銀河リーグへようこそ! 前編
今、黒沢 正人は宇宙にいる。正確には宇宙船と思わしき物の中に。
中学の野球部の練習試合の帰り道、突然それは現れた。テレビで騒がれたこともある、未確認飛行物体だ。抵抗する間もなく吸い込まれ現在に至る。
俺をどうするつもりだ、と叫ぶが誰もその場にはいない。窓に映る地球がどんどん離れていく。全てはここから始まった。
宇宙船はどこかの地で止まったようだ。正人は飛行船から降りてみることにした。
空気がある。だがここは地球ではない。辺りは赤土に覆われていた。
「いやあ、お待ちしておりました。地球人の方」
スーツを着た青年が正人に挨拶する。いやいや。あなたも地球人だろ、とツッコミを入れると、
「話しやすいように地球人の姿に変装しているだけですよ。私の本当の姿を見れば地球人は気絶してしまうかもしれませんからね」
青年は宇宙人、ということか。とても信じられない。
「あの、これから俺はどうなるんでしょうか」
正人は心配そうに青年に尋ねた。
「あなたにはやってもらいたいことがあります。詳しい話は目的地に着いてからにしましょう」
そう言って青年とともに歩くことになる正人。
この時まだ正人は知らなかった。自分がとんでもないことに巻き込まれていたことに。
青年の名はセイロンという。渦巻地区野球連盟の広報担当とか言っていたが何を言っているかさっぱりだ。
「あなたは選ばれたんですよ。栄えある渦巻地区の野球チームの補強選手にね」
セイロンは正人に話した。
「今、渦巻地区には数多くの野球チームが存在します。それらのチームの中にはメンバーがギリギリなこともよくあるのですが、それをあなたに助けていただきたいのです」
つまり人数が足りないから助けてくれ、ということか。
そう正人は考えていたのだが、そんな単純な話ではないことはだいぶ後になってから知ることである。
セイロンからいろいろな話を聞いた。今いるこの星は惑星アルファ二八。数百年前、既に生命が全て滅び生活できない星だったが、宇宙の富豪たちによってなんとか過ごせる星へと変わった。
到着した際は赤土だけで周りは何もなかったが、しばらく歩くと街が見えた。
木造二階建ての家がちらほらある中、一際目立つ建物がある。野球場だ。
セイロンはこの場所でチームのメンバーと待ち合わせをしているらしい。
セイロンと正人は野球場の中に入った。 グラウンドには青いジャージを着た者たちがいた。皆、人間ではない。
「紹介しましょう。彼らは渦巻フェニックスのメンバー。あなたが所属することになるチームの仲間です」
一歩、タコのような選手が前に出て来て腕を差し出した。
「俺の名はキング・オクト。地球でいうタコやイカといった者たちが進化を遂げた者だ。よろしく」
正人も自己紹介して、こちらこそよろしく、と返し握手する。
チームの仲間全員を正人は見た。皆タコやイカに似ているが、地球にいるそれらとは大きく異なる点がある。
この場にいる彼らは四本の足をうまく使って歩き、そして肺で呼吸をしているようだ。
「さて、そろそろ私も元の姿に戻りますか」
セイロンはそう言うと姿が変化した。
肌の色は白に近いくらいの薄い青緑で瞳は青い。これだけでも彼が人間でないことは言うまでもない。
だがあまり地球人とは変わらない気がする。不気味だとは全く思わなかった。
「あれ、驚かないんですね。前、地球人にあった時は気絶されましたから心配だったのですよ」
正人はそれよりも気になることがあった。
「人数、少なくないですか?」
実際、正人を含めて一〇人。本当に勝ちを目指すなら人数はもっと多い方がいいはずだ。
「まあ星の者全てが野球をやるわけではありませんからね。あと宇宙船を動かすにも相当な費用がかかりますし……」
要は色々と事情があるということだ。
それ以上は聞かないことにした。
助っ人として来たのはいいが彼らの実力が気になる。とはいえ正人も実力があるとはいえないのだが。
正人たちのチームが出場する大会は渦巻銀河杯という野球大会だ。
地球が所属しているのは天の川銀河だといわれている。正人以外の選手は皆地球から遠く離れた渦巻銀河出身の者たちだ。
とりあえず正人は練習を見せてもらうことにする。
皆練習着に着替えた。ここまでの案内役だったセイロンも練習着を着ている。
「驚きました? 私はこのチームの選手でもあるんですよ」
正人はまず球場のベンチから見ることにした。
練習が始まる。キャッチボールなどは普通にこなしていたが守備練習になるとボロが出た。
一言で言うと酷いものだった。
守備とはいえない。単純な内野ゴロを何度もトンネルしている。それ以前に何故かはわからないが、皆やる気が欠如していた。
「練習ははかどっているかね、諸君」
その声を聞いて、全員の動きが止まった。ベンチには髭を生やした一人の男がいた。地球人でないことは一目見てわかる。頭が牛。ミノタウロスに似ている。
腕に眩しいほどの宝石。恐らくは宇宙の富豪たちの一人なのだろう。
「ほう、君が補強選手の正人くんか。まあ頑張ってくれたまえ」
そう言うとその男は、私は用事があるからとベンチを去った。
「あの男は誰なんだ?」
「あの方はバイソン。宇宙の富豪の一人で、このチームのオーナーです」
セイロンが説明した。その後、正人は真実を思い知らされる。
「私たちはあのバイソンによって野球をさせられているのです。それぞれの家族を人質に取られているのです」
