走ということになったが、王族が狙われたのは事実。
その為、自国で公開処刑されたようだ。
文章を最後まで読んでも、同情の気持ちが湧いてこない。シュレインはそんな自分に少し驚いた。
狙われた少女がどういった容姿かは分からないが、ムツキに似ていたのだろう。クエストの失敗続きでムツキの能力に気付いたのかもしれない。
そこで、同じ様な存在だろう少女を無理矢理パーティーにいれようとした。そういったところだろう。
ザーラシ種を無理矢理追い出した場合、悲惨な運命が待ち受ける。国王の説明通りだ。シュレインは新聞を返し、ムツキへ視線を戻す。
満面の笑顔で、リリアと『オリガミ』という遊びをしている。その笑顔を見ていれば、余計な考えが消えていく。
今の居場所はここだ。シュレインは、雑念を振り払うのだった。
ザーラシ→座敷わらしです、はい。
閲覧ありがとうございます。宜しければ他の作品も読んでみてください。