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転校と家庭環境

「あ、あのさ、貴子。一つ、聞いていいか?」

「あ、はい、なんですか?」

俺は、ずっと気になっていた事を聞く事にした。

「貴子は、なんで転校して来たんだ?こんな時期に」

「そ、それは……」

「あー……待て、転校の理由はいいんだ。時期の理由を聞きたい」

転校そのものの理由は、今の俺が聞いてはいけないような気がした。

昨日、明石達と話した時に転校時期の理由を言えないといっていたのも、時期を話すと転校理由も話さないといけなくなるからだと思う。

だから、俺はその理由を話さなくていいとした。なんとなく、予想出来ただけに。

「それは……我慢出来なくなったんです」

「我慢?」

「はい、本当は転校という形じゃなく、最初からこちらの学校に入学したかった……」

「……」

俺は貴子の話を黙って聞く事にした。勿論、飯を食いたかったのもあった。

「だけど、駄目だったんです。両親を説得出来ませんでした。両親は地元の高校に通わせたかったんです」

という事は、入学して一月程、貴子は地元の高校に通っていたという事だろう。

「両親は入学すれば、僕が諦めるだろうと思っていたみたいです。でも、そうはいかなかった。僕の気持ちは大きくなる一方でした。どちらが先に根負けするかは、目に見えてました」

「そうか、その根負けしたのがこの時期という事か」

納得は出来た。ただ、もし、貴子が我慢出来なかった理由が俺の考えるモノと同じならば、貴子は……そこまで考えて、その思考を凍結した。

今の俺にその先を考える資格はないと思った。

「小宮山さんにも一つ質問してもいいですか?」

「うん?なんだ?」

「小宮山さんは、何故自分自身がこの街に来たのか、知っていますか?」

「それは……まぁ、おおまかには」

「そうですか。教えてもらってもいいですか?」

「教えるって言っても、人から知らされた以上の事はわからないんだ。自分の事なのにおかしな話だが」

「……じゃあ、僕が話してもいいですか?僕の知ってる範囲で、ですが」

「それは、構わないが……」

その場合、貴子の質問に意味はあるのだろうか?

いや、意図の問題だろう。貴子は俺に俺の事を教える事で記憶を呼び覚まそうとしているのかも知れない。

「小宮山さんのご両親は既に亡くなられているのは知ってますか?」

「ああ……」

それは最初に教えられた。

「小宮山さんのお母さんは小宮山さんが小さい時に病気で、お父さんは中学生の頃に、その……」

「知ってるよ、自殺だろ?心の病気だって聞いたけど」

「はい……すみません、こんな話から始めて」

「だから、気にするなって言ってるだろ」

貴子には謝り癖がついているのかも知れない。

「はい……その小宮山さんのお父さんが亡くなられたのがちょうど、小宮山さんが中学の卒業を控えた2月頃でした」

「顔も知らない親父だが、ややこしい時期に逝ってしまったんだな……」

口にしながらも、色々親不孝な言葉だと思った。

「はい、それで……小宮山さんは金銭的な問題で進学の決まっていた地元の……赤嶺学園を諦め、奨学金で学費が免除される香須第1高校に進学されました」

「ああ……奨学金、ねぇ」

普通は成績が優秀とかスポーツ推薦の関係とかだろうが、香須第1の場合、家庭環境が苦しい者に出される。どちらかと言うと奨学金というより、支援金とかのほうが相応しいような気がするが、そういう名称では問題があるのだろう。

「小宮山さんは……これ以上の事はどれだけ知ってますか?」

「え?いや、ここまでしか知らないが……」

「そうですか……小宮山さんは、赤嶺学園に通う方法があったんです」

「……えっ?」

「小宮山さんがお父さんを亡くされた時に、僕の家の養子になる話があったんです」

「貴子の家……?それって、義理の兄弟になるって事か?」

「そういう言い方も出来ます」

「それを……蹴ったのか、俺が」

「……はい、どうしてだと思いますか?」

答えられなかった。

答えられるはずがなかった。

「……僕もどうしてかわからないんです」

もしかしたら、貴子はこの理由をずっと探しているのかも知れない。


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