テスト最終日①
テスト最終日の今日は、イベントをやるらしい。
社員さんが説明に来たのだが、各チームでイベントがことなるようで、グリーンチームは「ゾウと遊ぼう」だった。
これは、捕まえることはできないけれど、ゾウに餌をやったり、一緒に水浴びをしたりして遊ぶらしい。
テスターたちのテンションが上がっていて、後半の説明が聞き取れなかった。
さっそくスタートすると、メニュー画面にイベントの項目があった。
それを選択すると、サバンナに似たフィールドに出た。
周りには、他のテスターもいる。
そして、彼らの視線の先にはゾウの群れが。
めちゃくちゃおっきいじゃん!
雄のゾウには長い牙があるし、群れの中には赤ちゃんゾウもいる。
赤ちゃんゾウでも大きいと感じるが、大人のゾウは無理そうなので、赤ちゃんゾウと遊びたい。
アイテムの項目にリンゴが追加されていて、個数も無尽蔵のようだ。
赤ちゃんゾウに近づこうとするが、リンゴを持っているせいか、他のゾウが寄ってくる。
そして、ひょいっとリンゴを長い鼻で取っていった。
仕方ないので、もう一度リンゴを出す。
すると今度は、後ろから取っていかれた。
まったく赤ちゃんゾウに近づけそうにない。
とりあえず、ひたすらリンゴを出し続け、周りのゾウに奪われるというのを繰り返していた。
どうやって赤ちゃんゾウに近づけばいいんだ?
悩んでいると、誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはゾウが!!
「びっくりしたー」
ゾウは鼻を伸ばして、リンゴを催促してきた。
またリンゴエンドレスかと思っていたら、ゾウはリンゴを一つだけ食べると、鼻を動かした。
池のようなものがある方を向いているのだが、何がしたいのかさっぱりわからん。
すると今度は、鼻で私を押し始めた。
もの凄い力だったので、前につんのめる。
なんとか持ち堪えたのに、再び押される。
そこでようやく、どこかに連れていきたいのだと理解した。
「どこに行くの?」
ゾウに尋ねてみると、やはり鼻で池の方を示す。
言葉がわかるのは、ゲームの仕様なのか?
もし、現実のままだとしたら、ゾウって凄く頭がいいな。
赤ちゃんゾウを諦めて、懐いてきたゾウの言う通りにする。
すでに池にはゾウたちが水遊びをしていて、それにまじっているテスターもいた。
私を連れてきたゾウは、池に着くやいなや、長い鼻で水を吸い上げ、自分の体にかけ始めた。
水浴びをするのはいいのだが、もの凄い勢いで、近くにいる私にも水がかかる。
アバター自体は濡れた様子はないが、確かに水の冷たさと、濡れたときのぺったり感がある。
ヤモリ事件のときといい、こういう感触の再現が忠実すぎる気がする。
ゾウという存在にもだいぶ慣れ、リンゴをあげつつのんびりしていたら、周りが騒がしいことに気づいた。
仲良くしてくれたゾウも落ち着きがなくなり、耳をバタバタと動かしたり、体を揺すったりしている。
「何かあったのか?」
時折、悲鳴のような声も聞こえてきて、様子を見にいってみることにする。
しかし、ゾウが止めるのだ。
鼻で巻きつかれて、身動きがとれなくなる。
「どうした?」
しだいに、ゾウたちの鳴き声が激しくなり、ドドドという地鳴りに似た音もし始めた。
「ゾウの暴走だ!!」
何頭ものゾウが、鼻を振り回したり、走り出したりと、恐ろしいことになっている。
でも、人に危害を加えないようにしてあったんじゃなかったっけ?
それなのに、テスターたちが鼻に当たって吹き飛ばされたり、脚で蹴られたりしている。
二人ほど、アバターが消えていったので、即死判定だったようだ。
「お願い、行かせてくれる?」
私を捕まえているゾウにお願いするが、耳をバタバタさせただけで、鼻の拘束が緩むことはなかった。
「大丈夫。暴れている子たちのところには行かないから」
ゾウたちが暴走した原因が何かしらあるはずだ。
それを調べに行きたい。
「お願い」
すると、ようやく鼻が離れていった。
鼻を撫でて、ありがとうと言って、周りの様子を観察する。
池で遊んでいたゾウたちは、今のところ大人しいままだ。
テスターたちが集まっていた場所のゾウたちが暴れている。
そういえば、製作チームの社員が監視しているはずなのに、何もしてこないのはなぜだ?
