第1話 クロエと言う少女
ひとりの少女が居た。
彼女の名前は、クロエ。
サラサラとした黒髪の10歳くらいの少女だ。
彼女の祖父は、昔、王城で宮廷魔道士をしていたらしい。
だが、今は引退して両親を事故で亡くした孫娘と、山奥で暮らしていた。
「クロエ、暖炉の火をつけてくれるか」
「は〜い」
彼女は薪を暖炉に置くと、何やら呟き始めた。
「火の精霊さん、この薪に火をともして」
クロエの周囲に赤い小さな光が現れると、光は薪に吸い込まれる。
次の瞬間、薪が燃え始めた。
「クロエは、すごいのぉ」
鍋に入ったシチューを持ってきた祖父が、テーブルに鍋を置くと、そう言いながらクロエの頭を撫でた。
「そんな事無いよ〜、おじいちゃんだって出来るでしよ」
そう言うクロエは、嬉しそうに笑っていた。
「出来ることは出来るが、ワシは呪文やら契約やらが必要だからのぉ。
クロエの様にお願いするだけでは、魔法は使えないよ」
誇らしげな顔で孫に説明した。
クロエは精霊が友達だった。
物心付く前に両親を失った彼女だが、その頃から精霊の声を聴くことが出来た。
そして、いつの間にか当たり前に魔法を使うようになっていた。
祖父が宮廷魔道士の職を辞して、山奥でクロエと住むようにしたのは、その為だった。
普通は習得するのに長い修行を必要する魔法をクロエは、お願いするだけで使ってしまうのだ。
せめて魔道士の学校である魔道士学院に入れる15歳になるまで、山奥で過ごそうと決めていた。
周りが魔道士ばかりであれば、クロエの異常な力も周りから奇異の目で見られなくなると思ったからだ。
「おじいちゃん、大変」
テーブルの向かいでシチューを食べるクロエが驚いた顔をしてから、祖父に話し掛けてくる。
「どうしたんだい?」
「あのね、近くに狼の群れが居るんだって」
「そうか、それは大変だ。外には出ないようにしないとな」
「うん。居なくなったら、また教えてくれるって」
祖父には精霊の声は聞こえない。
いや、普通は精霊の声も聞こえないし、ましてや話したりなどは出来ない。
祖父は、それを昔から当たり前にしてきた孫娘を見て、学校で虐められたりしないだろうかと不安になった。
だが、そんな平凡な生活は長くは続かなかった。
祖父が倒れてしまったのだ。
「おじいちゃん!おじいちゃん!」
「うぅぅ…」
祖父が胸を抑えて苦しそうに呻く。
「お願い!おじいちゃんを助けて!」
クロエの呼びかけで、幾つもの精霊が彼女の周囲を回るが、祖父は苦しんだままだ。
「どうして、治せないの?! 」
祖父は病気だった。
怪我は魔法で治せても、病気は難しい。
病気によっては、進行を早める可能性だってあったのだ。
「治せる人を探す? この辺りには私とおじいちゃんしか住んでないよ!?」
精霊から助けれる人を探すように言われたが、ここは山奥だ。
周りに人は住んでいない。
「クロエ…」
祖父が苦しそうにクロエに話し掛ける。
「おじいちゃん! 精霊が…精霊が治してくれないの!」
「精霊を…責めてはいけない…これは病気だから…怪我の様には治せないんだよ」
「わ、私どうしたら…お願い!誰でも良いから助けて!」
精霊達はクロエの叫びを誰かに届けようと動き出した。