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ワケのわからない街と記憶喪失

ファーストフード店の中は俺達と同じ学校帰りの学生達で混雑していた。

「……記憶喪失、ですか?」

「せや、まぁいきなりで信じられへん事やと思うけど」

「いえ、信じます。むしろそれくらいの理由がないとおに……小宮山さんが僕の事忘れるなんて考えられないです」

バツが悪いとはこの事だろう。

俺は彼女……後藤貴子の顔を直視出来ず、手元のポテトフライを指でいじっていた。

「(小宮山君、空気読めてないとは思うけど一つええか?)」

「(……なんとなく予想出来るから駄目だ)」

「なんでや!不公平やろ!」

間髪いれずに明石渚が明石翼の肩を拳で叩いた。

「何を言ってるのかなぁ?翼」

「冗談やって……あはは」

「仮に冗談でもこのタイミングにする事じゃないし、というかそれ以前になんで私に伝えてないのよ、小宮山先輩の事」

「直接会う事はないやろから、言わんでもええかなって…」

「……今日直接会わせたのは誰?」

「ワイです。本当にすみませんでした」

「あの、何の話されてるんですか?」

「君が」

「貴子です」

間髪入れずに訂正してきて、少し戸惑った。

「あっと、貴子……さんが」

「さん付けもやめて下さい。呼び捨てでお願いします」

以前はそう呼ぶ間柄だったかも知れないが、記憶を失くした俺にとっては初対面に等しいのだが……

「……貴子が俺の事をまるで兄のように呼ぶから、諸事情で呼んでもらえない明石が妬んだんだよ」

「小宮山君、そういう言い方やとワイの立場がないやんけ!」

「事実でしょ」

明石渚は冷たく言い放った。

場は何とも言えない空気に包まれた

「えっと……その、小宮山さんは、家が近かった事もあって、僕が事小さい時からよく面倒を見てくれました。本当に……本当のお兄ちゃんみたいで……だから、小さい時からずっとお兄ちゃんって呼んでて……それが、覚えてないなんて」

「小宮山君!幼なじみで妹キャラってどういう事やねん!」

「知らねえよ!お前はそこにしか反応出来ないのか!?」

「そのうえ、僕っ娘ってどういう事や!ありえへんやろ!」

「一人称が『ワイ』の奴に言われたかねぇ!」

「僕が自分の事を『僕』っていうのは、小宮山さんの真似をして癖になっちゃって……」

俺が記憶を失くす前は『僕』が一人称だったのだろうか?

それとも、単に子供の頃はそうだっただけだろうか?

「翼……いい加減にしなさい」

「すみませんでした……」

俺と貴子の事で一旦、停戦状態にはなってはいるものの、明石兄(姉?)妹の力関係は先程から継続しているらしい……元々こうだった可能性もあるが。

「それで、貴子はなんで此処に来たんだ?そんな荷物持って」

「転校です。小宮山さんと同じ学校に」

俺には呼び捨てを強要する割に自分はさん付けというのはどうなのだろう?

「転校って……この時期に?普通は学期の初めとかじゃないのか?何かあったのか?」

「そ、それは……言えません」

「……」

そう言われたら引き下がるしかない。

「あ、あの、逆に聞いていいですか?」

「何を……かな?」

「小宮山さんが記憶喪失になった経緯です」

「あー……明石、代わりに頼む」

小さくなっていた明石翼が顔を上げた。

「よっしゃ!任せとき」

頼んだ俺も俺だが、調子がいい奴だ。

「えっと、一週間ぐらい前のことや。放課後の教室に小宮山君が倒れとった」

「倒れてたって……」

「言葉の通りや。原因は分かってないねん。見回りに来たセンセが小宮山君を見つけてな。

そんで、保健室連れてってん。んで、3時間ぐらいして小宮山君が目覚ました時には小宮山君はなんも覚えてへんかった」

「それって、何か事件に巻き込まれたんじゃあ……」

「そう思うやろ?でも、小宮山君には目立った外傷って言うん?そういうのあれへんかってん。その後、病院に言っていろんな検査受けたんやけど暴行を受けたとか、変な薬飲まされたとか、そういう結果は出えへんかった。分かったのは小宮山君が完全に記憶喪失で自分の名前さえ憶えてへんかった事やそうなった原因はわからへんけど、何度も言うように小宮山君が怪我してへんかったから、心因的なものが原因ちゃうやろかって言うのが病院の診断やった」

