危機感とキャラ作り
我ながらこっぱずかしい事をしたと思ったが、構わず今江を見た。
「それで、『ルール説明』とやらはこれで終わりなのか?」
「まぁ、最低限の事は伝えられたかなぁ……でも、細かい事を言うと……」
「要は幽霊として存在する以上、誰かに想われていなきゃいけないって事だろ?」
「それはそうなんだけど……七志くんの場合少し危険なところもあるんだよ」
「危険なところ?」
「七志くんの場合、存在の濃度のほとんどを後藤さんの想いで賄ってる状態なのはさっきの話から分かると思うんだけど、それはつまり後藤さんがいなくなれば、元の危険な状態に戻るって事なの」
「貴子がいなくなると?……あ、確かにそれはまずい」
「ぼ、僕は小宮山さんがこんな状態でいなくなったりなんかしません!」
「そういう問題じゃなくて、例えば後藤さんが不慮の事故かなにかで死んでしまったら?そうでなくとも、記憶を失う魔法や呪い、病気にかかってしまったら?当然、街の……香須の外に出るのもアウトだよ」
「交通事故なんてそうそう有るものじゃないし、そんな魔法の類いも僕が何かやらかしでもしない限りないでしょう?それに僕は小宮山さんから離れ――」
「ないとは、言いきれないな」
「小宮山さん?!」
「そりゃあ、誰だって事故に遭うと思って出歩かないし、何があるか分からないのが香須って街だ。それに街から出ないってどうするんだ?旅行は勿論、家にも帰られないし、大きな病気にかかった時、専門の治療器具が必要でこの街の病院じゃ駄目なら?それに卒業した後どうするんだ?大学や就職は?この街だけに絞るのか?」
「僕は……小宮山さんがいれば……それで……」
貴子は俯いた。
「駄目だ、そんなの許さない」
貴子は驚いたように俺を見た。
「俺がこの街を出られないっていうならそれでいい。俺は死んでるんだから。でも、俺のせいで貴子の行動が制限されるなんて駄目だ。俺は今、貴子のお陰で存在出来ているんだろう?だってのにその恩を仇で返すような真似なんて絶対に駄目だ」
「じゃあ……どうするんですか?」
「それは……」
「他の人といっぱい交流すればいいよ」
そう言う今江に向き直った。
「一人で存在を支えている状態なのが問題なのであって、他の人達が七志くんの存在を継続させられるほど想っていれば、その問題は解消できるよ。一人が強く想うのも多くの人間……例えば百人が少し想うのも存在の濃度はそう変わらないの」
「それって今までの俺の生活では駄目という事だよな?消えかけてたんだから」
「そうだね。七志くん、この一週間でまともに話してたの翼ぐらいだったし」
「……そうだったか?」
確かにあまり誰かと話をした憶えがない、そういったものを気にかけていなかった。
「人に……幽霊によって個人差はあるけど七志くんの場合は他の幽霊より必要な想いの量が多いんだから普通に暮らすだけじゃ駄目だね。ましてや今まで通りなんてもってのほかだよ」
「そうか……って待て。他より多いってどういう事だ?」
今江はぽかんとした表情でこちらを見たかと思うと小さく「あ」と呟いた。
「ごめん、忘れてたよ。普通はどんな死にかたをしたかっていうのは憶えているはずなんだけど、七志くんはそれすらも憶えてないんだよね?」
「あ、ああ」
そんなモノを憶えているなら、自分が幽霊とわかっていただろう。
「まぁ、これも幽霊として過ごしてたら分かる事なんだけど、七志くんは身体を残さず死んだみたいなの」
「……どんな死にかたしたんだよ」
「流石にそこまでは分からないよ。本来は残っている身体で推理は出来るんだろうけど、七志くんの場合は全部無いからね」
本当にどんな死にかただ。
「……で、俺のそれがどう関係するんだ?」
「うん、幽霊は機能しない個所……心臓なら心臓を霊体化する事で幽霊になるの」
「そうなのか?てっきり、幽霊っていうのは身体全部がそういう霊体?とかいうのになるものだと思ってた」
「七志くんは身体が無いから最初からそうだもんね」
