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野球 短編集  作者: 国木田エイジロウ
俺たちの野球道
10/13

逆襲に燃える者 後編

 試合が始まった。他の選手の調子が悪いことや、もともと一軍に一塁手が少なかったこともあり川之江は二番一塁でスタメン出場。


 早海大学が先攻。

 初回、力の差を見せつけられる。打者一巡の猛攻で六点を失ったのだ。先発投手は一回もたずに降板。

 なおも無死満塁。これ以上の失点は終戦を意味する。

 内野は前進守備。もう一点もやれない。

 だが、無情に強烈な打球が一塁線に飛ぶ。


「させるか!」


 川之江はギリギリ打球に飛びついた。


「もう一点も……やらせはしない!」


 すぐにホームに送球し一死。捕手はすぐさま一塁に送球する。一塁に入った川之江が一塁ベースをタッチして二死。

 三塁ベースのある方向を見ると走者がベースを追い越したすぐ先で転んでいた。

 すぐさま川之江は三塁に向けて送球する。

 矢のような鋭い送球が三塁手のグローブに吸い込まれた。走者が三塁に戻るより先に三塁手が走者にタッチする。

 トリプルプレー成立。試合を見に来ていた客から歓声が湧き上がる。


「まだ初回だ。少しずつ点を返していけ。諦めない限り希望はある!」


 監督は選手に向かって言う。皆がリベンジに燃えている。川之江以外のスタメンの選手全員は苦杯をなめさせられた。川之江以上に悔しかったに違いない。

 彼らの目は燃えている。点差があっても誰一人諦めてはいない。


 一回裏、慶祥院大学の攻撃に移る。相手の先発はあの黒沼だった。直球が相当速いため大量得点はそう簡単に望めない。だが、川之江は黒沼の弱点を知っている。

 球が速いゆえの弱点、制球力だ。速い球をストライクゾーンの四隅にコントロールする力を持つ投手は数少ない。速く、力強い投球をする黒沼は球が荒れやすい。


 川之江の知る通り実際に球は荒れ、黒沼はストライクが入らない。

 一番が四球で出塁する。川之江の最初の打席が回ってくる。野手が前に出てくる様子はなく、バントに無警戒であることがすぐ分かった。

 川之江に対する初球、投球と同時に川之江はバントの構えを取り、バットに当ててボールを三塁方向に転がす。


「そんな馬鹿な、ありえない。あいつが送りバントだと?」


 慌てたのか、黒沼はとんでもない方向に大暴投。ボールは転々とライト方向のファールゾーンまで転がる。

 無死二、三塁。慶祥院のクリーンナップに回る。ここまでくれば一点は容易い。

 今日の黒沼の調子はかなり悪そうだ。高校時代はたとえ調子が悪くてもすぐ修正し、ピンチを未然に防いでいた。

 だが黒沼の顔には焦りがあった。

 三番打者への初球。ど真ん中だ。

 甘い球を見逃さずスタンドに運ぶ。三点を返し、勢いに乗る。この回の得点はこれだけだったが、六点も差があるままよりはずっといい。


 確かに勢いはあった。ピンチの場面で好プレーが飛び出し、初回以外は得点を与えない。

 一方の攻撃では二回、三回に一点ずつ返し詰め寄る。

 だが、黒沼も負けてはいない。立ち直ったのか、四回以降は無失点。試合は一点差のまま最終回に突入する。


 九回表、二死。黒沼が打席に立つ。一点差ではあるが三者凡退で終えることができれば流れはこちらに傾く。

 しかし、その希望もむなしく強烈な打球が外野の頭を越す。さらに打球はフェンスも越えていく。

 黒沼にホームランを打たれてしまった。膠着状態の試合でこの一点は重い。

 後続は抑えたがうなだれるチームメイトたち。点差は二点になってしまい、勝つためには立ち直った黒沼から三点取らねばならない。


 二点を取って延長、という考えもあるが慶祥院大学はベンチにいる全ての投手を使い切っており、今投げている最後の投手で延長を戦って勝てる可能性は低いだろう。


「秋のあの屈辱的な敗戦からよくここまで頑張った。あの時は一七点差だったが今は二点差。これくらいひっくり返して勝ってこい!」


 監督は言った。川之江たちもそれに応える。

 九回裏、この回は七番から始まる。塁に二人出なければ負けてしまう。

 だが七番は三球三振、八番は粘るもボテボテの投手ゴロで二死。

 九番も二ストライクと追い込まれ、あと一球。こんなところで終わりたくはない。


 黒沼は腕を振って投げた。ラストボールかと思われたそのボールは抜け、ヘルメットのつばに当たる。死球だ。

 首の輪一枚繋がり、一番に打順が回る。

 黒沼は一人で投げていた。今の早海大学は黒沼頼り。この試合は相当な球数を投げ疲労もあるはずだ。顔にもそれが現れていた。


 おそらくもう限界だろう。最後は俺が引導を渡してやりたい、と川之江は思った。

 一番打者に四球を与え二死一、二塁。川之江が打席に入る。


 疲れていた表情とは一変、目の色が変わった。負けたくない気持ちが現れている。

 だが、負けられないのは川之江も同じ。かつて舐められていた相手を打ち負かす、逆襲のチャンスだ。


 その初球、川之江は見逃す。ストレートは一五七キロを計測。何人もの強打者を倒したあの速球だ。二球目、その速球をかろうじてバットに当てる。

 追い込まれても川之江は自信を無くさなかった。なぜなら川之江には黒沼が次に投げる球を知っているからだ。


「ストレートを二球連続で続けても変化球を投げたりなんかしない。お前はいつだって速球中心、自分の速球に絶対の自信を持っていたからな。今ここでその自信を打ち砕いてやる!」


 三球目は川之江の読み通り、ストレートだ。ぎりぎりまでバットを出さずに我慢しボールから目を離さない。素振りで鍛えたスイングスピードの強化。やれる。打てる。自分を信じ、川之江はバットを振った。

 打球は黒沼の方向へ。黒沼はグローブを上に向けて伸ばす。

 だが、グローブにボールが収まることはなかった。その打球はさらに上に上がりセンター方向に綺麗なアーチを描いた。


 逆転サヨナラ三ランホームランだ。

 川之江はホームベースに帰って来て、チームメイトに揉みくちゃにされている。

 監督からはこう言われた。


「三軍でも諦めず、よくここまでたどり着いたな! これからもうちのチームの一員として頑張ってくれ!」


 努力をたたえ、今後への激励の言葉だ。

 野球を辞めたいなんてもう微塵にも思わない。辛く、苦しい経験と努力があるから成功した時の喜びが大きいのだ。それをすっかり忘れていた。

 

 試合後、川之江は黒沼と会った。


「絶対に次はお前を全打席三振に抑えてやる。覚悟しろ川之江!」


 そう黒沼が言うと川之江は笑って言った。


「次にやるときは、もっとお前からホームランを打って返り討ちにしてやるよ」


 二人は笑い合う。

 これがのちにプロ野球で次元を越えてしのぎを削る二人の大学時代の一幕であった。


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