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野球 短編集  作者: 国木田エイジロウ
俺たちの野球道
6/13

復活の灯火 前編

俺は黒沼くろぬま 聖二せいじ。かつて最速一五七キロの直球を武器に全国区へとその名を轟かせた投手だ。そんな俺は今、病院のベッドに寝かされている。

 高校で実力を見せていた俺だったが、プロには進まず、名門の早海そうかい大学に進学して野球をしていた。自身に病が忍び寄っていたことは気付きもせずに……。


 俺は推薦で大学に入学し、周囲からは期待され、二番手の先発要員で控えながら実力を示していた。

 だが、入学して二ヶ月後の六月始め。俺は右足首に違和感を感じ、念のために検査を受けた。

 そこで医師に告げられたことは一生忘れないだろう。


「脳腫瘍です。悪性のため、手術が必要です。成功率は高いですが、普通の生活に戻れても、野球は諦めないといけないかもしれません」


 俺は衝撃を受けた。健康管理にはいつも気を配っていた自分が、そんなことになるとは思いもしなかったからだ。

 俺は迷った末、手術を受けた。成功はしたが、右足の麻痺などの後遺症が残ってしまい、リハビリのために長期入院を余儀なくされる。


 だが、絶望はそこで終わらない。後遺症は利き腕の右腕にも及んでいたのである。

 利き腕が使えないことは俺を苦しめた。自暴自棄になり、リハビリに対する意欲は消えていった。

  

 そんな中、週に一度俺の見舞いに来る奴がいた。チームメイトの一回生、新村にいむら 慎二しんじである。


 慎二とは中学時代からのチームメイトだ。 野球に対しての情熱や思いは人一倍あるが、今ひとつ実力を発揮できていない。高校でもベンチ入りすることは一度もなく、これといって注目されることなく高校生活を終えた男である。