誰かしら、報告も上げているだろうに。
何かある?
この暴走も予定に組み込まれているのか、それともあえて手を打たないのか…。
ゾウたちからだいぶ離れたところに、数人のテスターがいた。
ゾウから逃げたのかもしれないが、様子がおかしい気もする。
ちょっと見にいってみるか。
気配を殺し、可能な限り素早く動く。
少し走っては身をかがめ、様子を見て、また走る。
それを繰り返して、10メートルほどの距離まで近づいたとき、ゾウの暴走の原因がわかった。
今度はゆっくりと、気づかれないように、声が聞こえる距離まで迫る。
「……すんだよ!」
「意識を奪えば、いけると思ったが…」
「麻酔が出せないんじゃ、檻も出てこないだろ」
「このままだと、垢BANされかねないぞ」
ほぉ。垢BANされるようなことをしているというわけか。
捕まえることのできないゾウを捕まえようとしているで間違いなさそうだ。
古賀さんに教えてもらったスクショ機能を使って、テスターたちの行為を記録していく。
赤ちゃんゾウを母親ゾウから引き離し、吹き矢の麻酔を使って捕まえようとしたらしい。
しかし、道具は出せず、もちろん檻も出現しない。
今は仲間割れを起こしそうな雰囲気すらある。
あいつらを叩きのめして、赤ちゃんゾウを母親ゾウの元へ返せば、暴走は止まるかもしれないが…。
問題はこちらが素手だということだ。
せめて、虫捕り網があれば、武器代わりになるのだが。
あ!それ以前に、アバターに攻撃ができないかもしれないのか。
ひとまず、監視をしつつ、製作チームに連絡をしてみる。
スクショを貼りつけて、赤ちゃんゾウを捕まえようとしていること。それが原因でゾウたちが暴走していること。
『黒崎さん、聞こえる?』
「田川さん、ですか?」
突然聞こえてきた声は、恐らく田川さんのものだと思うが、確信はない。
『えぇ。現状は理解したけれど、黒崎さん、何をするつもり?』
「田川さんたちは、助けるつもりはないんですよね?」
助けるつもりがあるのなら、ゾウが暴走した段階で、イベントを強制終了するなど、何かしら行動を起こすはずだ。
それがないということは、テスターたちがどう動くのか、静観するということなんだと思う。
『グリーンチームには、事前に説明をしていました。ゾウは捕獲できないと。それに伴い、道具も使えなくしていますし、ゾウ自体も抵抗をしないように設定されています。ただし、プレイヤー側から、危害を加えた場合はその限りではないと』
道具を使えなくするくらいまでは聞こえていたが、そのあとは初耳だ。
つまり、言葉は悪いが見せしめ的なものもあるのかもしれない。
かといって、このままでいいとも思えない。
「私があいつらをどうにかするので、攻撃を許可してもらえませんか?」
『…無理です。それこそ、このゲームの本質に反します』
やっぱり、簡単にはいかないか。
『プレイヤーが他のプレイヤーに攻撃した段階で、強制ログアウトされます。再度ログインするには、運営の審査が必要で、現段階ではほとんどがアカウント消去になるでしょう』
それは、私にも適応されるってことか。
ならば、手段は一つしかない。
「わかりました。私から手を出さなければいいんですね」
『黒崎さん、一定時間が過ぎれば、イベントは終了します。何かをしようなどとは…』
田川さんの声を、意識から追い出す。
集中すべきは目の前。
このゲームなら、自分の体と同じ速度で反応してくれるから、やれるはずだ。
いっさい攻撃を使わず回避行動だけで
、相手に攻撃をさせる。
その時点で強制ログアウトになる。
四人という人数がきついかもしれないが、できる限りのことはしたい。
やると決めてから、自分が高揚し始めているのに気づく。
やっぱり自分は、こういうほのぼの系ではなく、緊張感に包まれたアクション系の方が合っている。
気配を殺すのを止め、一気に間合いを詰める。
回避行動だけに専念するんだ!
