テスト最終日②
目の前に広がるのは、異様な光景だった。
たくさんのパンダがあちらこちらにいて、テスターたちが群がっている。
ゾウのときも酷かったが、パンダはそれ以上だ。
盛り上がり方が尋常じゃない。
のっそり歩いているパンダ、地面に寝っ転がっているパンダ。
笹に群がっているパンダたちに、木の上にいるパンダたち。
愛嬌のあるその姿は、確かに可愛い。
「パンダは本来なら猫と同様に寝ている時間の方が長い。起きているときは、遊んでいる方が多いけどな」
古賀さんに手を引かれながら、一頭のパンダに近づく。
すると、パンダは興味を示したのか、ゆっくりと起き上がると私の顔を覗いてきた。
正式名をジャイアントパンダというくらいだから、やっぱり大きい。
そして、大きいにもかかわらず、ちょこんと座っているとしか表現のしようがないのはなぜだろう?
ぬいぐるみのように座っているパンダは、両手で目を覆う動作をした。
「恥ずかしがらなくてもいい。ほら、リンゴ食べるか?」
え?
これ、恥ずかしがっているのか?
古賀さんがアイテムのリンゴを差し出すと、両手で受け取り、シャリシャリと音を立てて食べる。
もうなくなった、というように両手を広げると、古賀さんは相好を崩し、すぐに新しいリンゴを与える。
この動物に見せる顔も可愛いと思ってしまう自分にびっくりだ。
パンダはリンゴを食べ終えると、うつ伏せに寝そべってしまう。
あ、パンダの尻尾って白いんだ。
思わぬ発見に、パンダのお尻をジッと見る。
「もう、触っても平気だ」
パンダと一緒に添い寝する古賀さん。
パンダが寝返りを打てば、下敷きコースだな。
そして、なぜか他のパンダも集まってきて、古賀さんと一緒に寝始めた。
パンダに囲まれた古賀さんの嬉しそうな顔といったら。
他のテスターたちも、羨ましげにこちらを見ている。
また、職権濫用しているのか?
並んだパンダを眺めていて気づいたのは、パンダの特徴でもある白と黒の模様が若干異なることだ。
面積が違う感じだな。
前脚から背中にかけての黒い部分が、多いパンダもいれば、黒い部分が細くて白が勝っているパンダもいる。
だいぶ慣れたとはいえ、愛嬌があっても大きな動物はまだ怖い。
パンダを起こさないよう、ゆっくりと近づき、その体に触れる。
ふわっとした指触りだが、どこか荒さもあった。
だけど、毛布のような感じは、どこか安心させる何かがある。
撫でられたパンダは、目を覚ましてしまったのか、くわぁっと大きな口で欠伸をした。
そのとき、垣間見えた牙の鋭さに、慌てて手を引く。
このルックスで、その牙は反則だと思う!
めっちゃ怖いわ!
こうして、パンダとの穏やかな時間も過ぎていき、テスト終了のアナウンスが流れた。
「終わったか」
「はい。古賀さん、ありがとうございます」
「ん?」
「本物の動物はまだ無理かもしれないけど、可愛いって思うことが増えました」
私が動物嫌いだったせいで、今までペットを飼うことができなかった。
昔、お母さんと妹が犬を飼いたいねと言っていたことを思い出す。
今なら、小さい犬なら平気かもしれない。
「そりゃよかった。次は本物の動物だな」
「次?」
「黒崎さんがよければ、だけどな」
古賀さんがあまりにも優しい顔をしているから、恥ずかしくて直視できなかった。
俯いていたせいで、古賀さんの動きに反応が遅れた。
ぎゅっと抱きしめられ、耳元で囁かれる。
「好きだ」
その言葉の意味を理解する前に、おでこに温かいものが触れる。
「ここは、黒崎さんの返事を聞くまではお預けだな」
そう言って、私の唇に触れる古賀さんは、動物を触っているときよりもエロかった。
「やべっ!ちょ、待てって!」
突然、焦った声を出し、古賀さんが消えた。
強制ログアウト、されてしまったのだろうか?
一人取り残された私も、いつまでもここにいるわけにはいかないので、ホームの動物園へ移動する。
ゲームだとわかっていても、捕まえた動物たちにお別れを言うためだ。
ウサギやマーモットたちは懐いてくれたが、最後までヒョウは懐いてくれなかった。
ご褒美をあげている短い時間だけ、本当にちょこっとだけ触らせてくれる程度だ。
こうやって、動物たちが懐いていく過程も楽しむゲームなんだろう。
「またね」
ログアウトをして、現実へと戻ってくる。
「お疲れ様でした。発売までには、テスト時のデータを入れたプレイヤーカードを発行いたしますので…」
社員さんが何かを説明していたが、まったく頭には入ってこなかった。
それから、誰かに呼び止められることもなく、気がつけば家に帰っていた。
先に帰ってきていた妹が、何か煩く言っていたが、私の様子がおかしいことに気づくと大人しくなる。
古賀さんが好きだと言ってくれた。
だけど、それは恋愛としての好きなんだろうか?
