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(前半)

「パパって何の仕事してるの」


 素朴で直球な疑問が飛んできた。五歳となる息子の無邪気な姿に心休まる。留まるところを知らない元気さが勇気を与える。


「パパはヒーローなんだ。地球を脅かす強くてこわーい怪人から地球を守ってるんだ」


 フィクションめいた戯言を恥ずかしがることなく言い切った。それもそうだ。そのことに嘘偽りはない。躊躇うことなどひとつもない。それに有耶無耶にした抽象的な言葉だ。

 追求されると言葉を濁す。それ以上深追いされたら必ず回避する。それは息子には、知人にも、近所にも知られたくないものだった。

 この仕事は──



 人が住まうことのない新築物件が建ち並ぶ道。広瀬(ひろせ)タクトは小さな子ども達が無邪気に歩き回る走り回る道を息子を連れてこずに一人で歩いていた。

 広場は子ども連れの家族でたむろっていた。蜜を避けるためにある程度人数制限されているのだが、それにしては人が多い。それもそうか、新築物件を観察する人々が一定人数いてディスタンスが取られるのだが、そんな彼らは家の観察をやめて広場に集まっているせいで予想以上に人が密集している。

 ステージの上に置かれた箱。その中に手が捕まれボールが取り出される。「28番」と聞くと、人々は手元のカードを見て、その中の少数が指を突き刺し、カードを貫通した。

 楽しそうだな。ふけながらステージの裏側へと隠れた。

 表では賑やかな雰囲気に漂っている。それを感じながら裏で荷物をおろした。


「広瀬さん。本日もよろしくお願いします」


 小さなテントの中で機材がスペースをとる。余ったスペースをせかせかと人がすれ違っていく。狭い通路を通って少し広めの休憩スペースを陣取った。

 十分に体を伸ばしていく。学生時代にやってきた新体操のおかげか体はとても柔らかい。長座体前屈、体を真っ直ぐ伸びる膝にくっつけた。


 そう、この仕事は演劇界の一つ、イベントで戦隊ヒーローの劇を行う仕事である。戦隊モノのヒーローになり切って、イベントに集まった子ども達を喜ばせる。そして、タクトの担当はマスクや衣装で全身を包み込んで、体を隠し演技するヒーローの中の人であった。

 それだけなら何も隠すことはなかった。どうしても誰にも言えない多言無用の事実がある。


 表ではビンゴ大会が終わった。次は戦隊モノの番だ。

 更衣室に言って、特別なスーツに身を包む。どんなに激しく動いても破けない強固な作りながらも、非常に動きやすいスーツである。

 体を包んだ。後はマスクのみだ。

 ここからは一切喋ってはいけない。最後の深呼吸をしてからマスクを被った。


「先輩、出番です」


 後輩が表からやってきた。今度は俺が表へと出る番だ。

 太陽がギラつく炎天下の下でステージの上に凛と立つ。裏から機材を使って声を届ける後輩。可愛らしい声に合わせて動いていく。しなやかな動きと可愛いい仕草を心掛けながら仕事をこなす。

「みんなの愛は世界を救う。世界の愛を受け取った私に、あなた達はもうメロッメロ。アルファピンク!」

 片足をあげて、横からピースサインを片目にのっける。これが決めポーズである。

 この仕事を詳しく説明したくない理由。それは俺が戦隊モノのピンクの中の人をやっているからだ。恥ずかしすぎて誰にもバレたくない。

 (アフレコ)は女の子。格好も女の子。けれども、演じているのは子持ちのおじさん。黒歴史になりつつある。


 ピンクの俺以外に、レッド、ブルー、グリーン、イエローの同僚が横に並んでいる。そして、「ポリス戦隊アルファージャー」の掛け声とともに大爆発の音響が入った。

 後は目の前にいる怪人のコスチュームをした奴らに攻撃するふりをするだけだ。当てずに近くを攻撃することで、相手は勝手に合わせて攻撃されたふりをする。

 その手筈だったのだが、一人のモブ怪人だけは攻撃しても倒れるふりをしない。

 そう言えば、新人が一人入る予定という連絡を思い出した。もしかすると、初めての本番で緊張して脚本を忘れてしまったのだろうか。本来のボスはもう倒したのに何故かそのモブ怪人だけが無傷で生き残っている。成り行きでそのモブがボスへと昇格していた。観客も突然の展開に興奮を隠せない。

 思わぬ最強の敵に観客の応援はヒートアップしていく。

 俺は、俺らは、はやく脚本を思い出すか空気を呼んでくれと祈るばかりだった。

 ふと彼は脚本に反して不思議な行動を取り始めた。

 手を前にする。

 突如、現れるユダヤの星に似たマークの魔法陣。なんだろうか。こんな仕掛け、聞いていない。マジックには必ず種と仕掛けがあるように、これにも種と仕掛けがあるはずだ。見落としていたのか、それとも展開が変わったのか、なんて思った。


 それは間違いだった。

 これは完全なるイレギュラーな事態。そして、それを止めることは誰もできなかった。



 次の瞬間、観客のいたステージの風景が一瞬にして消え去った。

 テレポートのような、非科学的な現象が起きていた。

 三十度越えの猛暑よりかは涼しいのに、辺り一面砂漠の黄金世界。周囲にはフードのようなものを被った賢者が囲んでいる。

 マスクを剥いでその場を傍観する。滴り落ちる汗で砂は泥に変わり、地球の理を無視するように泥が増えていく。地球とも思えない世界──少なくともエジプトなどの国とも全然違う──が広がっている。唐突な出来事に頭は混乱し、ただただ呆然とすることしかできなかった。

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