「なんだ!?」
「女か!」
見つかったことに焦っているのか、相手側は動こうとしない。
「その子を離してもらおうか」
一番近い男が、何かを喚きながら走り出す。
素早く横に避けるだけで、相手は勢いのままから足を踏む。
もう一人が真正面から捕まえようとしてきているのを見て、相手側がケンカ慣れしていないのを感じた。
まぁ、早々に女を殴ろうとかする男は常識的にどうかと思うが。
それもあっさりと躱し、赤ちゃんゾウに近づくと、その大きなお尻をひと叩き。
「今のうちに逃げなさい!」
包囲が緩んでいたこともあり、赤ちゃんゾウは一目散に逃げていった。
あとはちゃんと母親と合流できるといいのだが。
「てめぇっ!」
赤ちゃんゾウを逃したことにより、先ほどとは別の男が怒りをあらわにした。
怒ってくれた方がこちらも好都合。
我をなくして攻撃してこいよ!
拳を握り、ただ勢いに任せて殴りかかろうとする。
私が逃げるのを防ぐためか、左右を他のやつらが固めてきた。
回避行動とは、上下左右だけではないんだよ。
後ろに倒れるように反ったあと、反転してから転がる。
土や草の臭いが濃くなったあと、何で!という言葉を残して男が消えた。
まず一人。
目の前で男が消えたことに動揺し、左右のやつらはひるんだ。
脅えているようでもあり、攻撃はしてきそうにない。
残る一人はというと、俺は悪くないと叫びながら、走って逃げていく。
それを見た二人も、慌ててその後を追う。
こちらとしては拍子抜けだ。
ほぼ何もせずに終わってしまった。
「黒崎さん!」
ここ最近で聞き慣れてしまった声。
「古賀さん?」
「なんて無茶なことをするんだ!」
とても怒っている古賀さんは、めちゃくちゃ怖かった。
ラスボス並みの迫力は、私を身構えさせるのに十分だった。
「…すまん」
それに気づいたのか、怒気を少しだけ収め、普段の古賀さんに近い声音になる。
でも、怒っている。
これは素直に謝った方がよさそう。
「ごめんなさい」
「無茶をしたという自覚はあるのか?どうして、製作側の対処を待たなかった?」
どうして?
…どうしてだろう?
赤ちゃんゾウが可哀想だったというのもある。
仲良くしてくれたゾウが、心配そうに仲間を気にしていたっていうのもある。
だけど、一番許せなかったのは、古賀さんが動物を好きな人たちのために、憧れの動物と遊ぶことができるようにと作ったゲームで、卑怯なことをされるのが嫌だった。
「せっかく、古賀さんが作ったゲームなのに…」
どういうふうに言えば伝わるのか、言葉を探そうとすればするほど、言葉が出なくなる。
「俺のため?…参ったな…」
古賀さんを困らせるつもりはなかったのだが、配慮が欠けていたのは間違いない。
「本当にごめんなさい」
「そんなことを言われたら、怒れなくなる。俺は黒崎さんに何かある方が嫌だ。やつらには何もされてないな?」
「はい。ただ避けていただけなので」
よかったと、安心した古賀さんを見て、心配をかけてしまったことも反省する。
『不慮の行為により、「ゾウと遊ぼう」のイベントを終了します。代わりのイベントを準備いたしますので、グリーンチームの皆様はそのままお待ちください』
突然、製作チームからのアナウンスが入る。
「代わりのイベント?」
「最終日だからな。これまで協力してくれた、善良なプレイヤーたちに申し訳ないだろ?」
善良なの部分を強調する古賀さん。
「逃げたやつらも、今頃は強制ログアウトさせられているさ」
古賀さんの顔を見る限り、きっとそれだけではないはずだ。
たぶん、何かしらの制裁が与えられるのだろう。
「さぁ、行こうか。次はパンダなんだ」
古賀さんはパンダも好きみたい。
満面の笑みを浮かべ、手を取られる。
繋いだ手が大きくて、温かくて、少し恥ずかしい。
いつまでも、こうしていたいと思った。