一般的なイメージだと思うのだが……
「本来は身体の一部、死んでいる個所を霊体化して、最初は半霊って状態になるの。そこから、残った身体が霊体に同調し霊体に置き換わっていって完全な幽霊になるの」
「つまるところ、俺はそういう本来踏むべき段階をすっ飛ばしたって事か?」
「そうだね。そういう事になる。それに七志くんは霊体に置き換わる段階を踏んでいないから、その間に覚える身体の使い方もわかってないから、余計に燃費が悪いんだよ」
「身体の使い方?それを知ってたら、想いの量とやらの消費を減らす事ができるのか?」
「そうだね。他にも幽霊らしい事も出来るようになるんだけど……まぁ、これは今話すような事じゃないかな」
多少、気にはなったが追求はしない事にした。
「まぁ、生きる為にやる事は変わらないんだよな。要はもっと目立てって事だろ?」
「厳密には違うけど……そういう理解でいいと思うよ」
「幽霊って目立たなあかんのか……なんか、イメージと逆やな?」
「そうかな?幽霊がやることってどんなイメージがある?」
「え?……心霊写真とか?」
「ラップ音とか金縛りやろか?」
金縛りは寝かたの問題だったはずだが……
「怪談とかの幽霊は色んなやり方で人を怖がらせたり、時には危害を加えたりしますね」
「そうだね。後藤さんが言った危害とかも含めて、ああいうのって幽霊なりのパフォーマンスで、自分はここにいるってアピールなんだよ。そう分かったら、幽霊って案外目立ちたがり屋って思わない?」
「確かにそう思えない事もないな」
「厳密には幽霊自体の意思とは別にそうやって人に自分の存在を知らしめないと消えてしまうからやってるんだけどね。でも、幽霊は目立たないといけないものなんだよ」
「ああ、それは十分わかったよ」
性分に合わないことではあるが、背に腹は変えられない。
「そう拗ねないでよ」
……顔に出ていただろうか?
「半分くらいはいやいややってるんだよ。幽璃だってそうだよ」
「え、そうなのか?」
「そうだよ、例えばこの喋り方とか」
「……まぁ、多少は印象に残りやすい喋り方に聞こえるが」
「そうだね。自分の事名前で呼ぶから、名前も憶えてくれやすいし、でも、ぶりっこっぽくて嫌われやすいんだよ。でも、嫌悪も想いだからね。そうでもなければ、こんな変な喋り方しないよ」
「せやな」
「そうですね」
「えっ」
お前らが納得するのか、それ。
「アレやろ?軽くキャラ作ってんのやろ?今江ちゃんは」
「そうだよ。幽璃の場合は普通に暮らす分はこれだけで問題なかったりするんだ」
「なんだ、思ったよりは簡単な事でいいんだな。あ、いや人によって向き不向きがありそうだが」
「幽璃の場合はね。七志くんの場合はちょっと大変だよ。」
さっき言っていた死にかたの問題か。
「だとしても、やるしかないんだろ。」
「そうだよ。あ、でも、死なないにしても無茶は駄目だよ。本来なら死ぬような目にあったりしたら、その分、存在する力……想いを消費する事になるんだから」
別にそんな事をするつもりはないが……
「幽璃からの話はこれくらいにして、七志くんはこれからどうするの?」
「……正直、ノープランだ。おおまかな事はわかったけど、具体的に何するかは全く」
「そう、仕方ない事かも知れないけど、早くしないと大変だよ」
「そうだろうな。今日中に決められるよう考えてみるさ」
「そう、じゃあ、幽璃はもう帰ったほうがよさそうだね」
そう言うと今江はまだ一滴も飲んでいなかった麦茶に口をつけ一息で飲み干した。
「うん、美味しいお茶だね」
「あ、いや……どうも」
普通のスーパーで安売りしていた茶葉をやかんで沸かしただけのものだから、そう褒められると戸惑ってしまう。
「七志くんはこれから考えないといけないみたいだから、幽璃はもう帰るね」
「……そう言われたらワイも帰らなあかんやん」
「それじゃあ、僕も……」
「ああ、今日はありがとう」
貴子と明石翼は無理矢理ついてきたような気もするが、とりあえずは礼を言った。