電話と地獄耳
『もしもし?』
相手の声が聞こえる、電話の主は既に代わっているらしい。
「も、もしもし?」
『小宮山君か?』
「――――」
その声、呼び方で俺は電話の相手が分かった。
「あ、明石、か」
明石翼が友人……確かに、今、俺にとって一番友人らしい友人は明石翼だろう。
貴子と同級生の妹というヒントまであって、気付かない俺は中々薄情な奴かも知れない。
『せやけど……なんや、電話かけてきたのは、そっちやろ?』
明石翼の喋り方が元に戻っていた。恐らくはこちらが作りものだろうが。
「あ、ああ、そうだったな。明石は用件を聞いてるか?」
『いや、渚にいきなり電話渡されて、アンタが決めてって言われたんやけど、何なん?』
「そうか……じゃあ、単刀直入に言う。貴子を泊めてやってくれないか?」
『え?後藤ちゃんを、か?』
「ああ、いきなりで悪いが」
『まぁ、それはええよ。でも、なんでや?』
「なんでって、なんでそんな事になったかって事か?」
『せや』
「貴子が……今日は寮に帰られないんだ。その理由っていうのが、俺のことで今日中に済まさなきゃならない用があったからなんだが……時間を考えると門限を過ぎてしまうから親戚に泊まるって事で寮から許可をもらったらしい」
『だから、寮には帰られへんのか?』
「ああ」
『親戚の都合で泊まれなくなった、とかはあかんのか?』
「あ、どうなんだ、貴子?」
「えっ?」
電話で話しているのは俺だし、ハンズフリーも何もしていないのだから、貴子に明石翼の声が聞こえるはずがなかった。
「あ、えっと、親戚の都合で駄目になったとかで寮には戻れないのか?」
「えっと……駄目、ですね。その場合、親戚の人から寮の方に連絡しないといけないんです」
その親戚がいないのではどうしようもない、か
『ワイの家の固定電話とかから、掛けたりするはあかんのか?』
「え?貴子の声が聞こえるのか、明石?」
『そら、電話口を塞いでへんかったら、聞こえるやろ』
そうだろうか?もしや、地獄耳か、こいつ……
「えっと、貴子。明石の家から親戚のふりして掛けるのは駄目なのか」
「えーっと……今日はいいかも知れませんが、後が拙いですね。女子寮ですからセキュリティの問題で、寮に掛ってきた電話番号は記録されるんです」
「それって記録されてるだけ(・・)じゃないのか?」
「悪戯とか迷惑電話は着信拒否されるんです。その際にパソコンから生徒関連の電話番号と一致するものは除外されるんです。リストにないもの、例えば本当に親戚からの電話はその時の報告書と照らし合わせてわかるんですが、今回は明石先輩の家からとなると」
「寮で暮らしていない生徒の家からの電話か、確かに拙いな。その日の報告書にはそんなものはない訳だし」
「はい」
「随分、詳しいな。昨日から暮らし始めたっていうのに」
「セキュリティが万全って名目で両親が納得したので、その説明はよく聞いたんです」
「その割には、よく架空の親戚で許可がおりたな」
「他の寮生が言ってましたが、外から来る分には厳しいんですが、内から出る分には緩いんです。」
いいのか、それ?未成年の女子寮だろう?
「という訳らしい、聞いていたか?明石」
『聞いてたで』
本当に地獄耳のようだ。
「まぁ、そのなんだ。貴子は俺の部屋に泊まるつもりだったらしいが、それは色々拙いだろ?」
『……確かに、それでワイん家か』
「ああ、男女で二人っきりよりそっちのほうがいいだろ?俺の部屋よりはボロくないだろうし」
『ぎゃははは!確かにそうやな!ひひひ……』
自分で言ったこととは言え、こうもウケられると腹が立つ。
しかし、立場上逆上するわけにはいかず、苛立ちを飲み込んだ。
「……とにかく、そういう訳だから頼む」
『……ごほん。そうやね。小宮山君の頼みでもあるし。今日、両親おらんねんけど、まぁ、小宮山君と二人っきりより、女の子二・五人でおるほうがほうがええな』
二・五人?と思ったが、明石翼を半分男半分女の某男爵方式に考えればそうなるだろう。
「一応、言っておくが、貴子に変な事するなよ?」
『心外やな。ワイはシスコンやで』
それは、どんな理屈なのか。安心していいのか、むしろ。
「わかった。いや、本当は意味不明だが」
『じゃあ、後藤ちゃんに駅前に来るように言っといて。迎えにいくから』
「駅前だな、わかった」
『よし、じゃあ全速力で行くで』
「え?あ、おい!」
気がついたら、電話が切れていた。




