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野球 短編集  作者: 国木田エイジロウ
俺たちの野球道
7/13

復活の灯火 後編

 試合当日になった。俺は車椅子で先輩と一緒に試合球場に入る。球場の外野席には車椅子の客が不自由なく観戦できるようにスペースが整えられていた。


 俺は車椅子スペースの端、先輩はすぐ右隣の席でスタメンの発表を待つ。


「おっ、始まるぞ」


 先輩は言った。


「一番、センター……」


 ウグイス嬢の声が球場に響き渡る。

 センター、ということは外野手。慎二ではない。スタメン発表は続く。


「……六番、セカンド新村くん」


 スタメン起用に俺は驚いた。俺の記憶が正しければ、初めての公式戦になるはずだ。試合に出ている以上、一人の選手としてプレーに注目したい。


「スタメン……か。まあどのくらい成長したか見ものだな」


 先輩は独り言をつぶやく。プレーを注目しているのは俺だけではない。『自身の後釜』とまで期待を込めている先輩もそうだ。

 両チームのスタメン発表が終わり、ついに試合が始まる。


 秋季大会初戦、注目のカードということもあり、多くの観客が詰めかけている。そんな中で実力が発揮できるのか。

 もちろん、スタメンに名を連ねただけで俺はまだ満足しない。この試合での活躍こそが本当のレギュラーとして認められることだと俺は思う。


 

 相手投手に見たことのある名前があった。確か全国大会の舞台で戦った記憶がある。

 沢田さわだ 一俊かずとし。三回生でドラフトの上位候補とスカウトの評価が高い投手だ。球速以上の球威を持つ直球、多彩な変化球、それらをコントロールする力。どれをとっても大学トップレベルの選手だ。

 そんな相手に早海大ナインはなす術がない。一番から五番まで五連続三振に倒れ、二回裏二死で慎二に打席が回る。

 外野のほうから観戦しているため表情まではあまり詳しく見えないが緊張はしていないようだった。

 慎二は左打席に入る。


 初球。速球にタイミングが合わず空振りした。スイングスピードはだいぶ上がっているが、それでも一線級で活躍する選手にはまだかなわない。

 二球目。かろうじてバットに当てたが、俺はこの打席で慎二にヒットが出る気が全くしなかった。

 三球目。バットに当てたが、その打球はふらふらっと上がり、内野手のミットに収まった。連続三振をストップさせることはできたが、二回が終わってチームのヒットはない。


「まあ、最初はこんなもんだろ。あんな速い球、俺でも初見では打てないぜ」


 先輩はそう言った。

 味方投手は粘ってはいるが、毎回ランナーを出すなどテンポの悪い投球。それでも両チーム無得点のまま五回裏、一死一塁。慎二の前の打者がチーム初ヒットを打ち、二度目の打席が回ってきた。


 しかし、その初球。ボール球の変化球に手が出てしまい、ゴロになった。その打球を相手の野手はうまくさばき、ダブルプレーになる。

 遠くからであるが慎二が肩を落としているのがわかった。落ち込んでる暇はないぞ、と俺なら言うのだが、先輩たちは誰も慎二に声をかけない。


「守備に影響がなければいいが。二塁はバント処理で一塁ベースに付いたり、二塁牽制だったり守備技術以外の個々のケースへの対応力が必要だ。考える暇なんか全くない」


 先輩はそう言っていたが、俺は嫌な予感がしていた。誰でもミスを引きずることはある。それがまたミスを生む悪循環の入口に立っているのではないのか、と。


 六回表、一死一塁。両チーム点が入らない中、相手は動いてきた。ランナーが盗塁したのだ。すかさず二塁ベースに入った慎二だが、捕手からの送球を後逸してしまう。これでランナーが三塁に進む。決して取れないボールではなかったが嫌な予感が的中した。

