第6話 勇者召喚
王城の一室に呼ばれたクロエは戸惑っていた。
殆ど他人と話した事が彼女は、沢山の人が集まったその部屋の様子に困惑していたのだ。
部屋の中心の床には大きな円が描かれており、
その周囲に篝火が焚かれた円柱が立っている。
その数は6本。
ジョワルに言われて付いてきたのだが、そのジョワルは豪華な冠を被った人と何か話をしている。
何をするのかは昨晩聞いた。
別の世界から勇者を召喚すると言っていた。
(勇者って…あのおとぎ話のだよね)
クロエも勇者の昔話は聞いたことがある。
呼び出された勇者は英雄を集めて魔王を倒した。
そんな話だ。
でも、大の大人が何人も集まって、おとぎ話のはずのそれを実際にしようとしていると聞いて驚いた。
どうしたら良いのか分からず一人佇んで居ると、
白いドレスを纏ったクロエより少し歳上くらいの女性が話し掛けてきた。
「貴方が噂の小さな魔道士さんかな?」
その人は綺麗な人だった。
着ている服もそうだが、話し方や仕草に品がある。
山の中を走り回っていたクロエには決して無いものを相手に感じて緊張するクロエ。
「えっと…クロエです」
自分が魔道士なのか良くわからないクロエは、名前を名乗った。
そこに話を終えたのかジョワルがやって来た。
「これはフェリシテ王女殿下」
(王女様!)
ジョワルの言葉を聞いてクロエが益々緊張で固くなる。
(なんで王女様が私に話し掛けて来るの?!)
そんなクロエの緊張に気が付かないふたりは、そのまま会話を初めてしまった。
「この子が6人目なんですよね?」
「はい。このクロエは、ゲイツ老のお孫さんですし、魔方陣の扱いも教えてあります」
ジョワルの返事に少し考え込む王女。
「失敗しても魔道士の方には危険は無いのですよね?」
「大丈夫です。今までも特に危険な事は起きておりませんので」
今までの儀式にはフェリシテも参加していたからわかっているのだが、彼女は自分よりも若い少女が参加すると聞いて確認せずには居れなかったのだ。
「そうですか…そうですね」
そう言うと、フェリシテ王女はクロエの方を向いて、
「頑張って下さいね。決して無理はしないように」
そう微笑みながら言った。
クロエは、無言で頷き返す事しか出来なかった。
「それでは、そろそろ始めようか」
ジョワルに言われて魔方陣の方に向かって、ジョワルの後ろについて行った。
魔方陣の周囲に立つ6本の柱。
その柱の前に、それぞれ大人が立っていた。
この部屋に子供と呼べる歳の者は、王女以外ではクロエしか居ない。
その王女は先程ジョワルが話をしていた男性の横に立ってこちらを見ている。
(あれが王様なのかな?)
「儀式に集中しろ」
そんなクロエにジョワルの声が飛んだ。
「は、はい!ごめんなさい」
思わず身をすくめてしまうクロエ。
だが、集中しろと言われてもクロエは困るのだ。
実は毎晩色々な魔方陣を見せられ難しい話をされたが、何一つ理解出来ていなかったのだ。
初めて聞くような言葉で説明されても全くわからなかった。
言われている事がさっぱり解らなく、かと言って聞くと怒られるかもと困っていると、
どこからか精霊達が来て魔方陣に集まると、ジョワルは出来たなと言ってその日の魔法の話が終わってしまうのだ。
(大丈夫かな…)
クロエは不安だった。
勇者の召喚自体に興味は無かったが、ここを追い出されると、どうやって暮らしていけば良いのかわからなかったのだ。
目の前の床に描かれた魔方陣は、いつも部屋で使うものの何倍も大きかった。
「始めるぞ!」
ジョワルのそのひと声をきっかけに、魔方陣に立つ自分以外の5人が何かブツブツ言い始めた。
(なんだか…ブツブツ言うのを見るのって、怖いかも。私が精霊と話しているのを見た人は、こんな気持ちだったのかな)
なんとなく自分が気持ち悪がられるのがわかった様な気がした。
暫くすると5人の周囲に精霊が集まって来るのが見えるが…なんだか嫌な感じをクロエは覚えた。
集められた精霊の気持ちがわからないというか、無理矢理集められている感じがしたのだ。
ふと気が付くと、自分の周りにも同じ様に精霊達が集まるが、自分の周りにいる精霊からはいつもの温かい空気を感じる。
(手伝ってくれるんだね)
声を出しては行けない気がしたクロエは、心の中で集まってくれた精霊にお礼を言う。
(え?失敗する?)
精霊の声に魔方陣に立つ男達を見ると、なんとなく精霊が伝えたい事がわかった。
6つの円柱と魔方陣の角はそれぞれが、光、闇、火、水、風、土を表しているが、そのバランスが揃っていなかった。
闇と土が他より弱くて、水だけの筈が風や火が少し混ざっている。
クロエは自分が立っている角の火の精霊はそのままに、他の精霊を集めて足りない分を補おうと考えた。
どこからか飛んできた闇と土の精霊がそれぞれの魔方陣に集まる。
ふわりと、意識を取り戻したような動きを見せた風と火の精霊が、あるべき角に移っていく。
全ての角が揃った瞬間、突如、魔方陣全体が光を放つ。
あまりの光量に目を瞑ったクロエの耳に知らない男の声が聞こえた。
「いってぇ〜、ここどこだ?」