第3話 火葬
ジョワルはクロエの住む家に向かって馬を駆けていた。
傍らを駆けるのは軍医だ。
馬を駆れる医者を探している間は無かったのだ。
クロエとの会話の後、彼は部屋を飛び出し王にゲイツ老の所在がわかった事を告げると、その足で軍部に赴き、王城を後にしていた。
クロエの家まで迷う事は無かった。
自分が行った事が無い場所の筈が、マッピングの魔法を使うと既にマッピング済みの様に映るのだ。
クロエとゲイツ老の住む家に辿り着くと、馬から飛び降りて扉へと向かう。
疲れ果てた馬はその場に倒れてしまった。
その家はちっぽけな山小屋だった。
元宮廷魔道士が住むには余りにも質素な住まいだ。
扉を開けてジョワルが叫ぶ。
「おい、クロエ!ゲイツ老は…」
そこでジョワルは息を呑んだ。
床に居るのは、間違いなくゲイツ老…ゲイツ・シャティヨンその人だった。
既に事切れて横たわるゲイツの傍らで泣いている少女がいた。
「お前が…クロエか」
そう問いかけると、
「おじいちゃんが…死んじゃった…」
泣きながら少女が言った。
(この少女がクロエなのか…これではもう勇者の召喚は)
その場に立ち尽くすジョワルの横を遅れてきた軍医が通り過ぎた。
軍医はゲイツの容態を確認するが、ジョワルに向かうと横に首を振った。
「すまん、間に合わなかった」
ジョワルはクロエにそう言った。
そのままジョワルと軍医は、テーブルに座りクロエが泣き止むのを待っていた。
初めて会う少女を慰める言葉などわからなかったし、外はもう日が落ちてしまっている。
今から王城に夜の山を戻るわけにも行かないので時間はあったのだ。
翌朝、いつの間にかテーブルに突っ伏して寝てしまっていたジョワルが起きると、軍医と一緒にクロエがやって来た。
「ありがとうございます」
そう言うとクロエはジョワルに頭を下げた。
「間に合わなかったのだから、礼は要らないぞ。それより、これからどうする?」
ジョワルは、山小屋の様子からクロエとゲイツの二人暮しだと思って、ゲイツが亡くなったから、ここで住むのかと言う意味で聞いたのだが、違う意味に取られたらしい。
「おじいちゃんを…空に返して上げようと思ってます」
この辺りでは火葬が一般的だった。
遺体を燃やす事で煙に乗った魂は空に帰る、そんな風に教えられる事が多い。
ゲイツもクロエにそう教えて居たのだろう。
「そうだな…手伝おう」
少女一人で大人の身体を運ぶのは難しい。
軍医とふたりで、山小屋の裏にある場所にゲイツの身体を横たえて、薪を並べて火葬の準備をした。
「別れの挨拶はもういいのか?」
そうクロエに聞いた。
「はい…昨晩、しましたから」
一晩泣いて、ある程度踏ん切りがついているのだろう。クロエはそう答えた。
「そうか。それじゃぁ、火を…」
山小屋に行きかけて、ジョワルは山小屋の中で火を炊いていなかったのを思い出し、その足を止めた。
「はい…お願い、精霊達」
そうクロエが言うと、クロエの周囲に幾つもの光が現れ、ゲイツを囲んでいた薪が燃え始めた。
(なに!こいつ、今何をした?!)
ゲイツの身体を炎が包み、火柱の様に燃えている。クロエは、それをじっと見ていた。
だが、ジョワルはもうゲイツの事を見ていなかった。驚きの色を含んだ眼でクロエをみていた。
(こいつ…本当に精霊と話せる…のか)