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日々も積もれば幸となる  作者: ハルコ
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前編

日常が変わるのは誰だって嫌だろう。

今まで9時頃にダラダラ起きて大学に行き、そしてダラダラと深夜2時頃に眠りにつく。

そんな生活をしていた頃の私が見たら今の生活は絶対に無理だと言うだろう。

毎朝3時に起きて4時に家を出る。約10分自転車を漕いで今の職場に出勤する。そこから8時間仕事をして、午後2時には大抵帰る。そこから夕食や洗濯をして夕方6時には眠りにつく。最初は無理だと決めつけていたこの生活も、1ヶ月もすれば習慣になっていた。ホント人間は強い。



建築系の大学を卒業して1年。せっかく入った住宅メーカーを人間関係を理由に3ヶ月で仕事を辞めた。私は今、駅の中の弁当屋で売り子をしていた。



今日はここに務めて何日目だろう。

初めのうちはここから早く出て、いい会社に勤めてやるっ!なんて考えていたけど気がつけばダラダラと半年が過ぎていた

今日も今日とて駅の裏口から入り、専用通路を通って店の裏に入る。

「おはようございます」

私が気だるく挨拶をすると厨房で料理をしているおじさんがこっちを向いた

「雪菜か、おはよう」

おじさんも元気なく言った。このおじさん、北松正徳は私のおじに当たる人。仕事を辞めて行くあての無くなった私を拾ってくれた…一応恩人。

そういえば、私の名前は佐野雪菜。今年で23歳

元々この店はおじさんと奥さんでやっていたんだけど、奥さんが腰を痛めて店に出れなくなった。そこで私が丁度よく仕事を辞めたので流れるようにバッターボックスに立ったわけだ。

気だるい挨拶の後、おじさんはいつものように

「いつもみたいに頼むよ」

と言った。

私は頷き、慣れた手つきでエプロンとバンダナをつける。

手を洗い、アルコール除菌をした手にゴム手袋をつけ、おじさんが作ったオカズを一つ一つ弁当に詰めていく。

紅鮭、唐揚げ、煮魚におじさん1押しのロースカツ。初めのうちは訳が分からず何回もスペシャル弁当を作ってしまったが、もう慣れたもの。営業開始10分前にはノルマの数は出来上がった。

休む間もなくそれをショーケースに並べる。

最後にレジのお釣りを確認したところで始発が来る時間になり、今日も営業が始まる。

買う人だっていつも決まっている。

定年間近のサラリーマン、電車で学校に通っているサッカー高校生、少し太り気味のサラリーマンに朝帰りのお兄さん。

みんな顔は覚えているが

「600円になります」

「1000円お預かりします。こちら400円のお返しです。」

「ありがとうございました」

…と、こんな少しの会話以外、話したことは無い。

まぁ弁当を注文してお金を渡し、弁当とお釣りを受け取る作業。これもみんな習慣になっているのだろう。

恐らくお互いの言葉には心なんてこもっていない。頭が反射神経のように使い慣れた言葉を吐き出しているだけ。

春夏秋冬、季節が変わってもこんな日が明日明後日、ほとんど永遠に続くのかと初めの頃はよく思い…正直吐き気がした。

…が、それも最初だけ。もう慣れた。今では何も考えずにこの作業をこなすだけ。

けどたまに思う。何もない毎日、たまには何か幸せが舞い降りないかな。

そんな淡い期待を抱いていたら、今日に限って本当に幸せが舞い降りた。

いつもは見ない爽やかなイケメンサラリーマン。

正直好みだった。

腕時計を眺めている彼を見ているだけでも幸せな気分になる。

だけど今日に限って神様は私に微笑んだ。

「すいません。紅鮭弁当を1つください。」

その彼が弁当を買いに来たのだ。

眺めて終わるだけと考えていたからかなり嬉しかった。

「いらっしゃいませ。紅鮭弁当をおひとつですね」

いつもとは違う本来の笑顔と、すこし元気になった声で話す

「お願いします」

イケメンさんは爽やかな笑顔で言ってくれる。

なんて幸せ。こういう接客はとても気持ちが入る。よし、弁当を渡す時も爽やかな挨拶をしよう

しかし慣れた手つきとは怖いもの。お金のやり取りの頃にはいつもの調子に戻ってしまい、

「ありがとうございました」

といつも通りのハリのない声で言ってしまった。

イケメンさんは弁当を受け取り、背中を向けて人混みに向かう

「あっ、あの!」

考えるより先に声が出た

イケメンさんは振り返る

何も考えずに呼び止めてしまった…なんて言おう…

「い、行ってらっしゃい!」

なんて普通のことを言ってしまった。

呼び止めてこんな事とは私は何様なんだ。

しかしイケメンさんはそんな私に

「はい、行ってきます」

と清々しい顔で返してくれて、人混みの中に紛れて行った。

思いつきで行ったけど、結果オーライ。とてもいい1分程の時間だった。

今日はいい事が起きるかな?そんなことを考えていると店長が厨房から出てきて

「イケメンにだけあんな事するのか?」

なんて言ってまた厨房に戻って行った。

元々私は感情が豊かなのか、表には出さないがこういう事は少し根に持ってしまう質だった。

少しムッとしてしまう。そんなことを言われるなら…

その時丁度常連のサラリーマンが弁当を買いに来た

「ロースカツ弁当を1つ」

私はその時から

「いらっしゃいませ!ロースカツ弁当を1つですね」

と、作り笑顔でも、無理やり出した声でも

あのイケメンさんみたいに爽やかで清々しい挨拶をする事にした。

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