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志(こころざし)

作者: 大橋 秀人

瞬くと、遠くのゴールラインが陽炎で揺らめいていた。


距離にして約100メートル。

「トラック半周を走ればいいだけだ」

三太は自分にそう言い聞かせる。


「転ばないようにいきましょう」

同じ方を見ていた柊は、屈んで夫の足に紐を通す。


「おい、まだ早いんじゃないか」

「いえ、始まってからだと焦ってしまいますから」


二人で並んで立っているだけで恥ずかしいのに、人前でくっつくなんて気が気じゃない。


「ほら、動かないで」

新妻は恥ずかしがり屋で離れようとする夫を掴んで逃さない。


「しっかり走れるかな」

「たったの半周です」

「でも、足を結ばれてるんだぜ?」

「息を合わせれば大丈夫です」

「途中でこけたらどうしよう」


弱音ばかりの男に柊はキツい目線で見上げた後、立ち上がって足を上げながら穏やかに微笑んだ。


「そしたら、また立って走りましょう」


サンタはその笑顔で何とか正気を取り戻す。


「そうだな。出場することに意義があるんだものな」


開き直って掛け声を始めた夫を見て、女は吹き出しそうになるのを堪えた。


「選手に選ばれた時は、テッペンとるって言ってたじゃないですか」

「そりゃあ売り言葉に買い言葉ってやつで……」


歯切れの悪い言葉を遮るようにスタートの空砲が放たれ、第一走者が一斉に走り出した。


「うわ、みんな結構、息合ってるな」


そんなことを言っているうちに目の前の第二走者にバトンタッチされる。

第四走者のサンタは、急いでスタートラインに向かう。


「待ってください三太さん!」


引きずられるようになった柊は危うく倒れる所だった。

周りから笑い声が沸く。


「落ち着いて。もうすぐ出番です」


柊は態勢を整えて、軽く数を数えて息を合わせる。

すでに頭が真っ白になっている三太は、そのリズムに無心に足を合わせた。


「どうせなら、一人、抜かしたいですね」


第三走者にバトンが渡り、二人のチームは首位を追走していた。


「できるかな?」


自信のない声を向けた先には、柊が時々する挑戦的な表情が見て取れた。


「一位になりたくないですか」


そう言って、脚上げのリズムを早くしていく。

第三走者は一位との差を縮め、バトンを渡すために徐々にトラックを膨らんで走りだした。


「抜くなら、はじめです。そこしかチャンスがない」


すでに半身で待ち受ける柊の視線には、バトンしか映っていなかった。


「抜けるなら抜きたい!」


三太は新妻の肩を力強く抱いて助走を始める。

歩幅が合わない感覚は一切なかった。


「抜きましょう!」


バトンを受け取った瞬間、二人は前を向き、大きな掛け声と共に走り始めた———。






【志 二転三転 運動会】



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― 新着の感想 ―
[一言] サンタさんに柊さんなら、きっと息もぴったりだったと思います。 少しずつ緊張感が増していく雰囲気が感じられました。
[一言] 二作目、お疲れ様です。 おー! 今回は三太と柊で来ましたか! 運動会は秋の季語ですね。二転三転という表現が心の描写と運動会だという背景に絶妙に絡んでいますね。 大橋さん、いつもありがとう…
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