 だが、それだけでは終わらない。先発投手の調子が悪くなり、ストライクが入らなくなった。あっという間に満塁になる。

 一点を争う試合のため、内野外野全員がバックホーム体制をとった。その初球、セカンドに打球が飛ぶ。慎二は一、二塁間に抜けそうな強い打球をギリギリ追いついて取った。

 そのままバックホームするが、その送球は捕手の頭を越える大暴投。三塁ランナーだけでなく二塁ランナーまで帰ってくる。


 重い重い二点。相手投手のことを考えると逆転は厳しくなってしまった。

 するとどこからか野次が飛んできた。


「馬鹿野郎! 何やってんだセカンド!」

「代えろ代えろ! 打てねえ、守れねえ、実績もない奴をいきなりスタメンで使ってんじゃねーよ!」


 どうやら熱狂的な大学野球のファンのようだ。人目を気にすることなく叫んでいた。

 だが内野手転向は奴が選んだ道だ。守備で自分の実力をアピールできないのならば、打撃で取り返すしかない。

 

 回は進んで八回裏。相手の先発、沢田投手は完封ペースで投げていたが、二連続で四球を出し、無死一、二塁になる。ここで回ってきたのは、今日全くいいところがない慎二だった。

 そのとき先輩は俺に言った。


「なぜ、新村は大学でも野球をするのか。お前も気になってるんじゃないか?」


 その通りだ。慎二は中学でも、高校でもベンチ外だった男である。何かケガをしているわけでもなかったが、チャンスを掴めず六年間ずっと公式戦に出られなかった。気持ちが切れて野球を辞めるケースが多いのだが、あいつは今、打席に立っている。


「やつはこう言っていた。『上手い、下手は関係ない。何度つまずいてもはい上がればいい。ただ自分は野球が好きだから続けられる』ってな」


 そうだ。なぜ続けられるのか、に対する答えは単純。好きなことだからこそ長く続くものだ。

 俺も野球が好きだ。だが自分が病気にかかったからといって諦めた。でもやつはどんなにチャンスに恵まれなくても諦めなかった。


 打席の慎二は一〇球以上も粘っている。そこに俺はあいつの諦めない姿勢を感じた。

 慎二に対して一五球目を沢田投手は投じた。

 それは今までタイミングが合わなかった真っ直ぐ。しかし疲労か、コントロールミスか、ボールは高めに浮いた。

 慎二はバットの芯でボールを捉え、そのまま強振。ライト方向に打球を引っ張った。強いライナー性の打球がライトスタンドに突き刺さった。


「あいつ、打ちやがった。先輩! あいつやるじゃないですか!」


 そう言って俺は先輩の方を向いた。が、俺は驚いた。先輩は笑顔だったがその瞳から涙がこぼれていた。


「ちょ、先輩! どうしたんですか!」

「本当によくやったなあ……」


 先輩はなおもこぼれる涙を拭きながら言った。


 

 試合が終わり、病室へと戻った俺は、先輩にこう言った。


「俺、リハビリ頑張ります。そして必ずマウンドに戻ってきます。もう一度やりたいです。大好きな野球を」


 それを聞いた先輩は、

「そうか。俺も新村も待ってるぜ! グラウンドでまた野球しような!」

 そう言って、先輩は病室を去った。

 

 それから一年の時が過ぎた。秋季リーグ戦が行なわれている。最終回の最後の守りだが状況は厳しい。一点差で二死満塁の大ピンチ。


 セカンドの守備についていた慎二は、先発投手の限界が目に見えているのだろう。これは打たれるという不安が顔に出ている。それを読んでいたかのように監督が選手交代を告げる。


「投手、黒沼」


 監督は叫んだ。俺はマウンドへと走る。

 俺がマウンドにやってくると内野陣が俺に頼んだ、頑張れよ、と声をかけるが慎二は固まったまま。俺は奴の肩を軽く叩いて言った、


「頼むぞセカンド」


 おう、と慎二は答え、内野守備に戻った。

 俺は久々のマウンドの感触から戻って来たことを実感し、腕を振り下ろす。


 速球に打者はタイミングが合わず空振りする。そこからさらに速球で押して三振を奪った。

 勝利を決めてすぐに寄ってきたのは慎二だった。奴はおかえり、と一言言った。

 それに俺は笑顔で、ただいま、と返す。

 

 復活の火を灯してくれた奴から大切なことを学んだ。


 何度失敗してもはい上がる。野球が好きだという思いをいつまでも胸にし、俺は今日も、これからも走り続ける。


復活の灯火二話、これにて完結です。

が、この物語自体はまだ終わりません。近日投稿予定ですのでお楽しみに。

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