「ちょっと、待って下さい。名前も覚えてなかったって……」

「せやな……小宮山君、こっからは自分で話したほうがええんとちゃうか?」

俺は考えながら爪を噛んだ。

「そうだな……俺の名字が小宮山だと言われてもピンと来なかった。正直、一週間経っても慣れてない。」

「小宮山さん……」

「まぁ、下の名前はそれどころじゃなかったけどな」

「え?」

貴子の目が丸くなった。

「誰も憶えてなかったんだよ、俺の……小宮山から下の名前を」

「どういう事よ、翼?」

「それがな……学校中の誰一人として生徒も教師も小宮山君の名前わからへんかってん」

「そんな事あるの?」

「あったんやから、しゃーないやろ。それとも、渚は知っとんのか?小宮山君の名前」

「わ、私は最初から名字しか聞いてないわよ!」

「せやったっけ?普通は下の名前も一緒に教えへんか?」

「翼がきちんと教えなかったんじゃないの!?だって、私は……私は知らないもの」

「それがなぁ……」

「人間だけじゃない。俺の名前が表記されているもの……保険証、学生証、通知表、出席簿に俺が記入したはずのテストの名前欄まで俺の名前は消えていた」

「な、なんなんですかそれは……そんなのあり得ない!事件じゃないですか!?」

「まぁ、立派な事件やな。普通なら」

貴子は明石翼の返答に違和感を抱いたようだった。

「普通は……?」

「ここは……この街は普通じゃないって事を言いたいんだろ」

「何を言って……」

「なんや、後藤ちゃん?この街の噂ぐらい聞いた事あるやろ?」

「噂って都市伝説の事ですか?妖怪がいるとか、超能力者がいるとか」

俺達は顔を見合わせた。

「どうやら、少なくとも後藤さんの元いた場所ではそんな扱いみたいね」

「せやったんか……あのな、後藤ちゃん、そういう話、だいたいホンマやねん」

「な、何を言ってるんですか?」

貴子は少し引いた反応を見せた。

明石翼が一瞬泣きそうになったのを尻目に見た。

「貴子、この街のキャッチコピー知らないか?確か観光地にしようとCMが流れていただろ?」

「え……えっと……なんでしたっけ?」

「願いが叶う街、香須(こうず)ってやつですね」

貴子の代わりに明石渚が答えた。

「願いが……叶う?」

「そういう観光地だと聞いたら、何が思い浮かぶ?」

「そうですね……神宮の類いやお寺でしょうか?もしくは滝や崖のパワースポットとか」

「そうだな、だがこの街には小さな神社ぐらいならあるが、わざわざ参拝にくるような建造物はない。そして、山のあるところまで行くと街から出てしまう」

「そういう曖昧なもんやないんや。具体的に言うなら、この街に住んでると不思議な事が起こったり、不思議な力を手に入れたりするんや」

「そんな、まさか……」

「信じられないか?でも、現に俺の身にはそういう考えられない事が起きてる」

「ワイなんか、生まれた時からおったせいで生まれながらの超能力者やで!証拠見せたろか?」

「え?」

「何する気?」

明石渚が明石翼を見た

「今から女の身体になるからよう見とき……3・2・1・チェンジ!」

明石翼がチェンジと言った瞬間、明石翼の身体が少し縮み、僅かに胸が出来て身体のラインが女性……というよりは女子のものになった。

「どうや?」

若干声も高くなっていた。

「まぁ、実際に見てみないとわからないものだな」

「そう……ですね」

「なんや?反応薄いやないか」

「そりゃ、そうでしょ」

明石渚が溜め息をついた。

「え?」

「変化が小さいって事よ。目に見える範囲では」

「それってどういう……」

言いかけたところで明石翼は気付いた。

「誰がぺったんこや!寸胴体型や!」


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