風呂と用心
「え、小宮山さん?」
「風呂、入れるよ。まだだろ?」
風呂に入ればすっきりして話しやすくなるかも知れない。
「あ、はい。ありがとうございます……」
「気にするな。どっちにしろ入れるものだしな」
嘘だった。普段はシャワーだけで済ましている。
俺は台所にある給湯器のスイッチを入れ、置いてあったバケツを手に取り、風呂場に行き風呂を確認した。
普段使ってはいないが、掃除はしているので、汚れ等はなかったが、一応シャワーでさっと流した。水が流れたのを確認し、風呂に栓をして蛇口の下にバケツを置いた。
蛇口を開けると、バケツに水が入っていった。
バケツが満ちる前に水は湯に変わり、俺は蛇口からバケツを離した。
俺の部屋の給湯器に自動で湯を貯めてくれる機能等ある訳がなく、こうして直接湯をいれるしかない。当然、保温機能もないので湯を入れた以上、溜まり次第入らないと温くなってしまう。そういった要因が普段、俺がシャワーで済ます要因となっていた。
「さて……あ、着替えとか大丈夫か?」
「あ、はい。持ってきてます」
「そうか、ならよかった」
俺は湯に変わる前の水を入れたバケツを台所に置いた。
「……ん?」
と、俺は何かひっかかった。
それがなんなのか分からずにバケツの取っ手をぐりぐりと指でいじった。
シャワーの時も一旦こうしてバケツに湯に変わる前の水を入れ、洗い物などに再利用している。なので、風呂を入れている間、洗い物を済ましてしまおうと思った。
「洗い物ですか?僕がやります」
「え?いや、いいよ」
「僕が食べたご飯の食器ですし、僕にやらせてください。」
「いや、そんなの気にするな……よ?」
/食糧がもうない。明日もカップ麺という訳にはいかない。
「……ああ、いや、そうだな。買い物行くから、代わりに頼むよ」
「は、はいっ!」
用事を頼まれたというのに貴子は嬉しそうに返事をした。
「じゃあ、洗い物終わったら、先に風呂入っててくれ」
「あ、はいっ!」
貴子は既に洗い物を始めようとしていた。
「このバケツの水を使ってくれ、足りなくなったら水道を使ってくれていいが、風呂の湯が水になるから水のままでやってくれ」
「はい、わかりました」
「それと……鍵掛けとくから、外には出ないようにしてくれ」
「あ、はい」
「……絶対だぞ。あ、いや、火事とかなら別だけど。何か買わなきゃいけないとか夜の散歩に行きたいとか駄目だからな」
何故かはわからないが、貴子を外に出してはいけない、そんな気がした。
「は、はい……?大丈夫です。小宮山さんの留守を預かるのに、ほっぽりだして外に出るなんて」
/貴子と俺の間には認識のズレがある。
「……違う、そうじゃない」
「え?」
「俺が帰ってくるまで鍵を開けるなよ?風呂から上がっても、な」
「は、はい……?」
「貴子、俺は……」
そこで言葉が詰まった。
自分が何を言おうと思ったのか分からなかった。
「……なるべく、早く帰るよ」
「はい……?」
俺は部屋を出るとすぐに鍵を掛けた。