 早海大学を一般で受験していたようで、てっきり野球を諦めたのかと思っていた。だが、野球部の入部テストに合格し、彼は練習に励んでいた。

 勿論、レギュラーを掴もうとするならば俺の見舞いに来る時間などほとんどないはずだ。けれども、週一回、必ず俺が入院している病院にやって来る。

 ある日、俺は見舞いに来た彼にこう言った。


「また来たのか。俺の見舞いに来るのはいいが、自分のこともしっかりやれよ」


 だが彼は、こう返す。


「やってるさ。聖二もリハビリ頑張れよ」


 励ましてくれるのはありがたいことだが、復帰は絶望的である。俺は言った。


「俺、野球やめようと思う」


 そう言うと彼は、


「何言ってるんだ! リハビリすれば治るはずだ。どんなに時間がかかっても諦めたらそこで終わりなんだぞ!」


 彼は急に熱くなって俺を説得する。そんな彼に向かって、俺は冷たい一撃を放つ。


「お前に何がわかるんだ。レギュラーはおろか、ベンチ入りすらしたことのないお前が!」


 この言葉を放った俺は、

『しまった、少し言いすぎた』

 と思い謝ろうとした。

 しかし、彼の顔に沈んだ表情は見られない。

 俺が謝る前に、彼のほうが先に言った。


「じゃあ、俺がレギュラーになったら、リハビリ頑張ってくれるか?」


 俺は驚いた。彼は続ける。


「俺は聖二と一緒に野球がしたい。確かにお前の言う通り中学でも高校でもベンチ外だった。だが、三度目の正直だ。見てろ! 今度こそレギュラーを掴んでみせる!」


 そう言って、彼は病室を後にした。

 彼が立ち去った後、俺はつぶやいた。


「無茶だぜ。一般入学の一回生がスタメンに名を連ねようなんて……」



 春が過ぎ、夏になる。速水大学は東都大学野球連盟の一部リーグに所属している。

 このリーグは春季、秋季と二回あり、毎年選手たちが白熱した戦いを見せていた。

 今の時期は熾烈なレギュラー争いが繰り広げられている。チームは名門だが、それは昔の話だ。今は毎年二部降格ギリギリのところで戦っていた。

 だが、今年は上位を狙えるだけの戦力は揃っている。そんなチームに年功序列などは関係なく、完全実力主義だ。

 だからこそ無理だとわかる。俺はあいつが早海大学の厚いレギュラーの壁をぶち破れるとは全く思わない。


 相変わらずリハビリに精を出せずにいたそんなある日、自分の病室に包帯をした青年が入ってくる。

 三回生の金城きんじょう 武蔵むさし先輩だった。

 この人は、同じ野球部の先輩でつい最近の春季リーグではレギュラーとして試合に出ていたと慎二から聞いていた。

 安打を量産する一方で、小柄な体格ながらホームランも打てる内野手である。だが今、その人の右腕には包帯が巻かれていた。


「よう。元気にしてるか?」


 しているわけがない、毎日が憂鬱だ。

 なんてことを真っ直ぐ言えるわけがなく、


「まあまあ、それなりに……」


 そう言って俺は苦笑いした。


「金城さん。その腕、どうしたんですか?」


 包帯をしているということは何らかのケガに見舞われたことは確かではあるが、気になったので訊いてみた。


「ああ、これか。つい最近の練習試合で打球を追ってフェンスに激突して骨が折れちまった。今度の秋季リーグには間に合うか微妙……ってとこだ」


 ファイト溢れるプレーが魅力の選手だが、時々追わなくても良いボールを追いかけてフェンスにぶつかっている光景を何度も見たことがある。その結果、ケガをしては元も子もない。病気だってそうだ。


「俺がレギュラーから外れることで一回生や二回生の奴らが秋季リーグではスタメンに食い込んでくると思っていたんだがな……」


 先輩の話によると、自分がケガで抜けた後に入る選手が不確定なのだという。控えや二軍から上げてきた選手を出して試しているのだが、先輩ほどの結果を残せる選手はいない。

 なお、先輩が守っているのは二塁。内野の中では遊撃とともに高い守備技術を必要とする。そんな中で打撃成績を残すのは難しい。

 故に、先輩と肩を並べられる選手がなかなか出てこないのである。

 そんな話をしていたが、先輩が一つ俺に質問した。


「だが、一人だけ俺の後釜を任せられるやつがいる。聖二、誰だと思う?」


 考えたが思い浮かばない。考えて何も発しない俺に先輩はこう言った。


「新村を知っているか? お前と同回の。守備の経験はまだ浅いが、さすがお前と同じ高校にいたやつだ。打撃も、試していたやつらの中では一番いい。現状では新村が適任だと思っている」


 そんな馬鹿な、と俺は思った。まず、あいつは本来外野手だったはず。内野の経験はないに等しいはずだった。


「確かに、あいつに内野の経験はない。だが外野は抜かれれば終わりというシビアなものだ。そんな責任を背負っている三人のレギュラーの高い壁をはね返せるとは思わなかったから内野への転向を俺が勧めた」


 先輩にとって慎二に内野への転向を勧めたのは一種の気まぐれ、いや、気まぐれというより冗談に近い言い方をしたそうだ。

 しかし、やつはそれを本気で受け止め、死に物狂いで練習し、レギュラーをその手に掴もうとしているようだ。だが……。


「俺は信じられません。そういうのは実際に確かめてみないと」


 すると、その言葉を待っていたかのように先輩は笑って言った。


「ほう。そんなに気になるか。どうせ見に行くなら秋季リーグでのやつの実力を見た方がいいだろう。その時が近くなったらまた病室に見舞いに来る」


 そう言って先輩は病室を後にした。


 

 東都大学一部秋季リーグの一週間前、先輩が俺の病室にやって来て、一枚のチケットを渡した。

 先輩は来るのか、という質問をすると、


「当たり前だ。俺の後釜の成長を俺が見なくてどうする。それに足に麻痺が残っているお前は車椅子で試合観戦をすることになるが、付き添いが必要だろ」


 先輩はさらにこう続けた。


「新村は一応、ベンチ入りした。スタメンで使われるかどうかはわからないがな」


 そう言って先輩は笑みを浮かべる。いかに試合を楽しみにしているかが伝わって来る。

 内野手の新村。あまり想像できないし、ポジションを変えた程度で活躍できるとは思えない俺だったが、心のどこかで活躍を期待する自分がいるのであった。


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