セイロンたちは他の星からバイソンの金儲けのために強制的に連れてこられた、というのだ。
とある渦巻銀河内の星の一つであるこの星で練習の日々を送っている。
ここから逃れるための方法はただ一つ。大会に優勝して、真実を公表することだと彼らは考えた。
「でも、無理なんだ。大会は年一回開催されるだけで、その大会には俺たちを遥かに凌ぐ実力のチームだっているからなのさ」
キングが言う。
なぜ、野球なのか。その理由を聞いてみる。
「そんなの宇宙の富豪の気まぐれに決まってる。どっちみち俺たちはここで一生を終えるのさ」
チームは諦めきっている。正人はこう言った。
「元の星に帰りたいんだろ。君たちは野球を心から楽しんでない。だから勝てないのさ」
気持ちが後ろ向きならプレーも後ろ向きになる。そうなると自然と消極的なプレーが増え、エラーも多くなる。
正人は何かに気づき、セイロンを呼んだ。
「俺も練習に参加しよう」
「そうですね。彼らとチームワークを高めることも必要ですからね」
正人は外野守備についた。セイロンがノックを打つ。
打った打球は鋭い。守備の上手い選手でも取れるか分からない。
だが、平然と正人は打球を捕り、送球する。その送球も一流選手をはるかに凌ぐ鋭く、速い。グラウンドにいた仲間の誰もが目を丸くし驚いた。
「なんだ、今の送球。奴は化け物か」
キングは思わず言った。
「この星に来てからなんか体が変だと思っていた。ここはどうやら地球よりも重力の軽い星らしい」
正人は言った。この星では地球人はスーパーマンのようになれる。
「だから俺がたまたま選ばれた。野球がそれなりに上手ければ誰でも良かった。そうだよな?」
セイロンは頷いた。ここに正人がいるのは偶然なのだ、と。
キングや他のメンバーたちは複雑な表情だ。
「別に気にするなよ。俺はそんなに迷惑だなんて思ってないぜ。俺は野球以外にもう一つ、地球の外に行く理由があるからな」
正人は言った。皆、正人の話が気になるようだ。
「俺には一歳上の姉がいた。俺よりも野球が上手く、リトルではエースだった。でも俺は見たんだ。俺をさらった時と似たような物体が姉さんをさらったのを」
正人は未確認飛行物体にさらわれ一年前に行方不明となった姉を探していた。もしかしたらどこかの星で生きているのでは、と考えたのだろう。
「それは大会を勝ち上がっていけば何かわかるかもしれないな。それにここに最高の補強選手がいる。俺たちも元の星に帰れるかもな」
キングは言った。上手くいけば正人の姉を見つけ皆が元の場所に帰れる。
そのことを理解してからというもの、チームの士気が高まり、練習でのエラーも少なくなった。
これなら勝てる気がする、という希望が生まれた。試合の日は徐々に近づいていく。
「重力トレーニング?」
練習後、正人はセイロンと話をしている。どうやらさらにチームを強くするための新しいトレーニングのことだろう。
「そのままです。この星より重力の大きい所で練習をすることで正人さんのような状態を作り出すのです」
そんな場所に行くためには今いる星を離れ重力の大きい星に行く必要があるのだが、セイロンはその必要がないと言う。
セイロンはタブレット端末のようなものを取り出し、一枚の写真を見せた。写真には紫色の建物が映っている。
「グラビティルーム。体感する重力を自由自在に調節できる施設です。私が知る限り、こういう施設があるのはこの星だけです。明日からここで練習しましょう」
そう言われ、次の日。正人たちはグラビティルームの前にやってきた。
辺りはいろんな建物がある。ビルなどがあることからここは都会のようだ。
正人が思っていた以上にこの星の開発は進んでいる。
「さて、練習だ。大会の予選まであと一週間しかない。やるぞ」
キングを先頭に他のチームメイトも施設に入る。そこからの練習は地獄だった。
体が思うように動かないというのが、一番の感想。地球よりもさらに大きい重力に設定されているため正人でもきつかったようだ。
だが、正人以上に音を上げたのは他のチームメイトたちだ。練習が終わったころには全員がヘトヘトになっていた。
「これを一週間か。体が持つのか?」
練習前の覇気はどうした、と言いたいところだが、正人も限界だ。
予選まであと一日に迫った日。だいぶ体に慣れた気がする。グラビティルーム内でも普段の動きよりはまだ遅いが、皆ある程度動けるようになった。
練習を早めに切り上げ、実際にグラウンドで実戦練習をする。
体が軽くなった反面、投げるタイミングが狂う。送球のミスが出てくる。
だが、セイロンが指示を送る。
「三歩右から軽くスローイング!」
軽く送球したつもりだが、いつもくらいのスピード、送球は早くなっている。しかし、一塁手は普通に捕った。
「私は重力のことを深く学んでいます。こういった調整は朝飯前ですよ」
セイロンは相当な博学者でもあるのだという。そんな方までもがバイソンによって連れて来られたというのは不運でしかない。
練習後の夜、正人はセイロンと話した。
「不安ですか。戦うのが」
「ああ。負けたら元の星に帰れないだなんてな。あのバイソンとかいうオーナーの悪事さえ公表できればいいんだが」
正人は率直に言った。
「言ってしまうのは簡単かもしれませんが明確な証拠が必要です。あと一つ気づいたのですが……」
セイロンが話した内容は正人にとって他人事ではなかった。負けられない大きな理由が出来た正人。
ついに大会が始まる。