今更ながら、私は古賀さんの連絡先も知らないのだ。
ゲームのテストという繋がりがなくなった今では、どうしたらいいのかわからない。
会社まで会いにいっては迷惑だろうし、そうすると古賀さんが動いてくれなければ繋がりは消える。
古賀さんに好きだと言われ、凄くドキドキした。
本当は、私もだと返事をしたかった。
もう、会えないのかな?
それとも、古賀さんを信じていてもいいのかな?
答えのでない問いを、いつまでも自分にしていた。
♦︎♦︎♦︎
もうすぐ、夏休みも終わる。
最初の一週間は、どこか期待していたと思う。
二週間目は、不安ばかりで考えないようにしていた。
三週間目になると、諦めた方がいいかもしれないと思うようになった。
そして今は、あれは私の聞き間違いだったんじゃないかと思っている。
気持ちを紛らわすために、宿題は早々に終わらせてしまった。
するとお母さんが、おバカな妹の勉強を見てやって欲しいとお願いしてきたので、妹に勉強を教えた。
勉強だけでなく、買い物にも付き合ったし、花火大会やお祭りといったイベントにも付き合った。
妹は妹で、テスト終了日から様子のおかしい私を心配してくれていたようだ。
「お姉ちゃん、行くよ〜」
なんとか宿題を終わらせた妹は、残りわずかな夏休みを遊び尽くすために、今日も私を引っ張りだした。
今日はゲーセンでゲーム三昧するらしい。
私も久しぶりに、シューティングゲームで発散しよう!
「あ、忘れ物!」
「もう!るり、先行くよー!」
落ち着きのない妹に対して、玄関先で叫ぶ。
妹も部屋から何かを叫んでいたようだが、聞き取れるわけがない。
「るり?」
急に背後から男性の声がして、心臓が飛び出るくらい驚いた。
「すまん、驚かせたか?」
一ヶ月ぶりのその声。
私は慌てて振り返ると、そこには古賀さんがいた。
「…古賀さん」
「お姉ちゃんお待たせ〜」
なんと言っていいものかわからず、黙ったまま見つめ合っていると、妹が戻ってきた。
「ん?お姉ちゃんの彼氏?」
「いやっ!ちが…」
「そうだ。すまないが、お姉さんを借りてもいいかな?」
否定しようとすると、古賀さんが言葉を被せてきた。
「どうぞどうぞ〜」
軽いノリで返事をする妹に、射抜かんばかりの視線を送る。
私の横を通り過ぎるときに、よかったねと言われ、妹は駅の方へと歩きだした。
くそぅ!知ったかぶりするんじゃない!!
「どこかゆっくり話ができる場所ってあるか?」
真剣な顔をしているので、断ることも逃げることもできなかった。
近所の公園に案内すると、公園では子供たちが元気に遊び回っていた。
何人かはポータブルゲームを持ち合い、対戦をしているみたいだったが。
ベンチに並んで座ると、いきなり古賀さんが謝った。
「来るのが遅くなってすまない」
「いえ、正直言って、来てくれるとは思っていませんでした」
その言葉を告げると、傷ついた様子に罪悪感が湧いた。
「言い訳をしてもいいだろうか?」
はいとも、いいえとも言わずに黙ったままでいると、おもむろに古賀さんは語りだした。
あのテストが終わったあと、古賀さんは田川さんによって強制ログアウトされたらしい。
理由は、社内で未成年に手を出しそうだったから。
それらも含めて、プレイヤー同士が触れ合えるのは危険だということになり、仕様の変更に追われていたとか。
「柄にもなく焦っていた。黒崎さんとは見ての通り、年も離れているし、テストが終われば口実がなくなってしまうし」
そういえば、古賀さんっていくつなんだろう?
「改めて言わせて欲しい。俺は、君のことが好きだ」
真っ直ぐ見据えられ、古賀さんの熱が伝わってきそうなほどだ。
「…諦めなくてもいいんですか?」
「諦められたら、それこそ自分を呪い殺しそうだ」
ぎゅっと手を握られ、あのときのことを思い出す。
大きくて、温かくて、少し恥ずかしい。
「黒崎さん」
苗字で呼ばれたことに、寂しさを覚える。
…そうだった。
「私も古賀さんに謝らないといけないことがあります。私は、黒崎るりではないんです。るりの姉で、あいといいます。騙していて、ごめんなさい」
「うん。さっきので、そうじゃないかなって思った」
「怒らないんですか?」
相変わらず、強く握られている手。
期待してもいいんだろうか?
「怒られたいの?俺としては、黒崎さんの名前が知れて嬉しいけどね」
突然、ぐいっと引っ張られ、古賀さんに抱きしめられる。
耳元で、あのときのように囁かれ、ようやく私も言葉にすることができた。
「私も古賀さんが好きです」
最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
いつもファンタジーな生き物ばかり書いているので、たまには普通の動物をと思い書いた作品です。
最後は、動物園の人気者で締めてみましたが、いかがでしたでしょうか?