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野球 短編集  作者: 国木田エイジロウ
俺たちの野球道
9/13

逆襲に燃える者 中編

 秋季リーグが終わった次の日も休みはない。

 道具出し、ランニング等のメニューが終わった川之江は監督の元を訪れた。


「監督、俺は何としても一軍の舞台に立ちたいです。俺に足りないものは何だと思いますか?」

「ほう、三軍にも君のような熱心な選手がいるのか。三軍の選手は野球に対する情熱を感じない者ばかりだったが、考えを改めるべきだな」


 監督は川之江のことを三軍選手と一括りにしていたらしい。野球に対する情熱が戻ったのはつい昨日のことだが。


「君の経歴は知っている。控えではあったが全国出場した高校の出身だというのだからそれなりの力は持っているだろう」


 緊張でいつもの力を出せなかったことを言う。


「なるほど。川之江はプレッシャーに弱いタイプだな。それともう一つ原因があるな」


 監督は川之江の知らない原因を知っているようだ。


「それは全国出場校出身であるが故のプライドだ。自分の打撃スタイルを思い出してみろ」


 川之江の打撃は一発長打を狙うスタイル。変化球は苦手で三振が多く、成功と失敗は激しかった。

 無論、そのスタイルを誇りに思っていたし、変える気はなかった。


「これからは誇りを捨てろ」


 監督は一言、そう言った。

 監督によると一軍の試合に出たいなら、まず誇りを捨て小技ができる選手にならねばいけないのだという。

 一軍スタメンの選手はその各ポジションで最も優秀な選手が選ばれる。言うまでもなく川之江よりも優れた打撃センス、守備、足を持つ選手は慶祥院大学にはゴロゴロいる。

 逆にバントのような小技ができる選手は少ない。一軍選手でもバントを失敗する場面が秋季リーグで多かったという。


『まず、俺に求められる選手になれ』

 そう監督の助言をもらった。



 川之江にも葛藤はある。プロの選手を夢見て今まで必死に練習してきた。ここまでやってこれたのは粗くも長打力のあるスタイルがあってこそ。悩みに悩んだ。


 誇りを捨てろ。


 監督の言葉が脳裏に響く。

 監督に必要だと思ってもらうには監督が求めている選手を目指すことだ。自分の今までのスタイルを変えて黒沼たちと勝負したい。


 監督のあの助言から一週間が過ぎた。悩みに悩んだ末、川之江はバントを猛練習することを決意した。

 バント練習の経験がほとんどない川之江。

 高校時代、練習試合では代打出場がメインだったが当時の監督からは一度もバントのサインが出ることはなかった。

 川之江は三軍の選手の中から練習に付き合ってくれそうな選手を探すのだが、ほぼ全ての選手が全てのメニューをこなせていなかった。


 仕方なく監督の許可をもらって打撃マシンを借り、バント練習をする。

 始めは全くうまくいかない。ボールがバットの上部に当たりフライが上がる。

 バットのヘッドが下がっていた。投げてくるボールに対して膝を使うこともできていない。

 ネットを活用して色々な情報を漁ったが、実際にできるようになるには時間がかかりそうだ。

  

 バントの練習を長い間こなし、春季リーグ前の紅白戦になる。

 慶祥院大学は野球のグラウンドを二つ持っている。一軍専用と二軍、三軍用で分けているようだ。

 川之江がいる三軍は主に二軍が使っているグラウンドで試合が行われる。


 三回生に突入する川之江。三軍には川之江以外の三回生はいない。二軍に上がれないことを理解した多くの者は遅かれ早かれ部を去っていく。

 三軍対二軍。二軍は二つのチームに分かれ、強い方は一軍と弱い方は二軍と戦う。

 つまり、弱い方の二軍と戦うことになるのだが、それでも力の差は歴然。


 三軍の監督からは勝てなくてもいいし勝たなくてもいい、と言われた。

 失敗を恐れず自分のプレーに集中してもらうための策だ。紅白戦に負けても動きが良かったり活躍した選手は上に上がれる。


 二軍ベンチに一軍の監督が座っていた。この試合で必要な選手と判断してくれれば一気に一軍に行けるかもしれない。

 川之江のこの試合の目標はただ一つ。バントを決めることだ。つまりチームを助け、次の打者に繋げるプレーをすることだ。

 こんな気持ちで試合に臨むのは初めてだろう。活躍することよりもチームのために戦うという気持ちが強いのは。


 試合が始まる。川之江は二番打者としてスタメンに入った。

 三軍のスコアボードには〇が並ぶ。ランナーが出ても後続に繋がらない。

 逆に二軍は大量得点。四回が終了して一〇対〇。

 それでも川之江は腐らず、プレーを続ける。

 野球に対しての姿勢を一軍の監督にアピールするためだ。


 ここまで川之江は二度、送りバントを決めている。打線が繋がらないということは三軍選手では打ち返すことが厳しい球のようだ。

 だがこれだけで二軍に上がるにはまだアピールが足りない。

 小技ができるのは絶対条件。だが、それ以外の打撃面で成長をアピールしなければいけない。

 ただのヒットだけでは迫力に欠ける。ここは一発、焼け石に水だがホームランを狙いたい。

 かつての大振りではない。ボールをよく見てギリギリまで引きつけて打つ。バント練習に多くの時間を割いていたが素振りだけは欠かさなかった。


 イニングはすでに六回。無死一塁で川之江が三度目の打席に立つ。ここまでの二打席全てが送りバントだったためか一塁手が前に来ている。

 ギリギリまでバットを振らないため差し込まれ、浅めの外野フライになるかもしれない。

 でもここは自分のやってきたことを信じたい。左打席で川之江はバットをぐっと握った。


 相手投手の初球。変化球が高めに浮いた。キレもあまりない。

 最後までボールから目を離さず、腕を振り抜く。

 打球は一直線にライトスタンドへと吸い込まれていった。二ランホームランだ。

 ダイヤモンドを一周する。監督も選手も皆驚いている。

 この試合の三軍の得点はこれだけだったが衝撃と印象を与えるには十分だろう。

 

 試合後、三軍の選手が集められた。


「えーと。今回、三軍から二軍への昇格者はゼロだ。各自、目標を持って練習に励むように。ただし例外が一名いる」


 三軍の監督は一呼吸あけて続けた。

「川之江 大地。お前は一軍に合流してくれ」

 周囲がざわつく。そこに一軍監督が現れる。

「異論は許さん。川之江、お前の力が必要だ」


 川之江はついに一軍に昇格した。一軍のグラウンドは二軍より少し大きめ。

 黒沼たちに発破をかけられてから川之江は変わった。何が何でも諦めない。そのために最大の努力をする。その姿勢は決意を固めたあの頃から変わらない。

 ついに春季リーグを迎える慶祥院大学。早海大学にリベンジすることができるのだろうか?



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