第9話 憂鬱
クロエはジョワルと部屋で話していた。
「本当に、あの人と旅をするんですか?」
珍しく食ってかかる様な口調にジョワルが顔を顰める。
「まぁ、言いたい事はわかるがな。勇者の人間性までは伝わっていないし、仕方があるまい」
子供の頃に聞かされる物語の勇者は、物語の主人公らしくかなりかっこいい人物像になっていた。
勿論、クロエも美化された物語の話だと言うのはわかっては居たが、余りにも思っていた印象と違い過ぎるのだ。
「あの人が魔王を倒すとか国を救うとか思えません…」
クロエは怒られる覚悟で自分の意見を口にする。
だが、
「私も思わないし、陛下も同じ考えだ」
意外にも帰ってきたのはクロエの意見に肯定する返事だった。
「それなら…」
何か言いかけたクロエをジョワルが手を上げて止める。
「だがな、もしかしたらと言うこともあるだろう。実際にあの男は、お前の才能を見抜いたようだしな」
そう言われてクロエは、先程の事を思い出した。
話が終わった後、何を思ったのか「すてーたす」と呟いてはしゃぎ出したタケルが、クロエを見て魔力が凄いと騒ぎ出したのだ。
何か色々言われた気がするが、相変わらずさっぱりわからない言葉だったので、よく覚えてはいない。
「何を言ってるのかわかりませんでした」
「私もわからなかったが、お前の魔法を見たわけでもないのに、気が付くのは勇者の力か何かなんだろう」
それはそうかも知れないが、相手に伝わらないなら意味は無いのではと思ってしまう。
「それにこうは考えられないか」
諭すような口調になったジョワルがクロエに言う。
「陛下もあの者が魔王を倒せるとは思っていない。だが、あの者と旅をするなら、王女の失言からとはいえ、お前は宮廷魔道士として給金を貰える。
ここで私の庇護を受けて暮らすのも良いが、ここはお前にとって余り居心地良い場所でも無いだろう?」
ジョワルの言葉にクロエの顔が曇る。
「知ってたんですね」
「まぁな。だが、メイドの陰口を無理に抑えてもかえって拗れるからな」
そう言われてクロエはため息をついた。
「わかりました。諦めます」
クロエがそう言うと、
「な、何するんですか!!」
女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
ここは王城だ。女性の怒鳴り声など滅多にあるものでは無い。
ジョワルとクロエは、お互いの目を合わさると部屋を出て行った。
(嫌な予感しかしないのですが…)
声がした方に向かって歩くクロエは思った。
場所はすぐ分かった。
その部屋の周りに先程の悲鳴を聞いたのかひとだかりが出来ていたからだ。
「その部屋って」
「あぁ、勇者様のお部屋だな」
そうクロエに答えるとジョワルは部屋の中に入っていく。クロエもそれに続いた。
予想通り、部屋には勇者…タケルが居た。
「これは何の騒ぎだ?何があった?」
ジョワルがきつい口調で尋ねる。
部屋に来る際に走り去るメイドの姿を見かけたので、想像は出来たのだ。
「いや、すげー世話やいてくれるから、俺に惚れてんのかなってキスしようとしたら、いきなり怒られてさ」
クロエは頭が痛くなりそうだった。
(メイドだから世話をするのは当たり前でしょ)
「したらであって、してはいないんだな」
「未遂だよ!その前に怒って出て行ったから…本当だって」
ジョワルの質問に自分は悪くない風に説明するタケル。
(いや、いきなりキスしようとするだけで充分駄目だから)
周囲の人々は、まるでゴミでも見るかのような視線をたけに向けている。
ジョワルはため息をつくと、
「そう言う女性が良いなら呼ぶが、その方が良いか?」
とタケルに聞いた。
(えぇぇ)
山の中で育ったクロエは具体的な仕事の内容まではわからないが、それ故の偏見からその提案に嫌悪感を持ってしまう。
「い、いや、そう言うのはやっぱり好き同士じゃないと駄目だと思うんだ」
つい今しがた無理矢理メイドにキスしようとした男とは思えない言葉をタケルが言う。
「要らないならそれで良いが…勇者とは言え犯罪は犯罪だから気をつけてくれ」
それだけ言うとジョワルが部屋を立ち去ろうと振り向いてクロエと目が合った。
「あ、あの……」
「変な事をしたら魔法で吹っ飛ばしていいぞ」
それだけ言うとジョワルはクロエの横を通り過ぎて部屋を出ていってしまった。
クロエもそれに続いて部屋を出る。
(旅に同行しなくていいとは言ってくれないんだ)
これからの旅を思うと気が滅入るクロエであった。